第74話 大局
バババババババババッ‼
「んぎぎぎぎぎぎぎぎっ‼」
アキラが人差指だけでなく右手自体をかけて、全高5メートルの巨大メカ用の短機関銃の大きなトリガーを引いた瞬間、その銃身が暴れだした。
次々と弾丸を発射していく振動と反動でどこかへ飛んでいきそうになる銃を、腹に押しつけ両脚で挟んで押さえつけるだけで精一杯で、狙いをつけるどころではない。
撃つ前に大まかな狙いはつけてある。銃口の向きが極端にズレることさえ防げば、あとは当たってくれるのを祈るしかない。
バババッ──
恐ろしく長く感じたが、実際はすぐに射撃はとまった。
敵機が落としたこの短機関銃の射撃モードは、トリガーを引いているあいだ撃ちつづける 〔全自動〕 に設定してあった。その連射速度はすさまじく、一瞬で弾倉をカラにした。
「サラリィは⁉」
──パリン
撃っている時はそちらを見る余裕もなかったアキラがようやく標的であるサラリィ機のほうを見ると、ちょうどクライム機の腕の中で無数のポリゴンに砕けて消えたところだった。
撃破した──当たっていた‼
弾丸はサラリィ機に密着していたクライム機にも当たっていたはずだが、クライム機のほうは無事。このゲームでは味方からの攻撃は当たってもダメージが発生しないからだ。
「クライムさん、謝恩碑に!」
『任せろ! うおおおおっ!』
アキラが自分より謝恩碑の近くにいたクライムに頼むと、彼の乗るアヴァントが腕を振って走りだす。
サラリィを倒したことでこの甲府城にいた敵は一掃したが、それだけでは拠点の所有権はこちらの陣営には移らない。
こちらの陣営のキャラクターが拠点である謝恩碑に接触して占拠しなければ、ルール上は敵陣営が占拠したまま。
(残り時間は──げっ!)
アキラがVRゴーグルの映像の右下を見ると、そこに表示されたこの任務の制限時間が残り3秒に迫っていた。
これが0になる前にクライム機が謝恩碑にふれられなければ、ここの拠点ポイントは敵陣営のもののまま戦闘終了になる。
2……
だがクライム機と謝恩碑のあいだには、まだ距離がある。走る速度からして、とても間に合うようには見えない。
1……
クライム機が広場から謝恩碑の建つ土台へと続く階段を駆けあがる。あと少し、クライム機は前方に向かって手を伸ばす──
ビーッ‼
戦闘終了を告げるブザーが、辺り一帯に鳴りひびく。クライム機の伸ばした手が謝恩碑にふれたのは、その直後に見えた。
『すまない‼ 間に合わなかった……』
「……あれ⁉ 占拠、してます、よ?」
『なに⁉』
謝恩碑の石柱に重なって【自軍占拠中】と書かれた立体映像の白い文字が浮かんでいた。さっきまでは【敵軍占拠中】の赤文字だったので、確かに占拠に成功している。
なぜ──
『ん? 自分が立っている謝恩碑の四角い土台の境界線が、うっすら白く光っている……この内側の全てが拠点で、謝恩碑にふれずとも領域に入った時点で占拠できていた、ということか』
「なんだ! あーっ、ほっとした!」
『はは、やったな。我々の勝利だ!』
「はいっ!」
【YOU LOSE】
「『え』」
自動的に眼前に開いたウィンドウ画面で、最も大きく書かれた文字列が目に飛びこんできた。味方陣営の敗北を告げている……どういうことかと思えば、理由は下に書いてあった。
味方、イカロス王国軍。
敵方、地球連合軍。
2陣営がそれぞれ占拠した拠点と、その拠点ポイントの一覧が表として羅列されている。そして最下段に記された拠点ポイントの合計が、味方より敵のほうが多かった。
なにもおかしくない。
ルールどおりの結果。
「そんな~っ」
『無念だ……』
アキラの主観では自分たちは勝っていた。強敵サラリィを打倒し、拠点の占拠も間に合った。その前の甲府駅前の拠点も守りきったし、その前に遭遇したMW・フールは父が倒してくれた。
途中の苦労はあれど、ずっと勝ちっぱなしで負けの要素はどこにもなかった。だがそれは、この戦いのほんの一部分に過ぎなかったのだ。
今回の戦場、甲府盆地は広い。
自分が目にしなかった場所でも、自分が関与できなかった多くの攻防があって、それらの結果の総計が全体の勝敗を決める。
参戦した一個人の目に映る範囲で全勝していたとしても、他でそれ以上に負けが込んでいたなら、陣営としては負ける。難しくもない当然の話。
〔主人公のような一握りの英雄がいくら戦果を上げても大局を覆すことはできない〕 とはリアル系ロボット作品でよく言われることだが、それはこのゲームのPvPにも当てはまる。
アキラはそれを思い知った。
¶
フッ──
アキラの視界が暗転した。甲府城史跡の広場、屋外にいたつもりだったので非常な広範囲が闇に包まれたように感じたが、よく考えたらVRゴーグルの映像が黒くなっただけだ。
パッ──
「うわっ!」
VRゴーグルに映像が戻ると、眼前の景色は見覚えのある会議室に変わっていた。画面が暗転していたあいだにアバターが瞬間移動したらしい。
このゲームでは遠隔地に移動する際、移動手段は通常のものだが速度だけ早送りになる時短モードはよく使うが、完全な瞬間移動は今回が初めてだ。
ここは、この任務が始まる前に大江戸城内で通された傭兵ギルドの作戦会議室か。そこには一緒に任務を受けたチームメンバーが、メカから降りた姿で集合していた。
「「アキラ」」
「お父さん、お母さん!」
「カワセミくん」
「クライムさん、お疲れさまです!」
そして。
「アントンさん、ベルタさん!」
「おう、アキラ! お疲れさん」
「ハァイ♪」
アントンとベルタは任務中に落命していたが、任務が終わった今ちゃっかり蘇生していた。こういうところはNPCの両名でもPCの自分たちと変わらないらしい。
この辺りのルールがどうなっているか分からず、最悪もう会えないかもと思っていたので、アキラは嬉しかった。
「おふたりの敵、倒しましたよ!」
「やってくれたか! アキラ、クライム!」
「ありがとう、2人とも!」
「どういたしまして!」
「そうだな、敵は討てた。拠点も占拠できた」
クライムが噛みしめるように言った。
「結果的に負けてしまったのは残念だが、あの時は確かに達成感があった。それで充分だ、ということにしないかい?」
「クライムさん……はい‼」
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