第79話 仙境
「すみません、ご心配をおかけして」
アキラはだいたい察した。レティがログインしてこなくなったことで落ちこんでいた自分について、オルとアルが案じてくれていたのだと。
「へっ、まったくだぜ」
「オル! 口を慎め!」
「ああ、いいんですアルさん。普通にしてるほうが気が紛れるだろうって、オルさんなりの優しさなの分かってますから」
「アキラ殿、なんとお心の広い……!」
「ほらな?」
「ぐぬぬ、こたびはアキラ殿に免じて許してやろう。アキラ殿に感謝せいよ」
「へいへい」
「ところで、すみませんアルさん。レティを吹っきるためにって昨日 地下世界を発ったばかりなのに、もう戻ってきて」
「なにを謝ることがござろう。拙者に不都合があるわけでなし。ただ、大丈夫でござるか? 地上へ向かったのは地下にいるとレティ殿を思いだしてしまうから、とのことでござったが」
「えぇっと、そのことなんですけど……」
アキラは頭をかいた。
「レティのことを思いだして、つらくなっちゃうのは今もです。でも、それは彼女と過ごした地下世界にいるからってワケでもなくて」
「そうなのでござるか?」
「はい。ちょっとしたきっかけでレティのこと思いだしちゃうのは地上世界でも変わらないって昨日で分かったかので。もう、それはいいかなって」
「そうでござったか……」
「地上世界には、これからも行くつもりです。レティを吹っきるためじゃなく、ただ遊びに。それで、吹っきるためにするのが今回のイベントで」
「ふむふむ」
「オルさんにはもう話しましたが、レティと一緒にやろうと思ってたことをレティ抜きでやることで形だけでも前を向いてれば、心もその内ついてくるかなって」
「承知いたした! このエルフ侍アルフレート、力の限りお手伝いさせていただくでござる‼」
「はい! ありがとうございます、アルさん!」
¶
船内をひととおり見て回り、6人の仲間たち全員とも話し、彼らから 〔もう船ですることはない〕 とも確認できたので、アキラは船首を訪れて船長に時短モードにしてくれるよう頼んだ。
海亀船・龍宮丸の船首は、巨大海亀の甲羅に乗った船体の先端にある、まさにその亀の首のそばに設けられた壇で、建物の1階を囲んだ廊下から繋がっていた。
「龍宮丸、お急ぎなさい」
乙姫のような格好をした女性船長が、西遊記に出てくるような中華風の扇を前方にかざしながら、そう命じる。
龍宮丸というのは船の名前であると同時に、それを運ぶ巨大海亀の名前でもあるらしい。壇の下で、その大きな頭が水を切って立てる波のスピードが異様に速くなる。
また上空で雲の流れるスピードも。
すでに世界樹周辺の浮遊岩が漂う一帯は抜けていて、辺りは変わりばえのない海と空ばかりなので、巨大海亀の進行速度が超倍速になっているのを実感する要素はそれくらいだった。
「いよいよ、だね」
「お父さん。うん」
アキラが壇の手すりに掴まって前を眺めていると、いつのまにか父が隣に来ていた。母も、クライムもサラも、アルもオルも、全員が壇に集まっている。
フッ
流れる雲のスピードが通常に戻った。時短モードが解除されたのだ。それは目的地が間近に迫ったということであり──
「……」
アキラは息を飲み、声も出なかった。
前方で、海中から突きでた大きな山。
さすがに世界樹とは比べられないが、山としては見たことがないほど高くそびえている。おそらく富士山より高いはずだ。
そしてアキラはあの山が、あの島が、海底から生えているのではないことを知っている。その証が、ここから正面の山のふもとに見えている。この龍宮丸さえ小さく思える超巨大な亀の頭。
その亀の名は、霊亀。
その山の名は、蓬莱。
あれこそが機神英雄伝アタルにおいて物語の主な舞台となる、異世界・蓬莱山──を、このゲームにおいて再現したもの。
蓬莱山はアタルのオリジナルではない。
中国の伝承に登場する仙境で、亀の神獣・霊亀の上に乗っているというのもそのままだ。機神というロボットの存在や、暗黒龍の軍団に島を脅かされるという話はアタルでの創作だが。
この 〔アタルでの蓬莱山〕 は、原作では 〔現実世界とは異なる世界で海に浮かんでいる〕 こと以外なにも情報がない。その海を渡ると他の陸地があるのか、ないのか、決まっていない。
だから、このゲーム上に再現するのにスタッフは頭をひねらずに済んだろう。ファンタジー世界であるこの地下世界の海のどこかに置けばいいだけなのだから。
(あの蓬莱山が、目の前に)
アキラの持つ神剣・翠王丸が、その出典である機神英雄伝アタルにおいて一度 折れてから再生された出来事は、当然このアタル版の蓬莱山で起こった。
その時、再生に必要だった素材アイテムも機神英雄伝アタルの世界観独自のもののため、このゲームでもここ以外では手に入らない。だからアキラはここに来る必要があった。
幼いころからの憧れの地に。
物心ついたばかりの3歳のころにアタルのアニメを見て以来、自分もアタルのように蓬莱山を冒険したいと何度も思ってきた。
VRでとはいえ叶う日が来るとは。
聖騎士タンバリンの大ファンの網彦が、タンバリンに登場した世界樹を冒険できることを喜んでいた気持ちが、この地を前にすればアキラにもよく分かった。
蓬莱山があることは、このゲームを初めてプレイする前から分かっていたことで、当然いつかは来るつもりだった。
そして、自分と同じくらいアタル好きなレティと出会って仲間になったことで、初めてここを訪れる喜びと感動は彼女と分かちあうものだと当然のように思っていた。
それはもう叶わなくなった。
彼女を連れずに来たことで。
万が一レティが帰ってきてまた一緒に遊ぶようになり、それからここに来たとしても、自分のほうは 〔初めて〕 ではない。
彼女と再会するまでここに来なければ、彼女と初めてを体験できる可能性はどれだけ少なくとも、まだ残っていた。それを自分から手放すことで、アキラは前を向こうと考えたのだった。
ザパァ……
「お世話になりました」
「またのご利用をお待ちしていますわ」
龍宮丸が蓬莱山のふもとの砂浜に乗りあげる。アキラは船長に礼を言って船を降り、仲間たちを振りかえって号令した。
「さぁ、行きましょう!」




