第6話 操縦
「おっ」
翠王丸の機内亜空間、星の散りばめられた虚空に浮かぶ玉座に座るアキラの前方に、大きな円盤状の鏡が現れた。
そこに工場内部が映しだされる。翠王丸が頭部の眼に相当するカメラで見ている景色、という設定。
「原作どおりだ……!」
アキラが首を振って上下左右に顔を向けると、鏡がスッと移動して常にアキラの視界の正面に陣取り、翠王丸から見てその方角にある景色を映しだす。
これも操縦者の頭と連動して翠王丸の頭も動いている、というテレビアニメ 〔機神英雄伝アタル〕 の設定そのままだ。高い原作再現度にアキラはファンとしてスタッフに感謝した。
ズッ──
「うわっ!」
ふと足もとが抜けるような感覚が──ペダルの触覚フィードバックによって──して、鏡に映る景色が上にスライドしだした。
翠王丸の立っている床周辺が丸く抜けて下降しだしたのか。この足場はエレベーターだったらしい。
翠王丸を乗せた円盤状の床が、円筒形の縦穴の中を下っていき……ガコン! やがて停止すると、前方の円筒の壁面が左右に開いた。その扉をくぐろうと、アキラは一歩──
「⁉」
──踏みだそうとして、脚が上がらずに動きをとめた。重くて上がらない? ……いや、改めて力を込めると、今度はちゃんと鏡に映る翠王丸の右脚が上がって前に進んだ。
これはあれだ。持とうとしたものが見た目から予想したより重かった、あるいは逆に軽かった時にガクッとなる、あの現象だ。
ペダルの触覚フィードバックから感じる翠王丸の脚は、これまで動かしてきた人間大のピクトグラフや緑髪アキラのアバターの脚より、ずっと重かった。
考えてみれば当然の話だっだ。
翠王丸は全高5メートル近い、それも機械仕掛けの巨人なのだから。それで動かす時の抵抗が大きく戸惑ったが、問題ない。
重いと分かった上で力を込めれば、ちゃんと動く。緑髪アキラのアバターほど軽快には歩けないが、ストレスを感じるほどではない。むしろ──
(こ、これは……)
そもそも人間の力で巨大ロボットの体を動かせるわけがない。それだけの重さをペダル越しに感じているのに、実際には翠王丸は動いてくれている。
それは単に翠王丸は自身に備わったパワーで己の重量を持ちあげており、中の操縦者の筋力など必要としていない、ということなのだが。
自力では動かせるはずのない重い脚を、動かそうと思えば必要な力が発揮されて動かせる。なんとも言えない不思議な感覚だが、確かなのは──
(気持ちいい‼)
ガション、ガションと、大きな足が力強く床を踏みしめる振動をペダルから感じながら、アキラは翠王丸を数歩前進させて扉をくぐった。
ゾクゾクと快感が全身を駆けめぐる。
従来のロボットゲームにはなかった。
これがロボットを操縦するということ。人がどれほど鍛えようと得られるはずのない巨大な力を我がものとする。ただ歩いただけで、そう理解させられた。
『チュートリアルを開始します』
「──ハッ! 意識飛んでた!」
ナビ音声に我に返る。扉をくぐった翠王丸は、砂で覆われた円形の平地の端に立っていた。
砂地はぐるっと壁に囲まれており、壁の上には無人の観客席が天井付近まで階段状に続いている。野球場のような、だが近代的なスタジアムではない。建材は石のようで遺跡のような雰囲気。
古代ローマの円形闘技場のようだ。
『よくぞ参った‼』
「へっ──うわ⁉」
ズシャァァン‼
野太い男性の声が響いたかと思うと、上から降ってきたなにかが砂場の中央に激突し、もうもうと砂埃を上げた。その向こうに人影らしきものが見えてくる。
そこに現れたのは背丈がこちらと同じ約4メートルほどの、筋骨隆々で暑苦しい顔をした若い男性の姿の……動く銅像だった。
ほぼ裸で金属光沢の肌が輝いている。腰と手足に部分鎧。右手には短めの剣。確かローマの闘技場で戦った剣闘士があんな格好だったはずだ。
『我輩は青銅剣闘士のタロス‼』
タロス……ギリシャ神話に登場する青銅製の自動人形。ローマとギリシャは親戚のようなもの、場違いには感じない。
『汝に戦の手ほどきをする者なり』
ローマの闘技場にしろギリシャの自動人形にしろ、和漢折衷ファンタジーの機神英雄伝アタルには登場しなかった。
これは初期機体の出身作品に関係なく全プレイヤーが受ける、共通のチュートリアルイベントなのだろう。
『さぁ、剣を抜けぃ‼』
『スティックの武装選択スイッチを押せば、あとは全自動で機体が剣を装備してくれます。あるいは、右手を動かして剣の柄を握ることでも装備が可能です』
女性の声。
これまでのナビ音声も引きつづきサポートしてくれるようだ。
アキラは右スティックに力を込めた。自動なんてつまらない。
スティック操作で翠王丸の右手を、その右肩の後ろにある剣の柄まで伸ばす。手のひらが柄にふれたら、スティックのトリガーを引いて開いた指を閉じる。
ガシッ──ガチャッ‼
瞬間、アキラの右手にずしんと重みが来た。剣の柄を握ったことに反応して、翠王丸の背中に抜き身の剣を固定していた留め金が外れた。それで剣の重みが右腕にかかってきたのだ。
片手ではつらい。
アキラは翠王丸に剣を両手で持ちなおさせた。これでよし。機体と同名のこの巨剣・翠王丸は両手剣。こうするのが正しい。アニメでもそうしていた。
『まずは適当に打ちこんでこい‼』
「はい! それじゃ、行きます‼」
アキラは重い抵抗を示すペダルをできるかぎり素早く動かした。連動して翠王丸は両足で交互に地を蹴り、一歩ごとに砂を跳ねとばしながら疾走する。剣を頭上に掲げたまま。
ズダッ! ズダッ! スダッ!
砂場の端から中央にいるタロスのもとへと真っすぐに駆けていく翠王丸の中で、アキラは4メートルの巨体の躍動にひたっていた。スティックとペダルから振動が体全体に伝わってくる。
人機一体‼
アキラは今まさに翠王丸と、その巨大な力とひとつになっていた。その力をありったけ込めて、掲げた剣を目前に迫ったタロスの頭上へと振りおろす‼
「やーっ‼」
ズガッ
「あぁっ⁉」
剣の切先が、よけたわけでもないタロスの足もとに突き刺さった。間合いを見誤ったのだ。剣が地面に固定されても、ここまで走ってきた勢いは消えず、翠王丸はつんのめってスッ転んだ。