第44話 失恋
男の子──天王 翠と。
女の子──駒切 蒔絵は。
幼馴染で、パートナー。
同じマンションに生まれ、物心つく前から一緒に過ごし、そして同じ幼稚園に入った春のある日。その4月から放送が始まった子供向けロボットアニメ 〔機神英雄伝アタル〕 を見て──
2人の物語は始まった。
「ぼく、おおきくなったらロボットのぱいろっとになる‼」「マキちゃんもいっしょになろ?」
「それよりじぶんでつくってみたい、このアニメみたいなロボット!」「ワタシがつくって、アキちゃんがうごかす! やくわりはべつでも、パートナー! ワタシたちは、ずっといっしょ!」
2人はすぐに行動を始めた。
アキちゃん──天王 翠ことアキラは 〔操る側〕 として、いつか有人操縦式人型ロボットが実現した時、そのパイロットになれる技術を身につけるため、ロボットアクションゲームや小型ロボット競技に打ちこんだ。
マキちゃん──駒切 蒔絵は 〔作る側〕 として、幼児用ロボットプログラミング教室に入り、有人操縦式人型ロボットを作るための勉強を始める。そこでIQ300の天才であることも判明した。
そして、その年度の冬。
2月14日のバレンタインデー。この時になってアキラは、その 〔女の子が好きな男の子にチョコレートをあげる日〕 の存在を知った。幼稚園でイベントがあったから。
イベント当日は先生たちから園児たち(男女問わず)にチョコが配られたし、女児から任意の男児へのチョコ渡しも行われた。アキラはそこで蒔絵からチョコをもらえると思っていたが……
もらえなかった。
ギャン泣きした。
「マキちゃんはボクのこときらいになっちゃったの⁉」
「はぁ⁉ たかがチョコでワタシの気持ちを疑うの⁉」
詰めよったら、逆に怒られた。
「作るにせよ買うにしろ手間かかんのよ、チョコって! そんなことでこの天才の時間を浪費させんな‼」
「うわぁぁぁん‼」
「だいたい気にいらないのよ、女から男にって! どっちからでもいいじゃない! 特にチョコもらえんの待つ男ども! 口あけて餌を待つ雛鳥か! 自分から動け‼」
「うぇぇぇぇん‼」
天才のため当時すでに扱う言葉が幼児離れしていた蒔絵の話は、天才ならぬただの幼児のアキラには難しかったが……
バレンタインに好きな人に贈り物をするのが基本的には女性からと決まっているのはおかしい、ということは理解できたし、共感したから。
アキラは料理を習いはじめた。
子供用の包丁を買ってもらい、子供にできる範囲で日々の料理の手伝いをしながら、両親から少しずつ学んだ。
そして翌年のバレンタインには、両親に手伝ってもらいながらも自らチョコを作って、蒔絵に贈った。
「マキちゃん、はい!」
「なにこれ、アンタが作ったの?」
「うん。てつだってもらったけど」
「ご苦労様。でもお返しは期待すんじゃないわよ」
「うん! てんさいのじかんは、とらない!」
「よろしい」
「えっとね、それでね」
「なに?」
「マキちゃん、だいすき」
「ワタシもよ、アキラ」
そう言いあうのは初めてではない。両想いなのは分かっている。その上で、まだ伝えていなかったことを、バレンタインという特別な日に伝えたかった。
それが──
「おとなになったら、ボクとけっこんしてください!」
「嫌」
ギャン泣きした。
前年よりもっと。
まさか断られるとは思っていなかった。
もう将来を誓いあった仲のはずなのに。
一緒にロボットを 〔操る側〕 と 〔作る側〕 になる。確かに、そこに恋愛や結婚の要素はない。だが人生を相手に捧げるのだ、互いに好きとも言っているし、婚約したも同然だと思っていた。
その日はそれを確かめるだけのつもりだったのに──
「うわぁぁぁん‼」
「うるさい! 泣くな! アンタはバカだから結婚の意味を分かってないのよ! 家事と育児はアンタがするとして、妊娠と出産はワタシがするしかないのよ⁉ それがどれだけ大変で、ワタシのパフォーマンスを落とすことか!」
そこまで考えもしなかった。
好きあってるなら結婚する。
アキラの認識はその程度だったから。
「この天才の頭脳をもってしてもアンタを乗せるロボットを発明できるかは、まだ確証がないの! だから寸暇を惜しんで勉強してるって何度も言ってるでしょ⁉ それ以外のことに、この天才の時間を使わせるな‼」
それから。
蒔絵は2人の関係を細かく定義し、アキラに言いきかせた。
2人は 〔蒔絵がロボットを作り、アキラがそれに乗る〕 と誓いあったパートナー。また愛しあってもいる。
それは絶対。
その目的の邪魔になるため、世間一般で愛しあう者同士がなるとされる恋人やら夫婦やらにはならない。そういう型にはめて互いを縛ることは禁止。
蒔絵の話はやはり難しくアキラはすぐには理解できなかったが、それからも蒔絵はなにかにつけて同じ話をしてくれたので、やがて理解した。
蒔絵はあの約束を最優先にしている。
アキラはそれが分かれば充分だった。
アキラはそれからも毎年バレンタインには蒔絵にチョコを作っているし、彼女の誕生日にはケーキを焼いている。それ以外でも、よくお菓子を作って贈っている。
愛の証として。
蒔絵からアキラへは、そういったことは一切ない。それでいい。未来で自分が乗るためのロボットという最高のプレゼントをくれるために日々がんばってくれているのだから。
蒔絵の言う 〔恋人じゃない〕〔つきあってない〕 というのは、いわゆる恋人らしいイベントごとで時間を取らせるなという意味だ。それに異存はない。
それでも好きあっているのだから、本質的には恋人だとアキラは解釈していた。他の人たちとは違うけど、自分たちはこういう関係でいい。
ただ……
結婚を断られたのは。
やっぱり悲しかった。
小学4年生になった今は蒔絵が結婚を拒んだわけも理解しているが。てっきりそうなるものと無邪気に信じていた、普通の幸せを築く未来が得られないのは、つらかった。
蒔絵も、それは悪いと思っているらしい。〔浮気してもいい〕 なんてことを言ってくるのは、そのためだろう。
だが当人がなんと言おうと、アキラは浮気なんてするつもりはなかった。他の人を好きになったりしない。そう思っていたのに、レティのことも好きになってしまった。
そしてレティにも失恋した。
これは、天罰なのだろうか。




