第89話 飛天
ブワッ──ズシャッ!
アキラのもとへと舞いおりてきた機神・翠天丸は、背中の翼を羽ばたかせて落下の勢いを打ち消してから、わずかな距離を自由落下して両足を地面についた。
『ピィッ!』
そして一声鳴くと、呼応してアキラの胸の青い勾玉 〔青の秘石〕 が輝きだし、その青光にアキラの全身が包まれる。
すると翠天丸の額に生えた角にも見えるカワセミの嘴が上下に開き、そこに生じた次元の門へとアキラの体は吸いこまれた。
アキラの視界に星空が広がる。
そこは翠天丸の機内亜空間だ。
アキラはそこに浮かぶ玉座のような椅子に座り、その左右の肘掛けの先のスティックを握り、足置台にある左右のペダルに足をかけた。
これら操縦席と操縦装置らは翠王丸のものと機能は変わらないが、デザインはより装飾的で凝ったものに変わっている。
そしてアキラの眼前に円盤状の大鏡が現れて、そこに機外の様子が映しだされ──戦闘準備、完了!
「行くよ! 翠天──うわッ⁉」
村で暴れている暗黒龍軍団の機神・白巾力士らをとめるべく、アキラはペダルを踏みこんで翠王丸を駆けださせ、翠王丸との違いに驚いた。
歩幅が広くなっている。
脚の長さは同じなのに。
機体のパワーが上がっているからだ。そのため予想と挙動が違っていた。このゲームにアバターの転倒防止のため姿勢をある程度システム側で誘導する機能がなければ危なかった。
ともあれ、このスピードなら間に合う!
「でやぁーッ‼」
ガシャーン‼
翠天丸のタックルで、白巾力士の1体がフッ飛ぶ。そいつは家屋へ剣を振りあげていたところで、それが振りおろされていたら、崩落した建材がNPCの村人に落ちるところだった。
「逃げてください!」
『あ、ありがとう!』
大鏡ごしに、こちらを見上げた村人の安堵した顔が見えた。
間に合わなかった場合、本当にこの人に危険が及んだのかは分からないままだが、その顔を見れただけでも助けたことは間違っていなかったとアキラは思えた。
「あとは!」
村人が逃げていくのを横目で確認しながら、アキラはスティックを操作した。翠天丸が背中の剣を抜いて両手で持ち、先のタックルで転倒させた白巾力士へ振りおろす!
ズバッ──ドカァン‼
ちょうど起きあがろうとしていた白巾力士は両断されてHPを全損、爆発しながら跡形もなく消滅した。まずは1体。アキラは状況を確かめるべく、素早く周囲に目を配った。
ドカァン‼
ドカァン‼
クライムとサラの駆る2機のSVアヴァントが二丁流で短機関銃を撃ち、アルのまとった白銀龍衣が刀を振るい、オルのまとった黄金龍衣が斧をうならせ、父と母の駆る2機の虎人型機神が湾刀を閃かせ、次々と白巾力士を倒している。
一瞬アキラは建物に引火しないか気になったが、確かメカの撃墜演出の爆発は周囲に影響しない仕様だった。村の火事は、白巾力士が壊した家屋が内部の火の元から延焼したためだろう。
村ではかなりの数の白巾力士が暴れていたが、こちらも7機。特にアル機が仲間内でも突出した速さで駆けまわって次々と斬りふせているため、白巾力士の残数はどんどん減っていく。
このままでは次の相手がいなくなる。
アキラは翠天丸を走らせた、が──
「あっ!」
残りわずかになっていた白巾力士たちは村の中央広場に集まり、そこで地面の上に折りかさなった。そして光りながら溶けあい──
光が晴れると、そこには全高が元の白巾力士の──そしてこちらのメカの──倍ある、全高10メートルの1体の白巾力士が出現した。出典の機神英雄伝アタルではなかった合体能力。
2度目だ、これを見るのは。
1度目は、そう……あの時。
アキラがこのゲームで初めて戦った敵、白巾力士とは色違いの黒巾力士たちも最後は合体した。そいつとアキラは翠王丸で、翡王丸を駆るレティとともに戦い──敗れた。
「みなさんお願いです。ボク1人でやらせてください!」
『カワセミくん?』『少年?』
『アキラ殿?』『あん?』
『『アキラ?』』
翠天丸とともに合体白巾力士を包囲している仲間たちの機体から怪訝な反応が返ってくる。アキラも普段の自分らしくないことを言っている自覚はあった。
ただ──
「以前、これと同じ相手に負けてて。今のボクだけで勝てるか試してみたいんです……ボクの、わがままでしかないんですが」
『リベンジマッチってワケね! いいんじゃない?』
真っ先にサラがそう言ってくれた。
『少年が負けちゃったら、あたしらで戦えばいい。7人から6人に減ったって勝てるのは目に見えてるんだし、先に少年1人だけで戦ってみたって変わんないよね?』
『そうだな。自分も反対する理由はない』
『拙者も異存ないでござる!』
『まっ、いいんじゃねーか?』
『アキラの好きにするといいよ』
『ですって! よかったわね!』
「みなさん、ありがとうございます!」
と、こちらが話しているあいだ合体白巾力士は立ちどまったまま頭を左右に巡らせて、こちらの動きを警戒していた。
その顔が翠天丸のほうを向いた時、アキラは合体白巾力士と視線が合った気がして──意識を対決モードに切りかえた。
「行きます‼」
ダッ‼
翠天丸の全力で地面を蹴り、自らの倍の背丈の敵機に向かって一直線に突進する。
それと同時に敵機のほうも動いていた。こちらに正対するよう足をさばいて旋回し──その回転に乗せて、両手で握った剣を薙ぎはらう!
翠天丸の全高をゆうに超え、合体白巾力士の全高に近い長さを持つその剣の一撃を受ければ、いかに翠王丸から全性能が向上している翠天丸の防御力でも、ただでは済まない。だから──
「飛べ! 翠天丸‼」
アキラは両ペダルを真下に踏みこみ、翠天丸を跳躍させた──挙動としては跳んだのだが、それは飛んだと呼べるものだった。
アキラの 〔とべ〕 が音声入力となり、翠天丸の操縦モードが 〔歩行〕 から 〔飛行〕 に切りかわった。その状態ではプレイヤーがペダルを踏みこむと、機体は足裏の推進器から噴流を出す。
ブォッ‼
両足裏のスラスターの推力で重力のくびきを断ちきり、滞空した翠天丸の中からアキラは合体白巾力士を見下ろした。
敵機は大剣を振りきった直後。2撃目を放つまでの一瞬の硬直──ここが勝機! アキラはぐっと両ペダルを引き、翠天丸を前傾させた。




