第45話 傷心
ロボット操縦VRMMO 〔クロスロード・メカヴァース〕 の舞台となる仮想世界の一部、架空の地球の内部にある 〔地下世界〕 に生える天地を貫く巨木──
世界樹。
その各部に計10個ある、空と大地を内包する透明の球殻 〔宮〕 の1つゲブラー宮の一角にある、丘の上の環状列石にて。
アキラはこのゲームで初めてできた友達であり、蒔絵という想い人がいながら恋心をいだてしまった相手──
なぜか急にログインしなくなってしまったレティとの別れを受けとめるべく、彼女を想って大いに泣いた。
やがて日が暮れたのでログアウト。
頭からVRゴーグルを外して現実世界に帰還。左右2つずつの操縦桿と足踏桿からなる、ロボットのコクピット状のVRコントローラー 〔ウィズリム〕 の席から立って、自室を出た。
まず洗面所へ。
顔を洗って涙を流したが、眼が充血していて泣いた跡は隠せそうもない。それはあきらめ、顔を拭いて居間へ──
パリーン!
「⁉ おか──」
「来ちゃダメ‼」
食器が割れたらしき音に反射的に駆けよろうとしたアキラは、母親の声に制止されて居間に入る直前に踏みとどまった。見ると、床に陶器の破片が散乱している。
踏んで怪我するところだった。
「母さん、お皿を落としちゃって。足もと危ないから、ね?」
『──宗谷海峡での観光船の沈没事故による』
「ありがとう。お母さんは大丈夫?」
『──自在 自由さん、妻の朱鳥さん、長女の緋羽さん』
「……ええ、大丈夫よ」
自分の位置からは死角になって見えない母の安否を気遣うと、リビングのつけっぱなしのテレビのせいで聞きとりづらかったが、どうやら無事なようでアキラは胸を撫でおろした。
同じく死角から父の声もする。
「片づけは父さんと母さんに任せなさい。終わったら呼ぶから、アキラはそれまで自分の部屋で待ってて」
「は~い」
¶
「「「いただきます」」」
しばらくしてアキラは呼ばれ、親子3人で夕食が始まった。
「本当に大丈夫?」
「大丈夫よ、心配しないで」
「どこも怪我してないだろ?」
「じゃなくて、2人ともなんか元気なさそうだから。お皿も、疲れてるせいで落としたんじゃって。違うならいいんだけど」
「「クロスロードのやりすぎじゃないから」」
2人とも目を逸らした。
アキラ──天王 翠の両親。
父、天王 星夜。
母、天王 美鳥。
息子にウィズリムとクロスロードをねだられてその存在を知るや、一緒に自分たちの分まで購入したロボ好きなこの夫婦、平日は小学校から帰ってから夕飯までのあいだしかログインしていない息子よりプレイ時間が長い。
アキラはこういう両親だから自分がロボットのパイロットを目指すことに反対されず、そのための費用も快く出してもらっている手前、あまり強く言えなかった。
「……体には気をつけてね」
「は~い」
「父さんたちのことより、アキラこそ元気がないんじゃないか、最近。学校でなにか嫌なことでもあったのかい?」
「えっと、その」
レティがログインしなくなってからの一週間、ずっと元気がなかったことも気づかれていた。ふれられなかったが、自分の眼が赤いことも、ふたりから見て明らかだろう。
両親に隠す理由もない。
アキラは正直に話した。
「実はクロスロードを始めてすぐに出会って、ずっと一緒に遊んでたプレイヤーが、急にログインしなくなっちゃったんだ。なんの説明もないまま」
「「あ~っ、なるほど……」」
ネットではそういうことは珍しくないとアキラの親友の地引 網彦も言っていたが、両親も心当たりがあるようだ。
「えっとね、心配でしょうけど」
「きっとなにか事情があったんだ。そして、それをアキラのせいだなんて考える必要は──」
「あ、うん。この話はもう網彦にもして、同じようなこと言われて納得したから。大丈夫だよ」
「「ガーン⁉」」
両親は自分たちの出る幕がなかったのがショックだったようで、アキラは 〔黙ってればよかった〕 と後悔した。
「待って。母さんにもチャンスを!」
「父さんにも! 今、考えるから!」
「う、うん」
「え~と……そう! その人とはずっと地下世界で遊んでたのよね? なら、その人との思い出が詰まった地下世界にいるのは、つらいんじゃないかしら。今は」
「あ~、確かに……」
レティと一緒に過ごした場所を見ると、彼女を思いだして悲しくなる。そういうことは何度もあった。
「なら、地上に来ない?」
「そうだね。こっちで父さん母さんと合流して一緒に遊ぼう」
「ん~」
地上とはクロスロードの世界において地球内部の 〔地下世界〕 と対になる地球外部に広がる 〔地上世界〕 のこと。
クロスロードに参戦している版権ロボット作品たちは 〔SF〕 か 〔ファンタジー〕 にジャンル分けされ、SFなら地上で、ファンタジーなら地下でその原作の地理が再現されている。
そしてプレイヤーはゲームを始める際、無償で獲得できる 〔初期機体〕 の出身作品が所属するほうの世界からスタートする。同日に始めた両親とアキラは、そこで二手に分かれた。
両親は、地上。
アキラは地下。
だが地上と地下は繋がっていて、行き来は簡単にできる。アキラもたまたま地下から始まったから、これまで地下にいただけで、いずれ地上も訪れるつもりだった。
今がその時、か?
母の言うとおりレティと行ったことのない地上なら、景色を見て彼女を思いだすこともない。地下に二度と戻らない、なんて気にはならないが、今は距離を置くのがいいかもしれない。
「うん、そうだね。そうするよ」
¶
【アキラ】
〖ということでして。よろしいでしょうか、アルさん〗
【アルフレート】
〖もちろんでござる! わざわざ声をかけていただき、かたじけない。拙者のことは気にせず、望む所へ赴いてくだされ!〗
翌日の土曜日。
アキラはログインして自分のフレンドたちと立てたグループDMで地上に行きたいと話し、エルフ侍のアルに許可を求めた。
現在はアルに剣を習うために彼と一緒にゲブラー宮・樹上都市の傭兵ギルドを本拠に設定しているため、黙ってどこかに行っては義理を欠くので。
幸い、アルは快諾してくれた。
アルもレティのことは心配していたし、彼女がいなくなって落ちこんでいる自分のことも心配してくれていた。本当にいい人に巡りあえたと、アキラは良縁に感謝した。




