第46話 天駟
【アキラ】
〖もちろん今後もアルさんには剣を教えていただきたいので、すぐに戻ってきます〗
【アルフレート】
〖ああ、いや。なにも急いで地下世界に戻る必要はござらぬよ。拙者もホームを地上世界に移すといたそう。これからも予定の合う日はともに遊ぼうではありませぬか〗
【オルジフ】
〖オレは地下世界に残るが手が欲しい時は気軽に呼んでくれや。ホームに設定可能な拠点間を移動すんのに大した手間かかんねーからな〗
【セイネ】
〖今は地上を楽しんで。地下に戻ってこられる時が来たら、一緒に世界樹10宮を踏破しましょ? わたしのことも遠慮なく呼んでね。でも予定が合わない時はごめんなさい……!〗
【アキラ】
〖はい! ありがとうございます、みなさん‼〗
ブン──
アキラはグループDMを表示していたウィンドウを閉じた。
いつも敬語で話しているアルとオルがいるので敬語で返したが、いつもはタメ語で話している網彦にまで敬語になってしまったのが妙な気分だ。
それはともかく、快く送りだしてもらえてほっとした。これで心置きなく旅立てるが、出ていくとなると寂しさも湧いてくる。アキラは心に刻むよう、部屋を見回した。
自分が現在の本拠に設定している、世界樹・第5宮ゲブラーの一角に築かれた樹上都市にある傭兵ギルド支部。大木の洞に作られた宿舎にある、自分が借りている個室。
部屋の形は、切ったバウムクーヘン型。
外側を残して内側が失われて円筒状になった大木の、まだ生きている幹が外壁。そこに内接する環状の空間をさらに円の直径に沿って分割して作られた、同型の部屋の1つ。
生木そのままでゴツゴツした外壁。切りだした木材そのままの板張りの内壁・床・天井。丸太のテーブルと椅子。藁を敷いたベッド……VRゴーグルに嗅覚情報を伝える機能はないので、木の匂いがするのはVR感覚か。
窓はなく、いくつも漂う蛍火のような 〔光の精〕 にぼんやり照らされた室内は、こういうのを幻想的と言うんだろうと思えるもので気にいっていた。
「お世話になりました」
アキラは一礼し、内壁に設けられた扉を開いて室外に出た。そこは環状に連なる部屋たちの内側にある、円形の広間。
他の部屋から出てくる、または部屋へ入っていく、さまざまな服装をした他のPCのアバターたち。その中から──
⦅アキラ! 待った?⦆
そう言って駆けよってくる天女のような格好をした赤髪の少女、レティの姿が脳裏に蘇る。本当なら、ここに本拠を移してから毎日そうして待ちあわせるはずだった。
だが実際にあったのは初めの1回だけ。その日 〔SW中は用事でログインできない〕 と言って別れた彼女は、SWが明けてもログインしてこなくなって以来、音信不通。
やっぱり、まだ、胸が痛む。
いつまでも、こんなことではいけないから。彼女との思い出がつまったこの地下世界をしばし離れると決めた。アキラは足を踏みだし広間の中央に向かった。
そこには六芒星を円で囲った魔法陣が描かれている。そして魔法陣の内と外との境目には半歩分ほどの隙間がある。それをまたいで、アキラは魔法陣の中に入った。
ブンッ
ポチッ
自動的に眼前に現れたウィンドウに表示された行先階ボタンの中から【屋上】をタッチ。するとボゥッと魔法陣の線が光りだし、周囲の景色が下に向かってスライドしだした。
それはつまり、アキラの乗っている魔法陣の描かれた円盤が上昇しているということ。この円盤は、ここの宿舎の昇降機だ。
円盤は下から物理的な柱などで支えられてはおらず、魔法で宙に浮いている。このゲブラー宮に真下のホド宮から昇った時に使った昇降機と同じ原理らしい。
ビュッ
同じ構造の各階の眺めが流れていき──視界がひらけ、円盤がとまった。屋上、この円筒状になった巨木の幹の上端にかぶせた蓋状の足場。周囲にこの樹上都市の他の木々の頂が見える。
屋上には1台の馬車が停まっている。
それを曳く馬は白く、背に翼がある。
有翼馬──本当にこんな姿の生物がいたとして、この翼では小さすぎて飛べないといった野暮な突っこみをアキラは好まない。魔法の実在するファンタジー世界、外見上の身体機能で足りない浮力は魔力で補っているのだろう。
だからペガサスが飛ぶのはいいが、それに馬車を曳かせても車体は地上でのように馬の後ろにはおられず、下に垂れさがってしまうのではと、これを初めて見た時には思った。
だが、これを考えた人は抜かりなかった。車体を支える4つの車輪が、昇降機のと同じ魔法陣の描かれた円盤になっている。これで支えて車体を宙でも水平に保つという仕組みだ。
「大枝までお願いします」
「かしこまりました。どうぞ車内へ」
馬車の御者台に座っているNPC、白い羽根のついた緑の帽子をかぶった金髪のエルフに行先を告げて料金を払い、アキラは彼の後ろの車体に乗りこんだ。
それは、この世界樹の第10宮マルクトの農場で採れた巨大カボチャをくりぬいて作られている。メルヘン好きなレティが気にいりそうなデザインだが、1人で乗るのはやや恥ずかしい。
「はいっ!」
ブワッ!
御者エルフが手綱を操ると、ペガサスが大きく翼を広げて羽ばたかせ──かぼちゃの馬車が、屋上から飛びたった。ガラス代わりに透明石膏が張られた窓の外で、樹上都市が眼下に遠ざかる。
「急いでください」
「お任せください」
巨木や巨岩が林立するこのゲブラー宮は上空からの眺めも絶景だが、今はそれを楽しむ時ではない。
アキラが時短モードを頼むと馬車は超加速して、宮の外皮である球殻に大地が接する場所に到着、そこにある馬車用の駅へと着地した。
「ありがとうございました」
「またのご利用をお待ちしております」
アキラは馬車から降りて、ゲブラー宮の巨大水晶の球殻──この地下世界全体を包む 〔天蓋〕 に対して 〔小天蓋〕 と呼ばれる──にうがたれた穴へと向かう。
船でも通れるくらいの大きなトンネル。この世界樹にやってきた時は飛空艇に乗って、ゲブラー宮の真下のホド宮の中へと、同様のトンネルをくぐって入った。
ここからは別の乗物を使う。
トンネルを出た先では、このゲブラー宮を支えている世界樹の枝がその幹へと続いている。その枝の上を走る巨大な栗鼠 〔ラタトスク〕 を。




