第76話 吃驚
再生した神剣がオルの手もとから消え、自分の背中の鞘に納まった状態で出現したのを確認し、アキラはオルにお辞儀した。
「ありがとうございました」
「おう。毎度あり」
「それで、ですね。オルさん」
「ん、どした。まだなんかあんのか」
「この剣の強化イベント、やろうと思ってるんです」
「……そうか」
その一言で充分に伝わった。
オルが察してくれたことが。
「ああ、忘れてねぇよ。無料で鍛えなおしてやる約束だったな」
「はい。その時は、レティの神剣・翡王丸ともどもって話で。ボクも、彼女と一緒にやりたかったですけど」
もう、このゲームに彼女はいない。
いつか帰ってくる可能性も皆無ではない。しかし 〔帰ってきたら一緒に受けよう〕 と待ちつづけては、心が過去に囚われて未来に進めない気がする。
だから──
「あー、なんだ。嬢ちゃんのことは、吹っきれたのか?」
「いいえ……多分。ボクこういう経験、初めてで。そもそも 〔吹っきった〕 ってどういう感じなのかも分からなくて」
「そっか」
「なので形だけでも前を向いてるっぽいことをして。気持ちのほうも、それについてきてくれるのを期待しようかなって」
「ああ、それでいいと思うぜ」
アキラがレティのことで塞ぎこんでいたことには、オルもずっと気にかけてくれていた。今もその気遣いを感じ、アキラは胸が温かくなった。
「ところでだ」
それは意図的にしたことだろう。
オルが声のトーンを明るくした。
「鍛えなおすのはいいが、素材は自分で用意しろよ?」
「もちろんです」
アキラも合わせて、声を明るくした。
努めて、湿っぽい空気を振りはらう。
「今から取りに行くんですが、オルさんもご一緒しませんか?」
「〔自分で〕 って言った矢先に。だがいいぜ、予定はあいてる」
「ありがとうございます‼」
¶
神剣・翠王丸および神剣・翡王丸の、強化イベント。
それは両者の出典、機神英雄伝アタルで実際にあった出来事を、このゲームで再現するもの。
アタル本編でも神剣が折れて機神が召喚不能になったことがあり、その時の描写ではこのゲームと違って鍛冶屋に頼むだけでは直らず、あるアイテムが必要だった。
そのアイテムを素材に加えて鍛えなおされたことで、2本の神剣はただ元の姿に戻るのではなく、以前より強力な剣へと生まれ変わった──という流れ。
そのアイテムを、これから取りにいく。
アキラはログイン前にそう両親に話した。そしてログイン後、他のフレンドたちにもお誘いのメールを送信してある。
急な話なので人が集まらなくても仕方ないと思っていたが、予定が合わなかったのはXtuberとして忙しい網彦だけで、他の面々からは同行すると返事が来た。
かくして。
アキラはオルと地下の第10宮を出て、その直上の世界樹のふもとにある第9宮、その中にある海港へとやってきた。
始まりの町にあった大河に接する河港よりも遥かに大規模。様々なファンタジー系ロボット作品を出典とする、帆船や外輪船などの水上船が停泊している。
そして待ちあわせ場所は、始まりの町でもそうだったように港のすぐそばに建つ傭兵ギルド宿舎、その1階の酒場部分。そこにはもう、他の面子が集合して丸テーブルを囲んでいた。
「お待たせしました!」
「「アキラ」」
「アキラ殿」
「カワセミくん」
「やぁ」
声を揃えたのは、両親。
地球連合軍(機甲戦士フーリガンの)の制服を着た、青髪の青年カイル──父のアバター。
地球連合軍(超弩級要塞コスモスの)の制服を着た、緑髪の美女エメロード──母のアバター。
殿をつけて呼んだのは、アル。
羽織袴に大小2本の刀を差した、銀髪のエルフ侍。
あだ名で呼んだのは、クライム。
迷彩服を着た、短い黒髪の青年。
そして最後の声は。
迷彩服を着た、長い黒髪の美女……?
「サラリィ⁉」
「やぁ、少年」
なぜか当たり前のようにいる、呼んでいない人。姿を見るのも声を聞くのも初めだが、その頭上の名前アイコンから昨夜の任務で死闘を演じた相手と分かり、アキラは飛びあがった。
「え、なんで⁉」
「さ〜て、なんででしょ〜?」
「すまない、カワセミくん。自分から説明しよう」
クライムが右手を挙げて。
心苦しそうに切りだした。
「今朝、君からのと一緒に彼女からもメールが届いていたんだ。〔昨夜の戦いは素晴らしかった、ぜひ会って話したい〕 と」
「ほら〜、昨夜あたしとクラっち、甲府城で熱~く殴りあったじゃん? アレで 〔宿命のライバルを見つけた!〕 って舞いあがっちゃって。フレンドになろうぜ〜って凸ったワケよ」
「そ、そうでしたか」
敵として戦ったのをきっかけに……自分とクライムがフレンドになった経緯と似ているとアキラは思った。こちらは味方として戦ったのがきっかけだったが。
「それで、おふたりでご一緒に?」
「いや、会って話して、フレンド登録したあとは、カワセミくんとの用事があるから今日のところは~と自分は言ったのだが」
「ついてきちゃった! 君にも会いたかったから」
「ボクに?」
「そう。タイマンに水差して、あたしを撃ち殺した憎い奴!」
「ッ……!」
「あはははは! ごめんごめん、冗談。昨夜のは団体戦だもん、恨む筋合いじゃないって。あたし、機体を失っても生身でAF用の短機関銃ブッぱなしてきた君のことも気にいったんだよ」
「こ、光栄です……」
ホッとして、アキラはへなへなと力が抜けた。
「すまない。サラくんのことは事前に知らせるべきだったのだろうが 〔驚かせたいから〕 と言われて押しきられてしまった」
「だって初対面はドラマチックなほうがいいっしょ!」
確かにドラマチックになった。
昨夜はこの人には敵意しかなかった。チームメイトのベルタを殺され、その復讐に燃えていたアントンとともに立ちむかい、そのアントンもこの人に殺された。
しかし復讐なら果たしたし、ベルタもアントンも戦闘終了後に生きかえった。これ以上、敵視する理由がない。
そもそも初めから敵ではない。昨日はたまたま敵として対戦しただけの、同じゲームを遊ぶプレイヤー仲間。
アキラは心の整理がついた。
「改めまして、アキラです。よろしくお願いします。サラリィさん、ボクともフレンドになってくださいますか?」
「喜んで! 〔サラ〕 でいいよ♪ よろしく、少年!」




