第85話 一蹴
「そうれ!」
アルが羽織を正面に投げつけた。本来なら軽すぎてマトモに飛ばないだろうが、今は矢が刺さりまくって重くなっているそれは、横一列に並んだ龍人盾兵らの頭上へと落ちる。
「「「どわッ⁉」」」
バサッ‼
龍人の頭皮の硬い鱗は、軽く投げただけの矢が当たった程度では傷つかないだろう──が、柔らかい眼にでも当たれば話は別。
実際、それで彼らのHPは減らなかった。しかし彼らは瞼を閉じ──ひるんで、盾を持つ手が疎かになった。その隙を作るのがアルの狙いだったのだろう。
「御免!」
地面に立てて壁となるよう並べられた四角い盾、その内の1枚の上端に足をかけ、アルはそれを持つ龍人の頭上を跳びこえた。
アルの姿が盾兵の列の向こうへと消えて、アキラからは見えなくなった──のも、一瞬。次の瞬間にはその盾兵らが消滅して、二刀を抜いたアルの姿が現れた。
右手に大刀──別名、打刀。
左手に小刀──別名、脇差。
(やっぱりアルさん、二刀流も使えたんだ!)
彼のことだから可能だろうとは思っていたが、アキラが見るのは初めてだった。いつも一刀で戦っているのに今回は二刀を選んだのは、手数を増やして多くの敵を一度に斬るためか。
今の一瞬で倒れた龍人兵は2人では済まないようだが。前列の盾兵が3人と──そして、その後ろにいたはずの弓兵たちも消えている。アルの刃の届く範囲にいた者はみな斬られたようだ。
「おっ、おのれ!」
「よくも仲間を!」
その範囲の外にいたため無事だった、敵中央隊の残りの弓兵2人が、弓を捨てて剣を抜いてアルに左右から斬りかかった。
キンッ!
グサッ!
アキラはアルが二刀で左右からの攻撃を両方とも受けとめると予想したが、アルはそんな消極的なことはしなかった。
迷わず左の兵へと踏みこんだ。
この時点で右の兵の剣の間合いからは逃れている。そして左の兵に対してはその剣を脇差で受けて押さえることで体勢を崩し、打刀で鎧ごと胸を貫いて消滅させた。
そして体を反転させ、剣を空振りした直後で隙のできた右の兵を、打刀で鎧もろとも袈裟斬りに──ここまで、ほぼ一息。
「「ウォァァァ‼」」
敵中央隊に最後に残った盾兵2人は、気合いとも悲鳴ともつかない声を上げて後ろにいるアルへと襲いかかろうとした──それまで正対していた、アキラとオルに背を向けて。
ドシュッ……!
「ボクたちのこともお忘れなく‼」
「オラッ! よそ見は厳禁だぜ‼」
そこへ、一緒に走っていたアルが超スピードで飛びだしたため遅れていたアキラとオルがやっと追いつき、それぞれ盾兵1人の脇腹に自身の武器を叩きつけた。
アキラは剣を、オルは斧を──パリン! それで、その2人もHPが0になって消滅、敵中央隊は全滅した。
アキラは、オルの斧はともかく自分の剣では龍人兵を鎧ごと斬るのは不可能だと思っていた。ただ斬れなくても衝撃によるダメージを与えればいいと思っての攻撃だったが、斬れてしまった。
(すごい……!)
銀雪龍の角を素材に加えてオルに鍛えなおされて、以前よりも強化された愛剣の切れ味のおかげだ。この戦いはその試斬が目的だったが、今それは果たされた。だが戦いはまだ終わっていない。
「アキラ殿はオルとそちらを!」
「はい!」「おうよ、任せろ!」
残りの敵の右翼隊と左翼隊の内、アルは右翼へと駆けていった。そいつらは、こちらの父および母と撃ちあいをしているほう。
それでアキラとオルは左翼を担当することに。そちらは、こちらのクライムとサラと撃ちあいをしているほう。
はじめは両翼とも盾兵5人・弓兵5人の10人ほどいたのが、射撃の得意なクライムとサラが戦っている左翼の数は明らかに減っているのに対し、不得意な両親が戦っている右翼は減っていないように見える。
その、数の多いほうをアルが担う。
アル1人で、アキラとオルを合わせたより強いと言っているようなもの。アキラは弱い自覚があるので侮辱されたとも思わないが、オルのほうが怒らないか心配になった。
だがアルに対して遠慮のないオルのこと、それなら口に出すだろう。不満そうな素振りも見せていないので、本当に気にしていなさそうだ。それだけアルの実力を認めているのだろう。
「そぉりゃあ‼」
左翼に後方から襲いかかったオルが、さっそく弓兵の1人を斧の一撃で倒す。ここの弓兵らもすでに弓から剣に持ちかえて身構えていたが、オルは歯牙にもかけなかった。
ズガッ──パリン!
ズガッ──パリン!
さらにあと2人いた弓兵もオルが瞬殺してしまい、アキラは手を出す暇がなかった。オル自身こんなに強いのに、アルはさらにもっとずっと強いということなのか。次元が高すぎてアキラはまだその力を本当の意味では理解していないのだろうと思った。
残りは盾兵4人。
みな、こちらに背中を向けている。クライムとサラからの銃撃を盾で防ぐため、背後に敵がいると分かっていても振りむけないのだ。気の毒だが、その無防備な背中を攻撃させてもらう──
ダダダッ‼
「「あっ⁉」」
盾兵たちの背中がアキラとオルから遠ざかる。彼らは一斉に前方──クライムとサラのほうへと駆けだしていた。重装備なのに意外と速い。背が低いため足の遅いアキラとオルでは追いつけない!
(ま、まずい……!)
離れていく背中を追いかけながら、アキラは状況を分析した。
このままだとクライムとサラが接敵される。2人の武器の短機関銃は至近距離でも撃てなくはないが取りまわしが悪くなる。
なら銃を捨てて戦うだろうか。2人とも昨夜は徒手空拳で見事な戦いを演じていた。相手が剣盾装備でも素手で戦えるかもしれない。
だが、それは他の条件が五分なら。
4人いる盾兵のほうが多勢であり、しかも今サラは右脚を負傷して立てない状態だ。圧倒的に不利な状況で、2人はなおも短機関銃を撃って盾で弾かれている。
パパパパパパパッ‼
(えっ⁉)
突如、クライムたちのほうではない横合いから銃声が響いたと思ったら、盾兵4人がそちらに盾を向ける暇もなく被弾、死亡していき──全滅した。
「お父さん! お母さん!」
撃ったのは父と母だった。2人が戦っていた敵左翼は──残っていない。みなアルに斬られたようだ。それで手のあいた2人が。
これで、敵は一掃した。




