第71話 仇敵
甲府城は甲府駅南口から線路沿いに進んですぐの所にあった。アキラ機・翠王丸とクライム機・アヴァントがその外縁に到着すると、うず高い城の天辺にある石柱も目に入った。
長い四角柱の上に小型ピラミッド的な四角錐が乗っかっていて、駅前の味方が言っていたとおり、エジプトのオベリスクに似ている。
「あれが謝恩碑ですね」
『ああ、そのようだな』
この任務で敵味方が取りあう拠点の1つ。
その周辺、城の高所には──石垣に隠れて機影は見えないが──敵を示す赤い名前アイコンが多数、固まっている。そこを囲んで、低所には味方を示す白い名前アイコンが点在している。
バババッ
バババッ
ここでも駅前広場と同じく敵味方の5メートル級のメカ同士が銃撃戦をしていた。
敵がAF・ブリッツ、味方がAF・ドナーばかりなのも同じようだ。例外がいたとしてもパッと見ではそこまで分からない。
逆なのは、駅前広場では味方が守る拠点を敵が奪いに攻めてきていたのに対し、こちらは敵が守る拠点を奪いに味方が攻めこんでいるという点。もっとも──
バババッ──パリン!
味方のドナー1機が撃たれ、HPを全損して消滅した。
味方は〔攻撃している〕というより〔迎撃されている〕という感じが強い。ひと目で分かるほど劣勢だった。駅前の味方の言葉どおり、ここの敵は強いらしい。
『カワセミくん、あそこ』
「えっ?」
『アントン機だ』
「えーっと……本当だ!」
クライム機が手で示した方角では、1機のドナーが石垣に背中をつけて張りつくことで高台にいる敵から身を隠している様子だった。
その機体は全体が灰色で、両肩だけ赤く塗られている。そして頭上の名前アイコンには搭乗機名【ドナー】の上に搭乗者名【AI Anton】と書かれている。
間違いない、自分たちのチームに補充要員として配属されたNPC2名の片方、アントンだ。
「せっかくですし、合流しますか」
『ああ。頭上に気をつけ近づこう』
上にいる敵の射線に入らないよう身を低くし、どうしても入る時は小走りに駆けぬけ、翠王丸とクライム機はアントン機のそばに到着。アキラはアントンとも通信を開いて話しかけた。
「アントンさん!」『アントン』
『おお! アキラ、クライム!』
「輸送機での打ちあわせでは別行動って話しましたけど、こうして会えたんですし、一緒に戦いませんか?」
『ありがたい、そうしてくれると助かる。ベルタがやられて、俺だけでは敵を討てずに難儀していたところだ』
「『カタキ?」』
チームのもう1名のNPC、ベルタは輸送機からパラシュートで降下していた時に敵に撃たれて死亡してしまった。
あの時すぐに敵のほうに撃ちかえしていたアントンからは復讐心を感じたが、思ったとおりだったか。
しかし、カタキと言うからには──
『ベルタを殺った奴が上の敵の中にいる。凄腕だ。姿をさらした味方は奴にすぐ撃たれる。奴がいるから、敵は他の大したことない連中も攻撃に専念できて、結果ここは鉄壁になってる』
「そうだったんですか……!」
『そいつはなかなか厄介だな』
あの時こちらと同じくパラシュート降下中だった敵降下部隊の大勢の中から、ベルタを撃った1機を見つけていて、降下後もずっと追っていたとは。
アキラはアントンの執念を見くびっていた。そうとも知らずに放置していたのが申しわけなくなる。こうして会えたからには今こそ力になってあげたい。
それにしても、その敵。
パラシュート降下中の不安定な姿勢で、撃った弾をベルタ機に当てた。その信じがたい腕前はアキラも目の当たりにしている。そんな強敵と戦うのかと思うと、アキラは怖くなってきた。
「名前は分かりますか ?」
『ああ。〔サラリィ〕 だ』
「サラ、リィ……えっ ?」
アキラは石垣の向こうに名前アイコンだけ見える敵たちの中から、すぐその名前を見つけた。驚いたのは、それと併記されている搭乗機の名称だった。
それは──
「アヴァント! クライムさんと同じSVに乗ってる!」
『自分と同じメカを使うお仲間とはな。しかし今は敵だ』
敵でブリッツに乗っていない例外。
それがSVとは奇妙な縁を感じる。
だがクライムの言うとおり、今は親しみを覚えている場合ではない。どう攻略するか考えないと……こうしているあいだにも戦闘は続いていて、別チームの味方が2機、物陰から飛びだした。
ババンッ!
パリン!
パリン!
(えっ⁉)
飛びだした瞬間、その2機は撃たれてポリゴンに還った。アキラが気になったのは、その前に聞こえた2発の銃声。
そこそこ離れていた2機をごくわずかな時間差で仕留めた2発の銃弾は、ほぼ同時に別々の方角へと発射されたわけで、それは同じ銃からではありえない。
クライム機のように左右の手に一丁ずつ銃を持った 〔二丁流〕 のスタイルで戦っている。射線が通った瞬間モグラ叩きのように仕留めたところも、クライムが駅前広場で見せた技そっくりだ。
「アントンさん、今のは!」
『あの反応速度。間違いない、奴だ!』
「クライムさんと同じ技の使い手……」
『いや』
アキラの言葉を、当のクライムが否定した。
『奴のほうが速い』
「え⁉」
『自分が片手撃ちと二丁流を身につけたのは、ついさっきだ。確かに両手撃ちより早く照準できるようになったが、慣れないフォームではやはり撃ちづらさも感じている。付け焼刃なんだ』
「あれで⁉」
『ああ。対して奴は、あのスタイルに慣れっこなのだろう。自分が撃つよりタイミングが早かった。今のを見ただけで格上だと分かったよ』
「うわぁ……」
アキラには分からなかったほどの些細な差でも、クライムのレベルになると顕著に感じられたのだろう。曖昧だったサラリィの戦闘力がどんどん強いほうで確定していく。どうすれば──
『俺が囮になる‼』
「アントンさん⁉」
『奴のほうへと銃を乱射しながら飛びだす。すぐ撃たれるだろうが、俺の攻撃も牽制にはなるはずだ。奴がひるんだ隙にクライムが仕留めてくれ。今の話を聞くに、お前の腕ならできるだろ』
『むぅ……』
「ちょっと待って‼」
アキラは慌てて制止した。本当は自分で仕留めたいだろうに仲間を信じてその役を託そうとするアントンの心意気には敬服したが、彼がこちらの同意も聞かずに飛びださないように。




