第29話 切味
「翠王丸ーッ‼」
「翡王丸ーッ‼」
アキラとレティがそれぞれ掲げた神剣が閃光となって天に昇り、輝く巨大カワセミとなって舞いもどる。そして全高5メートル足らず、3頭身の人型ロボットに変化。
同型のそれらは──
アキラの青き機神・翠王丸。
レティの赤き機神・翡王丸。
両機は頭部ハッチを開き、そこへ不思議な力で主を吸いよせ、飲みこむ。すると主たち、アキラとレティは己が機神の機内亜空間に出現して操縦席につく。
こうしてアキラとレティが機神英雄伝アタルの登場メカ 〔機神〕 に乗りこむ一方で、エルフ侍のアルとドワーフ鍛冶師のオルは覇道大陸ドラゴナイトの登場メカを召喚していた。
「「襲着‼」」
2人がそれぞれ大きな赤い宝石を握りしめながら叫ぶと、それらから爆発的な赤光があふれだし──その光が、まるで飴細工のように両者の体にまとわりついていく。
まるで甲冑になるように。
だが、それだけではない。
両者の背中に回った光がそこからさらに上下に伸び、枝分かれして、全高5メートル余りある人型──いや、長い尻尾があり後脚で直立する龍の形を成す。
カッ──!
そして光が弾けて消えると、飴細工のようだったものは冷たく滑らかな金属へと変化した。両者の体を覆う甲冑と、その背中から生えた直立する龍の形の──機械細工。
これこそ覇道大陸ドラゴナイトの世界において、人に馴れぬ龍の力を人が御そうと夢見た錬金術師たちの執念の結晶。その力を託された 〔龍騎士〕 たちの武具。
〔龍衣〕
龍の脳から採れる赤い宝石 〔礲碯〕 を原料に、そこに秘められた魔力を任意の形状で物質化させる術式を組みこんだもの。
物質化した龍衣は、操縦者を包む甲冑と、その背中から生えた龍細工とから成り、両者は連動して同じ姿勢を取る──つまり、操縦者と同じ動きをするパワードスーツ。
このゲームに登場する巨大メカでは珍しく、操縦者が内部に乗りこむ 〔搭乗型〕 ではなく、操縦者の体が機外に露出した 〔装着型〕 のロボット。
「白銀龍衣アルジンツァン‼」
「黄金龍衣アウルーラ‼」
銀髪のアルの機体は銀色。
金髪のオルの機体は金色。
今や甲冑を着た2人の龍騎士は足が地面から離れ、直立する4メートルの龍細工の胸部に吊られる格好になっている。その内、アルのほうが膝を腹に近づけるように両脚をぐっと曲げ──
「参る‼」
その姿勢に同期して腰を落としていた白銀の龍細工もろとも、放たれた矢のごとく──前方で伏した状態から体を起こそうとしている魔龍シーバン目がけて飛びだした。
白銀龍衣の龍細工はその4メートルの身の丈に合った巨大な刀を握っている。装着者のアルが生身で使用している日本刀と拵えは異なるが、形状はよく似ている。
「御免‼」
アルの気合いの声とともに、その刃が魔龍の脳天へと稲妻のように振りおろされた。アルの古流剣術を活かしたアバター操作は龍衣になっても健在で、その早業に魔龍は反応できていない!
カイーン‼
だが巨刀は、魔龍の体表面をびっしり覆う赤い鱗にとめられてしまい、内部まで斬りこむことができなかった。
これによって、パーティー4人の中で最強のアルの力が、魔龍には通じないことが証明された。
¶
「アルさんの刀とアタシの剣、スペック上の攻撃力は変わんないのに、アルさんのほうだけ木を斬れたのって、結局どういう仕組みだったんですか?」
森で合体龍牙兵を倒したあと。
坑道に入るまで敵に襲われずに暇だった道中、レティはアルにそうたずねた。アキラは 〔使い手の腕がいいほど切味も上がるだけでは〕 と思ったが──アルの答えは違った。
「〔速さ〕 でござるよ」
「速さ?」
「詳しく話すと難しくなってしまうのでござるが、ごく単純化して申せば、刃物とは同じものでも速く動かすほど切味が増すものなのでござる」
「じゃあ、アルさんが木を斬れたのは動きが素早かったからで、アタシたちが斬れずに剣を折っちゃったのは遅かったから?」
「左様。あの時のおふたりの剣もその速度の分だけ切味は上がっておった。ただ太い木を切断するには足りず途中でとまってしまい、そこで剣にこめた力が剣自身を痛めてしまったのでござる」
「なるほどー」
もしアルの答えがアキラの予想どおり 〔腕がいいから〕 だったら質問者のレティは不満を覚えたかもしれない。
そうではなく、腕がいいことで変化する条件のなにが切味に関与するのかの原理を、分かりやすく噛みくだいて答えてくれた。
なんていい人だ。
「ただし。どんなに速度を増して切味を上げようと、斬れぬものは斬れぬ。これもまた刃物の必定なのでござる」
「龍牙兵が合体したらアルさんでも斬れなくなったこと?」
「トホホ……そのとおり。〔切れる〕 という現象は刃が対象の組織に分けいることで起こるもの。そのためには刃の硬度が対象よりも高いことが絶対条件なのでござるよ」
「合体したら刀より硬くなっちゃったんだ」
「あれには参ったでござる……合体したとはいえ魔龍の手先ごとき斬れぬとあっては、魔龍のことも斬れるかどうか……まぁ、試してみねば分からぬでござるが」
¶
『許さぬ!』
「おっと!」
ゴォッ‼
アルの打ちこみを額の鱗で受けとめた魔龍シーバンが、ぐわっと口を開いて炎を吐いた。しかしアルはその動きを読んだらしく、至近距離にもかかわらず余裕を持って回避した。
そして大きく後ろに跳びのき、仲間たちのもとへ帰還する。
「やはりダメでござった!」
『『了解です!』』
「お疲れさん!」
パーティーに動揺はない。今のはアルの刀で斬れるか試しただけ、斬れない可能性を覚悟していた一行は、打ちあわせていたとおりに次の作戦に移った。
「んじゃ、次はオレだ!」
今度はオルが黄金龍衣で魔龍へと駆けだした。その金色の龍細工は両手で、オルが生身で使用する武器と同じく、巨大な斧を握っている。
ダッダッダッ!
「おぅりゃぁッ‼」
地面の一蹴りで一瞬で距離を詰めた先ほどの白銀龍衣よりだいぶ遅い足並みながら、黄金龍衣もやはり突進して、その斧を魔龍の脳天へと振りおろす!
ガイーン‼
『グアァッ‼』
オルの斧も魔龍の鱗を斬れなかったのはアルの刀と同じだった。だが刀よりも重い斧による一撃は、斬れずとも衝撃によって魔龍にダメージを与えていた。




