第53話 障壁
「あれっ? ビームサーベルは?」
アキラは父にたずねた。フーリガンに代表される機甲戦士フーリガンの登場メカ 〔MW〕 の近接武器といったらそれだ。
本体は柄しかなく、使用時にその端から輝く灼熱の粒子ビームの刀身を伸ばし、ふれたものを溶断する光の剣。
アキラは父の駆るフーリガンがそれで日蜥蜴を両断するのを期待したのだが、実際はそれを抜くことなく殴ってひるませ機関砲で倒した。
「連中、ビームを吸収するんだ」
「えっ……あーッ! そっか!」
超弩級要塞コスモスの敵役、宇宙怪獣 〔日蜥蜴〕 はあらゆる粒子のエネルギーを吸収する性質を持つ。
そのため光子砲や荷電粒子砲など、なんらかの粒子を集束して破壊力を得る 〔ビーム兵器〕 の類はまったく通じない、どころか相手のエネルギーを回復させてしまう。
原作そのままの能力だ。
そのため原作コスモスの本編ではビーム兵器は存在しているのに出番がほとんどない。日蜥蜴と戦うために生みだされた可変戦闘機 〔VC〕 の主兵装は実体弾の機関砲だ。
アキラもコスモスを視聴して知っていたことなのに、別作品出身のフーリガンのビーム兵器が日蜥蜴に吸収されるところは見たことがないので気づかなかった。
これは自分が魔龍シーバンとの戦いで仲間たちに提案した、機神英雄伝アタルの機神・翡王丸の火属性吸収能力によって、覇道大陸ドラゴナイト出身のシーバンの火炎吐息を吸収する作戦と同じことだ。作品の垣根を越えて作用しあうという。
(レティ)
連鎖的にその翡王丸のパイロット、もう会えないレティのことを思いだし、アキラは首を振った。彼女への未練を断つためこの地上世界に出てきたのだ。
ガシャッ!
フーリガンが傭兵ギルドの倉庫の前に着地して、その腹部のハッチを開く。アキラは急いでそこをくぐって、フーリガンのコクピットから出た。
「ありがとう、お父さん!」
「ああ、どういたしまして」
アキラは乗りこんだ時とは逆に、ハッチの前に差しだされたフーリガンの手のひらに乗って、そっと地面に降ろしてもらった。
「あとはお母さんのとこに行って!」
「ああ! アキラも気をつけてね!」
ガチャッ──ボゥッ‼
ハッチを閉じたフーリガンが飛びたっていく。アキラはひと目だけその姿を見送り、すぐに倉庫の開きっぱなしの門をくぐって中に入った。
すぐに現実の自分の手もとの、ウィズリムのスティックの頭のボタンを押して、メニューウィンドウを眼前に開く。
【ここを本拠に設定しますか?】
【はい/いいえ】
本拠に設定していない傭兵ギルドの敷地にいると表示されるメッセージが出ている。アキラは【はい】をタッチ、本拠をここに変更した。
これでもう、死んでも遠くまで飛ばされる心配はなく、ここに死に戻りするようになった。安心して外の戦闘に加われる──
「いいっ⁉」
倉庫の外を見ると、日蜥蜴の開かれた口と、そこにギッシリ並んだ牙が、もう目前に。頭を丸かじりにされ──
ガンッ!
「うわッ⁉」
アキラは尻もちをついた。頭はかじられていない。直前で日蜥蜴の口が見えない壁にぶつかったように停止したから。
その 〔壁〕 は閉門時に扉が位置する、この倉庫の内と外の境界面に存在しているらしい。このゲームの世界に存在するなんらかの技術による障壁、ではなくゲームシステム的な制約だろう。
集落全体が敵の入ってこれない安全地帯になっているのはゲームスタート地点のみだが、どこの集落にもある傭兵ギルドの敷地内は安全地帯ということらしい。
「あー、びっくりした!」
それにしても、こんな近くに日蜥蜴がいたとは。
こちらからは死角になる位置にいたのか、フーリガンから降りた時は気づかなかった。もう少し倉庫に入るのが遅かったら食い殺されて地下世界に飛ばされていたところだった。
先ほど父が倒した空飛ぶ個体は翼があり、全高20メートルのフーリガンと同じくらい大きかったが、こいつは小さく翼がない。四つ足で立って頭をもたげた姿勢で、その頭が人間の成人男性の頭と同じほどの高さにある。
「! よ~し」
アキラは背中の鞘から神剣を抜いた。両手で握って頭上に構え──〔壁〕 の向こうの日蜥蜴の、鼻っ柱に斬りつける!
スカッ!
「あらっ?」
剣は日蜥蜴の頭部をすりぬけた。日蜥蜴のHPバーには変化がない。向こうからこちらへと同様に、こちらから向こうへも攻撃はできないようだ。
安全地帯から一方的に攻撃してやろうというアキラの悪だくみは、ついえた。そう都合よくはいかないらしい。
「どうしよ……」
目の前の日蜥蜴の背後では、他の日蜥蜴の群と自分以外のPCのメカたちの激しい戦闘がくりひろげられていた。
地上の飛行場ではこいつと同じ翼のない個体らと、飛行能力のない陸戦型のメカたちがレーザーと機関砲で撃ちあったり、接近して殴りあったりしている。
その上空では翼のある個体らと、飛行能力のある空戦型のメカたちが同様の攻防をしている──あの中に父のフーリガンと母のアドニスもいるはずだ。
自分もメカで戦いたい。
一応、召喚してみるか。
「翠王丸ーッ‼」
『呼びだし禁止区域です』
「だーっ! やっぱり!」
剣を掲げてその名を呼べば、普段なら音声入力が成立して機神・翠王丸を呼べるのだが、この安全地帯ではメカの呼びだしができない仕様だった。
召喚するには 〔壁〕 を抜けて外に出る必要があるが、出てすぐの所に日蜥蜴が居座っている。なので生身で出れば、その瞬間に食い殺される恐れがある。
グルル……
「君、どっか行ってくんない?」
人語を解さぬ日蜥蜴は答えないし、動かなかった。このままではここから出られない。待っていれば他のPCがこいつを倒してくれるかもしれないが、いつになるか。
おそらく日蜥蜴が全滅するか一定時間が経つかすれば、この襲撃イベントは終了する。それまでなにもせずに待っていることもできるが、それでは情けない。
「──よし!」
アキラは腹をくくった。剣を掲げた姿勢のまま、日蜥蜴からなるべく離れて透明な 〔壁〕 を抜け──外に出る!
グギャーッ‼
「翠王丸ーッ‼」
すぐさま襲いかかってきた日蜥蜴の牙が迫るが、直前で音声入力を完了させたアキラはメカ乗りこみ時の無敵状態に突入、その身を覆ったバリアが日蜥蜴を弾きとばした。




