第48話 転送
アキラは東屋に入った。
その円形の床には石畳が敷かれており、その隙間の線が五芒星を描いている──転送用の魔法陣 〔転送陣〕 だ。その中央に立つと眼前にウィンドウが開いて文章が表示される。
【地上世界に転送されますか?】
「はい」
パァァ……
石畳の隙間から光が立ちのぼる。するとアキラのアバターが透きとおり──ブワッ! 急上昇した。そして屋根に激突せず、すりぬける。今は幽霊のような状態らしい。
自分の足もとのほう──第1宮の下から、四方八方の上空へと斜めに伸びていく世界樹の根たちが見えた。その先端は青空の中で急に途切れて見える。
そこがこの地下世界の果て。
内面に地上世界の空を映す球殻状のディスプレイ、天蓋。それは上昇するアキラの頭上にも迫っていて──突如、アキラの視界が茶色に染まる。
「お~」
天蓋は突入した直後に通りぬけ、今は地球のマントル層の下部にいる──と、アキラは事前に調べた知識から理解した。
このゲームにおける地球は、核の部分が地下世界というファンタジー空間に置きかわっている以外は現実の地球と同じ構造をしている。
視界が青に染まる。
直後に緑に染まる。
下部より色の明るいマントル層の上部に達したからだ──そう思った瞬間には、視界は真っ黒に暗転した。ここは地殻。そして海の青が見え──
ブンッ!
アキラの視界は人の大勢いる広い建物の中へと切りかわった。アバターの体も半透明から不透明に戻っている。転送が終了した──
ここはもう、地上世界。
アキラが立っている所は花壇とベンチに囲まれた円形の広場。足もとに、ここにも五芒星が描かれていた。先ほどの大きな石畳に対して、こちらは小さなタイルを敷きつめたモザイク画。
これも転送陣なのだろう。
地下世界へと行くための。
だがオカルト的な雰囲気はない。
ありふれた星型の模様に見える。
なにも知らずにこれを見て 〔魔法陣みたい〕 と思うことはあっても、まさか本当に魔法陣とは思わないだろう。魔法ではなく科学が支配する、この地上世界の風景に上手く溶けこんでいる。
ザワ、ザワ……
広場の外に目を向けると、ここは豪華なホテルか空港のロビーのような現代的な建物の、何階分か吹きぬけになっている天井の高い場所だった。
周りを行きかう人々は、頭上の名前アイコンの前に記された識別マークはいちいち確認できないが、ほぼPC、自分と同じこのゲームのプレイヤーが動かしているアバターのはず。
彼らの格好は現代的な軍服だったり、サイバーパンク的なぴっちりスーツだったりと、この地上世界のイメージに合っている。
(ちょっと恥ずかしいな)
一方のアキラは髪と瞳が緑色──とカラフルなのはゲームのアバターなので地上でも珍しくないとして。服装は日本の古墳時代の男性の衣褌、胸には大きな青い勾玉、背中には中国の漢王朝時代のデザインの剣。
前近代なイメージが強い、剣と魔法のファンタジーな地下世界では馴染んでいたが、ここでは時代錯誤で場違いに感じる。
(タイムスリップしたみたい)
アキラの装備はゲームを始めた時に初期機体としてロボットアニメ 〔機神英雄伝アタル〕 の主人公機 〔翠王丸〕 を選んだ際についてきた、その原作でのパイロットである主人公アタルのもの。
機神英雄伝アタルのジャンルがファンタジーなため、その機体を選んだアキラは、このゲームに参戦しているファンタジー系ロボット作品の要素が集う地下世界がゲーム開始地点となった。
そしてこちらの地上世界にはSF系ロボット作品が集っている。周りの人たちの服装も、そのいずれかに登場するキャラクターの装備だろう。
それは分かる。
しかし自分が今ここにいるようにPCは地下世界と地上世界を自由に行き来できるのだから、こちらにもファンタジー衣装の者が他にもいていいはずだが、残念ながら視界内にはいなかった。
「アキラ!」
「こっち!」
ソワソワしだした時、ちょうどよく声がかけられた。とても聞き慣れた男女の声がしたほうを見ると、成人男性型と成人女性型のアバターが手を振りながら歩いてくる。
「父さん、母さん」
「お待たせ」
「早かったわね」
両親のこのゲームでの姿だった。
じかに見るのは初めてだが、姿はプロフィール欄を見て確認しておいた。両親とは事前にゲーム内でのメールでフレンド登録してあり、フレンドになったPCのデータは自由に閲覧できる。
父・星夜は青髪の青年〔カイル〕。
母・美鳥は緑髪の美女〔エメロード〕。
2人とも軍服を着ているが、その出典は異なる。父は 〔機甲戦士フーリガン〕 の主人公が属する地球連合軍の、母は 〔超弩級要塞コスモス〕 の主人公が属する地球連合軍の軍服だ。
〔フーリガンの地球連合軍〕 と 〔コスモスの地球連合軍〕 は別作品の組織ながら名前が同じなのをいいことに、このゲームでは同一存在という設定になっている。組織内で制服が統一されていないことになるが、そういうことは現実でもありえる。
「ボクも来たばっかだよ」
「ふぅ、よかった」
「じゃ、行きましょうか」
そう言った両親が自分の左右に立ったので、アキラは2人と手を繋いで歩きはじめた。リアルでも親子で出かける時はよくこうしている。
この距離感は、他のプレイヤーにも親子と映るだろう。
ログイン前、アキラは身バレを防ぐためゲーム内では他人として振るまおうかと両親に提案したが 〔面倒だからいい〕 と言われた。
そんなことしなくても、他のプレイヤーからは本当に親子なのか、そういう役割演技をしているだけなのか区別はつかないので身バレには繋がらないと。
「どこに行くの?」
「格納庫! の前に、ここの観光かな」
「まずは外に出ましょ。すごいわよ~」
両親に手を引かれ、アキラは建物から出た。地下世界で見たのと同じ、だがこちらは本物の──仮想現実だが──空が、青く晴れわたっている。
そこは高台の上だった。下はだだっ広い滑走路、大きな飛行機が降りたっている。その向こうでは紺碧の海が輝いていた。
「アキラ、後ろ後ろ」
「えっ──うわっ⁉」
母に言われて振りかえり、アキラは仰天した。自分が出てきた建物の屋根が先細りになって天に伸び、果てが見えないことに。ここは地上と宇宙を結ぶ、軌道エレベーターだったのか!




