第7話 門出
それから。
アキラは青銅剣闘士タロスより 〔突進からの攻撃は、慣れるまでは縦に振るよりも、横に振るか突くほうが失敗しづらい〕 とアドバイスを受け──
基礎的な剣の振りかたを教わり。
タロス相手に──突進なしで──打ちこむ稽古をし、またタロスからの打ちこみを剣で受けたり回避したりする稽古をした。
『よいぞ、その調子だ!』
「はい! タロス先生!」
タロスはナビ音声と同じく、人が操作している 〔PC〕 ではなく、AIが操作している 〔NPC〕 である。
昨今のAIの進化は目覚ましく、決められた台詞を話すだけでなく人からの呼びかけにも適切に答えてくれる。
アキラはその暑苦しくも親切な人柄に接する内に、すっかりタロスに懐いていた。
『よし! 今日はこれまで!』
「ありがとうございました!」
青銅の歯を見せて笑うタロスに翠王丸が深々とお辞儀した時、その機内亜空間にいるアキラの胸元で青い勾玉が光りだした。
すると翠王丸を召喚して乗りこんだ時と同様に、アキラの体が重力から解きはなたれてフワッと浮かびあがる。
そして頭上に開いた、亜空間の星空を丸く切りぬいたような、闘技場の天井がのぞいている穴へと吸いこまれた。
(原作どおり!)
次元の穴を通り、翠王丸の開いた頭部ハッチから出て、その足もとにフワリと着地。すると、体を浮遊させた不思議な力もフッと消える。
振りかえると翠王丸の体が光の粒子となって消えた。その粒子がアキラの手もとに集まってきて──固まり、一振りの剣が姿を現す。
機神・翠王丸を召喚した際に光となって消えていた人間用サイズの剣、翠王丸。召喚時まで抜き身だったが、今は新たに現れた鞘に収まっていた。
『〔神剣・翠王丸〕 を入手しました。装備しますか?』
「え? あ、はい──うわっ」
ナビ音声に返事すると、現実の黒髪アキラの握るスティックに振動。アバターの緑髪アキラの手がひとりでに動いて、剣を斜めに背負って鞘についたベルトで固定した。
『では、あちらから外に出るといい』
タロスが指差した方角に、この円形闘技場のアリーナを囲む壁の開口部が見えた。来た時のエレベーターの円柱とは逆方向。
「はい。それでは失礼します!」
『汝に教えることは、まだまだある! これから何度でも、新たに学びたいことができた時に訪ねるがいい! 我輩は常にここにおるのでな、ハァーッハッハッ‼』
「はい‼」
アキラは機神から降りた今だと見上げる巨体なタロスに一礼してから走りだした。
足取りが軽い。先ほどまで翠王丸の重いアバターを使っていたので、元に戻ると体が羽のようだ。
アリーナから出て、薄暗い通路を駆け、階段を駆けあがり、外からの光が差しこむ出口へ──
「うわぁ……!」
視界いっぱいに、絶景が広がった。
人々が行きかう、石造りの街並み。
古代ギリシャか古代ローマか中世ヨーロッパか、アキラの知識では分からなかったが、とにかく西洋風で前近代的な趣の都市が広がっていた。
それだけなら現実でも見られる。
だが、ここはファンタジー世界。
空には現実ではありえない光景が見られた。箒にまたがった魔法使いや、人を乗せた有翼馬、そしてとても浮きそうには見えない重そうな船が飛んでいる。
ここまでなら普通のファンタジー。
だが、ここはロボットものの世界。
ズシン、ズシン──
「せ、聖騎士団……!」
大通りを全身甲冑姿の、背丈が翠王丸の2倍の10メートルもある巨人たちが、隊列を組んで行進していた。中に聖騎士という役職の人が乗っている、ロボット。
〔聖骸夫〕──このクロスロード・メカヴァースに参戦している小説原作アニメ化作品の1つ 〔聖騎士タンバリン〕 に登場するメカだった。
聖獣という巨大モンスターの甲羅を西洋の板金甲冑のような人型に組みたてた外装の中に、機械仕掛けの骨格が詰まっている。現代日本から異世界に転移した主人公・丹波 輪が発明した。
「あっ、あれも!」
そして町の広場の中央には、地に突きたてた剣に両手を添えて立つ武人姿の巨像。現実にも似たような像は、動かないものならあるが、あれは主が命じれば動きだす。
〔魔神王レアアース〕 の登場メカ、全高40メートルの 〔魔神〕──魔法で土を変化させて作られている。
アニメでは乗り手が地面に魔法陣を描き、その場の土から即席で作って戦闘終了後は土に戻すことがほとんどだったが、こうして巨像の姿のまま置いておくこともできる。
アキラは震えた。
タンバリンもレアアースも大好きな作品だ。というか、このゲームに参戦しているロボット作品は全て履修しているし、その中に嫌いな作品などない。
生まれて初めて見たロボットアニメである機神英雄伝アタルが今でも一番好きなのは変わらないが、それ以外のロボット作品たちも愛している。
それらが一堂に会する、こんな贅沢な世界を冒険することができるとは。そのことに今さらながら気分が昂揚していた。
(い、生きててよかった……!)
SV操縦の練習に役立てるという意識が先に立って考えていなかったが、魅力的な仮想世界で現実さながらに活動できることもVRゲームの魅力だ。
それをアキラは今回、初めて体験する。
不意討ちで浴びた分、感動もひとしお。
(あっちも早く見たいけど、まずはこっちを堪能しよう)
あっちとは 〔地上世界〕 のこと。
こっちとは 〔地下世界〕 のこと。
地上世界は未来の地球をイメージした科学の進んだSF世界。その地球の内部に広がる大空洞である地下世界は剣と魔法のファンタジー世界。
参戦作品はその内容から 〔SF〕 か 〔ファンタジー〕 かに仕分けられ、SF作品は地上で、ファンタジー作品は地下で、原作要素の再現が行われる。
こうすることで原作のイメージをなるべく損ねないよう少ない設定改変で、異なる作品群を共演させることを可能にしている。
そして地上と地下は行き来できる。
ただ新たにゲームを始めたプレイヤーは、初期機体にSF作品のものを選べば地上から、ファンタジー作品のものを選べば地下からスタートする、というだけだ。
「ねぇ、そこの人」
誰かが声をかけてきた。アキラが振りむくと──その人物は、長い金髪にウサ耳をつけ、豊満な肉体をバニースーツに包み、網タイツを履いた、美少女型のアバターだった。