第55話 SV
だが、快進撃もそこまでだった。
ガァッ‼
「うわっ⁉」
こちらが2匹目の日蜥蜴を仕留めているあいだに接近していた3匹目が飛びかかってきて、アキラはとっさに翠王丸の、電気玉を撃つために剣から放していた左腕で頭部をかばった。
ガブッ‼
「ちょっ⁉」
日蜥蜴の噛みつき攻撃! ──で、左腕HPにダメージを受けるのはいいが。噛みついたまま、放さない⁉
グイッ!
「ッ、の!」
日蜥蜴は強靭な顎の力で翠王丸の左前腕を挟んだまま、首を振った。こちらを引き倒す気だ。アキラはそうさせまいと、ペダルを履いた両脚に力を込めて翠王丸に踏んばらせた。
双方の力が拮抗して、互いに硬直する。
だが、この体勢だと日蜥蜴は他に打つ手がないが、こちらは剣を持った右腕がフリー! 両手用の重い剣だが機神のパワーなら片手でも振れる。
わざわざ攻撃しやすい位置で密着してくれている日蜥蜴へ──
ガブッ‼
「はいっ⁉」
剣を叩きつけようとした、動きがとまった。アキラがそちらを見ると、なんと別の日蜥蜴が翠王丸の右腕に噛みついている! 3匹目に手こずっているあいだに4匹目がやってきていた!
グイッ!
「んぎっ!」
4匹目は翠王丸の右腕を、3匹目とは真逆の方向に引っぱった。結果、翠王丸は2匹の日蜥蜴に綱引きされ、両者のあいだで動けなくなった。
「どどどっ、どうしよう⁉」
どちらの腕も振りほどけない。そのHPは少しずつ減っている。0になって両腕が失われたら、本体が残っていても攻撃手段が蹴りぐらいしかなくなり敵を倒すのは難しくなる。
(そ、そうだ! 蹴り!)
翠王丸の両足を地面から離し、思いっきり開脚しながら振りあげて、こちらの腕に噛みついている日蜥蜴らの顎の下を蹴りあげる‼
ふにっ♪
「あらっ?」
翠王丸の爪先が、日蜥蜴の柔らかい皮膚に優しく受けとめられた。なんの痛手にもならなかったようで、日蜥蜴は2匹とも口を放してくれなかった。
いい案だと思ったのだが、不自然な体勢で放ったせいか蹴りにまったく威力が乗っていなかった。これが蹴り技を身につけた格闘家なら違ったかもしれないが、あいにくアキラは素人だった。
「だあああああッ!」
翠王丸の両脚を下ろしたら、地面に足がつかなかった。日蜥蜴らが両腕を引っぱる位置が先ほどまでより高くなっていて、宙吊りにされている! 両腕どころか両脚まで使えなくなった‼
(どっどっどっどっどうするどうするどうする⁉)
必死に考えるが、なにも浮かんでこない。こうしているあいだにも両腕のHPはどんどん減っている。先に噛みつかれた左腕のほうは、もうじきゼロに──
バババッ──パリン!
バババッ──パリン!
「え⁉ とと!」
ズシャッ!
突然、左右の日蜥蜴が無数のポリゴンに砕けて、翠王丸が解放されて着地した。直前に聞こえたのは、銃声?
(あ!)
それを撃った者は翠王丸の真正面、少し離れた場所にいた。周りに意識を向けていなかったので気づいていなかった。
両手で構えた銃器をこちらに向けている。
サイズはこちらと同じ5メートルほどか。
いや、それより。あの機体は──
(スレイヴィークル‼)
¶
スレイヴィークル……略称SV。
それが現実世界において史上初の、そして今のところ唯一の、実用化された有人操縦式人型ロボットのカテゴリー名。その規格と定義に収まるロボットたちの総称。
その全高は5メートル未満と制限されている。日本の車道において地上5メートルにある信号機の下を歩いてくぐれるように。これより高いと信号機や電線などにぶつかって市街地では運用しづらくなるのだ。
全高の下限は特に決まっていないが、あまり小さいと操縦する人間が乗りこむスペースがなくなるため、小さくても475センチメートルほどで設計されている。
翠王丸の全高と同じ数値。
SVがこの世に出たのは、ほんの1ヶ月と少し前。8月の末のことだった。いや、開発中から世間に情報は発信していたらしいが、販売が始まるまでアキラは存在を知らなかった。
とある日本のロボット開発企業が記念すべき第1弾をリリースした時のことはよく覚えている。ネット上で世界中のロボットファンが狂喜乱舞していた。
夢が叶った、と。
前世紀──西暦20世紀の後半に日本製のフィクションの中で、この 〔人が乗って操縦する人型ロボット〕 という概念が誕生して以来、それに魅了された多くの人々がその実現を願っていた。
今世紀に生まれて、物心ついたころに翠王丸の出典のロボットアニメ 〔機神英雄伝アタル〕 を見てロボットのパイロットを志したアキラも、その1人。
ファンの中には自ら叶えようと科学者になった者もいる。そうした人々の長年の研究が、とうとうSVという実を結んだ。
アキラも当然、喜んだ。
だが素直には喜べなかった。その偉業は自分と一緒にアタルを見て、自分が乗るためのロボットを作ってくれると約束してくれた幼馴染の女の子、駒切 蒔絵が成しとげるはずだったからだ。
実際、他人に先を越されたことに立腹した蒔絵はアキラの前で、自分の部屋をメチャクチャにするほど暴れた。
アキラが慰める必要もなく、しばらくすると1人でケロッと立ちなおり 〔アキラが乗る最高のSVを作る〕 と方針転換したが。
それから──
蒔絵は翌日アメリカに引っこした。元から予定していたことでアキラは直前まで知らされていなかっただけらしいが。9月から現地のマサチューセッツ工科大学に通い、これまで以上にロボット開発について学んでいる。
アキラは 〔SVの操縦者になる〕 ことを目指し、親友の地引 網彦からSVの操縦装置と同じ操縦桿と足踏桿からなるVRコントローラー 〔ウィズリム〕 と、それを使うロボットアクションVRMMOの存在を教わり、さっそく始めて今日にいたる。
それが今やっているこのゲーム。
クロスロード・メカヴァースだ。
多くの版権ロボット作品に登場したメカをプレイヤーが操れるというものだったが、SVが発売されると例外的に、実在のメカであるSVのデータも使えるようになっていた。
だがアキラはSVよりも思いいれのある翠王丸に乗りたかったので初期機体にそちらを選び、SVに乗るために始めたのに今までSVに関わらずにきたのだが。
そのSVが今、目の前に現れたのだった。




