第75話 灯火
健闘を称えあったあと6人は解散した。
NPCのアントンとベルタはデータの海に還り、そしてまた別の戦場へ足りないPCの代理として赴くのだろう。
PCのアキラ、父、母、クライムの4人は、今夜はもう遅いので挨拶してからログアウトした。
クライムのプレイヤーの住所は知らないが、アキラは両親と現実世界の天王家へと帰還する。
「お父さん、お母さん、お疲れさま」
「「お疲れさま、アキラ」」
自室を出たアキラは夫婦部屋から出てきた両親と洗面所で会い、クロスロードで過ごした今日一日のことを話しつつ歯を磨いてから、互いの部屋に戻って就寝。
そして翌日──日曜日。
今日もアキラは両親とクロスロードを遊ぶ予定。ただ、少しのあいだ別行動になる。理由を両親に説明してからログインした。
このゲームはログインする時、プレイヤーのアバターであるPCの出現場所を 〔本拠に設定したことがある地〕 から選べる。
いつもは選択カーソルの初期位置になっている 〔現在の本拠〕 をそのまま選んでログインするが、今日は地下世界の世界樹・第5宮の 〔樹上都市の傭兵ギルド〕 を選択。
その宿舎の個室に出現した。
大木の洞に築かれた集合住宅。昨日ここから一大決心して旅立って地上世界に出たばかりなのに、もう戻ってきてしまった。
その目的の 〔レティのことを吹っきる〕 はちっとも達成されていない。昨日、地上に出てからも何度レティのことを思いだしたか。だが、こちらに用ができてしまったので仕方ない。
「いってきます」
部屋を出たアキラは昨日と同じく空飛ぶ床板型エレベーターで宿舎の屋上まで昇り、そこから有翼馬の曳くカボチャの馬車に乗って第5宮のはじまで飛んでもらい──
そこで騎乗した巨大栗鼠 〔ラタトスク〕 に運ばれ、宮を支える世界樹の超巨大な枝へと飛びだした。そして木質の山脈のような枝を渡りきり、果ての見えない絶壁のような幹へと到着。
昨日ラタトスクはここから上に向かったが、今日は下に向かっていく。幹が地下世界の大地と接する箇所、第9宮に到着。
その宮は下半分が大地に埋まっている。
超巨大な水晶の球殻である宮の下側と、宮を包みこむ世界樹の幹は、くまなく土に埋まっているわけではない。わずかに隙間があいている所もあり、ラタトスクはそこに飛びこんだ。
ほとんど縦穴になっている洞窟を壁から壁へと跳びうつりながら降りていき──暗くてよく見えないが──やがて降下をやめ、明るくなったかと思えば、ツルツルの水晶で囲まれた横穴を走っていた。
ここは第10宮の球殻、小天蓋の真横にあいたトンネル。今回はずっと時短モードにしているので、そこもすぐに抜けて内部に到着、アキラはラタトスクから降りた。
「ありがとうございました!」
「またいつでも使っておくれ」
¶
世界樹の最下層、第10宮マルクト。
そこはまさに地下という趣だった。
この地下世界そのものが地球の奥深くにあるのに、天蓋に映った地上世界の空の景色からそうは見えないので、ここだけが地下らしいというのも変な話だが。
世界樹のここ以外の宮では小天蓋が天蓋と同じく空を映しているが、この宮の小天蓋はただの透きとおった水晶で、その向こうに土と、宮の外部にまとわりつく世界樹の枝が見える。
そのため日光の届かないこの地は午前中の今も、あちこちに建つ灯籠によって照らされていた。その石塔の上の籠の中で輝いているのは火でも電気でもなく、正八面体に加工された鉱物結晶。
和名は蛍石、英名はフローライト。
実在する鉱石で、熱すると光る性質がある。その名のとおり、蛍のように。それでも照明として使えるなら実際に使われているだろうから、これはあくまでファンタジーな表現だ。
しかし 〔ファンタジーだからなんでもいい〕 とはせず、光るクリスタルというエモい存在の素材として蛍石が選ばれていることが、アキラは鉱物好きとして嬉しかった。
そんな蛍火の灯籠が連なる石畳の街路を歩いていく。ここは第10宮の南部にある工業地帯。空がなく夜道であること以外は、始まりの町にあった職人通りとよく似ている。
そこにある工房の1つを、アキラは訪ねた。
「ごめんくださーい」
「おう、来たな坊主」
中に入ると、顔つきは成人だが背は子供のアキラよりも低い、小人という自主設定のPC、オルが出迎えてくれる。
ここは始まりの町の職人通りにあった、アキラがオルと出会った場所と同じ、武器屋を営むPCが借りられる店舗。
同一座標に店主PCの数だけ重なって存在する店内空間の1つ 〔オルジフの武器屋〕……オルが始まりの町からこの地に本拠を移したため新たに開いた2号店だ。
用件は、すでにメールで伝えてある。
「ったく、折れる前に修理に出せっつったろ」
「今回は剣を使ってる時に折ったんじゃないんですよ。機神の状態の翠王丸を撃破されちゃって、そうなると剣のほうも折れる仕様なんです」
〔神剣・翠王丸〕
〔機神・翠王丸〕
持ち主が自らの武器としても使う神剣と、それを媒介に召喚する機神は同一存在という設定のため、神剣のHPと機神のHPは同期している。
そのため神剣の状態でHPが0になった時と同じく、機神の状態でHPが0になっても、翠王丸は 〔折れた神剣・翠王丸〕 へと姿を変えて使用不能になる。
今日はそれを修理してもらいに来た。
オルと出会ったあの日と同じように。
「なるほどな。じゃあ今後もちょくちょく折れるワケか。まぁいい、その度にオレが直してやる。さ、依頼してくれ」
「はい」
アキラは店のカウンターでウィンドウを開き、修理依頼の操作を済ませた。カウンター上に2つに折れた神剣の残骸が現れ、オルがそれらを掴んで炉に放りこむ。
それらは炉の中で熔けて流れでて、冷えて固まり1つの鋳塊となる。オルはそれを左手の鋏ではさみ、また炉に入れて赤熱させてから金床に乗せ、右手の金槌で叩いていく。
カン カン カン
あの日のアキラはこの仕草を見てもなにも思わなかったが、レティはオルが現実でも鍛冶師をしていると洞察した。それが正解だと知ってから見ると、確かにプロの手並みに思える。
熱い金属は叩かれて細長く成形され、一瞬ピカッと光ると──柄なども含めて元どおりの神剣・翠王丸の姿を取りもどした。




