第57話 倉庫
フワッ
翠王丸の機内亜空間でアキラの体が青い光に包まれて操縦席から浮かびあがり、頭上に開いた 〔門〕 をくぐる。
恒例の、シーン進行時の自動降機。
翠王丸の頭部ハッチの開口部にできた 〔門〕 から通常空間へと戻ったアキラの体は、普段ならすぐ地面に降ろされるのだが──今日は宙に浮いたままビューン! と横に飛んでいく。
【立入禁止区域の外まで移動します】
眼前に開いたウィンドウの文字で、理由が分かった。
今までいた戦場は軌道エレベーター 〔アメノミハシラ〕 のすそに広がる飛行場。平時は飛行機が離着陸する場所で、人がうろついていたら邪魔になる。
この地を襲った日蜥蜴を撃退して戦闘が終わった今、再び立入禁止に。リアルなら自分で歩いて出ていかないといけないところだが、これはゲームなので自動でやってくれている。
パッ
行先は倉庫だった。戦闘前にいた倉庫と同じ場所かは分からない、同じ形の倉庫が並んでいるから。開きっぱなしの門から中に入ったところで体を包んでいた光が消え、地面に降ろされる。
すると、後を追ってきた光の粒子──機神・翠王丸が変じたもの──が背中に集まり、鞘の中で神剣・翠王丸に実体化した。
「おかえり」
「「おかえり、アキラ!」」
「おっ、お父さん、お母さん⁉」
物言わぬ翠王丸に話しかけていたところに声をかけられ、アキラはドキッとした。ここに両親がいるとは思ってなかった。声のした背後を振りかえると──
父の機体 〔フーリガン〕 と。
母の機体 〔アドニス〕 の姿。
全高20メートルのフーリガンは直立した姿勢で背中を整備台に固定されており、機体の腰の高さに渡されたキャットウォークで、腹部ハッチから降りた父が手を振っている。
人型だと全高20メートルになるアドニスは今は戦闘機の形態を取っていて、着陸装置の車輪を出して床に伏していた。機首のほうにあるコクピットのキャノピーが開き、横につけられた梯子を伝って母が降りてくる。そのそばへアキラは駆けよった。
「お母さん」
「アキラ! 大丈夫だった?」
「うん。戦闘終了まで死なずに済んだよ。2人のおかげ。それと、空の日蜥蜴を引きつけてくれて、ありがとう」
「VC乗りとして当然よ♪」
アドニスはVC、超弩級要塞コスモスにおいて日蜥蜴を倒すために作られた兵器。だが特に日蜥蜴に大ダメージを与える機能などはない。これは母が自らをコスモス原作での日蜥蜴と戦ったVC乗りたちに重ねた役割演技だろう。
「同じトコに飛ばされてきたんだね」
「そうね。他の人はいない……なんでかしら」
「僕ら3人がパーティーメンバーだからだよ」
整備台から降りた父が答えた。
「この倉庫は傭兵ギルド所有の格納庫。外からは同じものがいっぱい並んで見えて、それでも数は有限だけど、実際は無限にある。他のPCたちも、ここにある別の倉庫に転移してるよ」
「ああ、そのパターン」
アキラはすぐピンと来た。出会った時オルが使っていた、1ヶ所に複数のPC運営武器屋が入っていた工房と同じ仕組みだ。それと自分がさっきまで本拠にしていた樹上都市の宿舎も。
時空が歪んでいる。
「で、パーティーを組んでない状態だと1人で使うことになるけど、組んでる状態だとメンバー全員で1つの格納庫を共有することになるってわけ」
「なるほど~。さすがあなた♡」
「なるほど……あ、そうだ。お父さん、お母さん」
「「ん?」」
「2人がメカ乗りこみ時の無敵バリアで激光吐息を防ぐの見せてくれたから、自分でも実践できて助かったよ。ありがとう」
「「どういたしまして」」
「生身で敵にボコられてる時に召喚して~ってのはやったことあるけど、自分から有効活用しようって発想はボクにはなかったや。2人はすごくサマになってたよね」
「ふふっ♪ たまにやってるから」
「ロボットは乗る時とか変形とか合体とかしてる時は攻撃しちゃいけない、ってのがお約束だけど。攻撃されてもバリアで弾くなんて機能は出典元にはないから、ゲームの快適性を優先した仕様だよね。それをああ使うのは原作再現には反するけど──」
「裏技って使いたくなっちゃうのよね~」
「ね」
「わかるよ」
アキラは両親に同意した。自分も不発に終わりはしたが、安全圏の倉庫内から日蜥蜴を攻撃しようとしたし。
裏技のような制作者が意図していない遊びかたばかりしていると楽しみを減じる恐れもあるが、あれくらいなら大丈夫だろう。
「さて、これからどうしましょっか」
「観光に行くとこだったろ? メガフロートの内部にある、いろいろな施設をアキラに見せてあげようって」
「そうでした」
「あ、その前に! もう少しここでフーリガンとアドニス見てもいい? 格納庫にいるロボットってVRで見るの初めてだから」
「「もちろん」」
アキラの頼みを両親は快諾してくれた。
格納庫、それはロボットものに欠かせない聖域。戦うメカの帰る家。そこで修理や整備を受け、じっと次の戦いを待ち、パイロットを迎えいれて、出撃する。
アキラももちろん大好きだが、このゲーム内で見るのは今日が初めてだ。自分もこれまでの仲間たちも、所持しているメカがみな格納庫を必要としないタイプだったから。
自分の翠王丸はこのとおり機神として用いない時は剣の姿をしているし、網彦の魔神ドラグネットは魔法陣によって即席で建造する──と、ファンタジー系のメカにはこの手のものが多い。
「おぉ~っ」
アキラは着陸装置で立つアドニスの伏した胴体の下にもぐってみたり、直立するフーリガンの両足のあいだに立ってみたりして、その巨大さを間近に感じた。
アドニス、フーリガン、どちらも全高20メートル。
いつも乗っている翠王丸の5メートルはもちろんのこと、前に戦った魔龍シーバンの15メートルよりも大きい。
ドラグネットの40メートルと比べれば半分とはいえ、慣れた大きさよりずっと大きいので圧巻だ。
こんな大きいメカを望めば簡単に手に入れて操縦できる。なんていいゲームだと、アキラは改めて思った。
ピコン
「うん?」
夢中になっていたところに通知音がして、アキラはメニューウィンドウを開いた。そこに【新着メッセージが1件あります】と出ていたので、タッチしてメール欄を開く。
差出人は、知らない名前だった。




