第30話 屠龍
『おのれ‼』
ガブッ‼
オルのまとう黄金龍衣アウルーラの斧に頭を強打された魔龍シーバンがお返しとばかり、その黄金の龍細工の胸もとに露出していたオルを噛みつぶした。
パァンッ!
オルは龍衣もろとも無数のポリゴンに砕けて消えた。もちろんプレイヤーは生きている。死んだのはそのアバターであるPCのみ、それも本拠に指定している場所ですぐ復活するが、今回の任務にはもう参加できない。
『『オルさん‼』』
「おふりとも、魔龍が!」
動揺したアキラとレティに、白銀龍衣アルジンツァンをまとうアルから注意を促す鋭い声。アキラは視線を魔龍に戻し──
『『げ』』
魔龍は立ちあがっていた。
今まで4本脚で這っていたのが、後脚2本だけで直立している──龍衣の背面の龍細工と同じように。
上背は15メートルほど。
周囲に生えた巨大クリスタルと同じくらい。そして全高5メートル前後である、こちらの機神や龍衣の3倍──押しつぶされるような威圧感。
(にしても頭いいな!)
アキラは魔龍を動かすAIの賢さを呪った。
急所の脳や心臓がある所に有効打が入れば、他の所に当てるより急激にHPを削れる。だがオルの斧を急所に受けても魔龍はさすがに一撃では死なず、対策を打ってきた。
頭も胸もあんな高い所にあっては、こちらの近接武器は届かない。斧を持ったオルはもういないが、こちらにまだ有効打になる攻撃手段があることを警戒したのだろう。
『レティ!』
『任せて!』
アキラの声に応え、レティの乗る翡王丸が前に出た。そしてアキラの乗る翠王丸、白銀龍衣を着たアルは、翡王丸のすぐ後ろに控える。
『オルさんの敵! 来なさいッ!』
『愚か者ども、こうしてくれる!』
レティに挑発された魔龍が右の前脚──もう右腕でいいか──を振りあげたのを見て、アキラは網彦が魔神ドラグネットで合体黒巾力士を叩きつぶした時のことを思いだした。
魔龍のあの大きな手が叩きつけられたら、こちらは一度に複数が巻きこまれかねない。3体で1ヶ所に密集しているから──
『死ね!』
『必殺!』
バチィィンッ‼
『グォァァァッ⁉』
魔龍が絶叫し、こちらに振りおろした右腕を引っこめた。そのそばに表示されたHPバーが一気に減ってゼロになり、右腕が力なく垂れる──これでもう、あの腕は使えない。
魔龍の四肢のHPは本体とは独立していたようで、片腕をやられても魔龍の命に別状はなさそうだが、攻撃手段を1つ封じたのは大きい。
『やーい、引っかかった!』
得意げに笑ったレティの乗る翡王丸は、両手に握った剣を真上に突きあげた姿勢で立っていた。その剣から赤い輝き──武器付属スキル 〔屠龍剣〕 の効果が消える。
アキラと同じくアバター操作が未熟なレティは、アルのように魔龍の攻撃をよけることはできない。だが剣を構えて待ちうけるだけならできる。
普通はそれで受けとめるなど不可能。
だが、それにふれるだけでも大ダメージを与え、かつ相手が竜属性モンスターなら防御力を無視する 〔竜特効〕 を持つ屠龍剣の発動中なら話は別。
レティが 〔必殺〕 と音声入力して屠龍剣を発動させた剣に魔龍は自ら右腕を叩きつけ、そのHPを全損させてしまったのだ。
『おのれ!』
ゴォッ‼
魔龍が口を開き、喉の奥から炎の吐息を吹きつけてきた。高い位置から放たれた炎は降りてくるまでに広がって──こちらの3体ともを飲みこんだ。
¶
ここへの道中の緊急作戦会議で。
第1手はアルの刀が魔龍に通じるか試し、通じなかった時の第2手はオルの斧を試すことは、アルとオルの立候補で決まった。
そしてオルの斧も通じなかった時はレティが攻撃を引きうけ屠龍剣で迎撃する、という第3手はアキラの考えた作戦だったが、その提案にオルは難色を示した。
「おいおい、女の子を盾にすんのか?」
「男も女も関係ないですよ」
「自分でやりゃいいだろ。屠龍剣はオメーも使えんだから」
「はい、EN消費が激しいので1発だけ。でもレティなら上手くいけば2発 撃てます。それは──」
「アタシが説明する! アキラの考えてること分かっちゃった。さすがアキラね、アタルに詳しくて頭いい‼」
¶
『なんだと⁉』
アキラたちを襲った炎は急激にある一点──レティの翡王丸へと吸いこまれ、消滅した。その翡王丸はもちろん、アキラの翠王丸も、白銀龍衣のアルも、無傷。
翡王丸は炎属性の攻撃を吸収して自身のENに変えられる。原作の機神英雄伝アタルで描写されたその能力が、このゲームでも再現されていることをアキラは知っていた。
『満腹!』
翡王丸からEN全快の報告。
これで再び屠龍剣が使える。
『行こう、レティ!』
『ええ! アキラ!』
今度は翠王丸も翡王丸と並んで前に出て、2体で同時に走りだした。ここからは合体龍牙兵の時と同じだ。片方の屠龍剣で片脚をつぶし、倒れた魔龍の急所にもう片方の屠龍剣を叩きこむ!
『させぬわ!』
『ッ、必殺!』
魔龍が体を反転させ振りまわしてきた尻尾が翡王丸に迫り、レティは再び屠龍剣を発動させた剣でそれを受けとめた。
魔龍の尻尾のHPバーが一気にゼロへ──だが、尻尾も本体とはHPが別だった。魔龍はもう炎を吐いて翡王丸のENを回復させる愚は犯さないだろう。
残る屠龍剣は翠王丸の1発のみ。魔龍を倒す手が足りなくなった。それでも魔龍の片脚をつぶす手は有効なはず。アキラは不安ながらも、それを実行した。
『必殺! 屠龍剣‼』
ズバァッ‼
青き輝きをまとった翠王丸の剣を魔龍の左脚へ叩きつけると、そこのHPも一気にゼロに。左脚も機能停止し、右脚だけでは体を支えきれず、魔龍の体がぐらりと傾く──
(で、ここからどうする!)
「お腹側! 柔らかい‼」
レティは尻尾を斬った時、そう気づいたらしい。確かに魔龍が伏せている時は地面に接する腹側には、アルの刀を防いだ鱗が生えていなかった。
「承知‼」
魔龍の倒れる方向へと回りこんだアルが白銀龍衣の巨刀を突きあげ、その腹側の──心臓がある胸へと──刺す‼
グギャーッ‼
魔龍は絶叫し、激しく体をくねらせ、のたうった。その本体の膨大なHPバーが急速に減っていくにつれ、やがて叫びも動きも弱々しくなっていき……0になった時、とまった。
パァン!
無数のポリゴンに砕けて。
魔龍シーバンは消滅した。




