第5話 召喚
〔クロスロード・メカヴァース〕
〔クロスロード〕 とは十字路、交差点、岐路の意味。
〔メカヴァース〕 とは 〔メカ〕──ここでは有人操縦式ロボットの意味──と 〔宇宙〕 を組みあわせた造語で、ロボットもの作品の舞台世界を表している。
これらを繋げた 〔クロスロード・メカヴァース〕 が意味するその内容は 〔複数のロボットものの世界が十字路のように出会い、各作品の登場人物やメカたちが共演するクロスオーバー作品〕 だった。
参戦作品は──
〔機甲戦士フーリガン〕
〔超弩級要塞コスモス〕
〔機動警官パトローダー〕
〔装甲歩兵ベイシス〕
〔聖騎士タンバリン〕
〔機神英雄伝アタル〕
〔魔神王レアアース〕
〔覇道大陸ドラゴナイト〕
他多数。いずれも日本発の、オリジナルもしくは原作つきのロボットアニメ。そうそうたるラインナップだ。
なおプレイヤーが所持して搭乗できるロボットには、これらの作品の登場メカの他に、現実世界でこれまでに開発された実在するSVたちも含まれている。
アキラは実機のSVを操縦する時に備えた練習という名目でこのゲームを始めている。ならゲーム開始時にもらえる初期機体にはSVを選ぶのが妥当。
(けど……!)
若干の後ろめたさを感じながら、アキラは 【機神英雄伝アタル】 のアイコンにタッチした。このアニメを見て人生を決めたアキラに、この機を逃すことはできない。
一応、事前に予習した時にゲーム内でのアタルの登場メカ 〔機神〕 とSVの操作感覚は変わらないと確認しているため、本来の目的に反してはいないはずだ。
ウィンドウの表示が切りかわり、見知ったアタルの登場メカの一覧が表示される。アキラはその先頭に表示された、主人公アタルの搭乗機にタッチした。
『〔翠王丸〕 でよろしいですか?』
「はいッ‼」
勢いよく返事すると、その声をアキラがつけているVRゴーグル付属の防音マスクに内蔵されたマイクが拾い、音声入力が機能して 〔決定〕 の処理がなされる。
ウィンドウが閉じると、アキラの眼前に台座に刺さった剣が出現した。柄が長く両手で持つタイプの、中華風の両刃の直剣。作中でアタルが使用した 〔翠王丸〕 だ。
翠王丸とはアタルが持つ剣と、その剣を用いて召喚する聖なる青いロボットと、そのロボットが持つアタルの剣を拡大したような同形状の巨大な剣、3つに共通する名前だった。
「よし……!」
アキラは両手で剣の柄を握りしめた。
ぐっと持ちあげるように力を込める。
現実の体の手のひらにふれたスティックから、アバターが持つ仮想の剣の硬い感触とズッシリした重みが、触覚フィードバック機能によって伝わってくる。
この 〔なにかに刺さった剣〕 というモチーフには 〔選ばれた者しか抜けない〕 というお約束があるが、まさかこの流れで自分に抜けないということはないはず。
「くぅ……!」
一方で簡単に抜けてもつまらない。はたして雰囲気を楽しむのにちょうどいいくらいの苦労を経て、アキラは剣を抜ききった。
パァァァ……!
切先が台座から離れた瞬間、剣がまばゆい光を発する。それが収まると、アキラの服装が変わっていた。
日本の古墳時代の男性が着た衣褌に似た白装束。胸の中央には大きな青い宝石の勾玉がブローチのように固定されている。
これは、アタルが異世界・蓬莱山に転移してから着ることになった救世主の衣! まさか着れる日が来ようとは‼
『さぁ、その名を呼んで翠王丸を召喚してください』
「いっ、いいんですか⁉」
『もちろんです』
アキラはアタルのようになりたいと思う反面、アタルではない者がアタルの真似をするのはおこがましい、などと考えるようになっていた。
だが今さらやらない選択肢はない。
普段は異次元空間で眠る機神・翠王丸をアタルが必要とした時に呼びだす際の、あのシーンをこの身で再現するのだ。
アキラは今いる工場内の一角にぽっかりと開けた円形広場の中心に立って、剣を天高く掲げた。
「翠王丸ーッ‼」
その瞬間、辺りが急に暗くなり、掲げた剣が光の粒子に変わってアキラの手からすりぬけた。光は上昇し、屋内の高い天井付近にできていた黒雲を貫いて大穴を空ける。
すると、その穴の向こうから1羽の青く光る鳥が降りてきた。それは形こそ翡翠という嘴の長い小鳥のものだが、体は人よりも大きい。
『ピィィィィッ‼』
一声鳴いた巨大カワセミは翼を羽ばたかせてアキラの目の前に着地、同時にその身をまばゆく輝かせながら──巨大人型ロボットの姿へと変身した。
現実でも今のアバターでも身長120センチメートルのアキラからは見上げるほどの、頭頂高475センチメートル──設定を覚えている──ある巨体。
3頭身のずんぐりした体型。
頭と胸は青く、腹と手足は白い。
頭は鳥の面影を残した紡錘形。
翼が描かれた肩は左右に張り。
足からは鳥の爪が生え。
剣を斜めに背負う。
その姿、まぎれもなく──
(翠王丸‼)
アタルの放送終了後も何度も録画で見ているし、現実の体がいるこの自室にあるオモチャやプラモデルでも毎日見ている。
だが実物大のその勇姿を3Dで、それも没入感が現実さながらのVRで見るのは初めてだった。仮想現実と分かっていても 〔本物の翠王丸がそこにいる〕 という感動に体が震える。
『ピィッ!』
翠王丸の額から角のように突きだした嘴が上下に開いて開口部ができる。そしてアキラの胸の勾玉がチカッと光るや、アキラの体は浮かびあがって開口部に吸いこまれた。
次の瞬間、アキラは翠王丸の体内に広がる宇宙のような亜空間に浮かぶ、王様の玉座のような椅子に座っていた。
その左右の肘掛けの先端にはスティックが、足置台の位置には左右のペダルがついている。
ここが翠王丸のコクピット。
アキラが操作する前に、アバターはひとりでに左右のスティックを握り、左右のペダルに足を置いていた。現実のアキラと、アバターのアキラが同じ姿勢になる。
ここからは、現実の黒髪アキラが実物のスティック&ペダルを通してアバターのアキラを動かし、アバターの緑髪アキラが仮想のスティック&ペダルを通して翠王丸を動かす──
という建前で。
実際には黒髪アキラのスティック&ペダルによる入力がダイレクトに翠王丸を動かす。ついにアキラが、翠王丸を操縦する時が来た。