第25話 無双
日本語では 〔竜牙兵〕、英語では 〔ドラゴントゥース・ウォーリア〕 と呼ばれる、ドラゴンの牙に魔法をかけて作られる動く人骨の兵士は、ファンタジー作品では馴染みのモンスターだ。
漫画原作ロボットアニメ 〔覇道大陸ドラゴナイト〕 に登場するそれも、他の作品に登場するものと変わらない……ただ一点、〔竜牙兵〕 ではなく 〔龍牙兵〕 と書くことを除けば。
〔竜〕 と 〔龍〕 は同じもの。
それらは同じ漢字の異体字。
どちらの形であっても、その本来の意味は東洋の 〔りゅう〕──蛇の上位種とでもいうべき空想上の動物。そして、それは西洋での類似した概念である 〔ドラゴン〕 の訳語にも使われる。
なので 〔東洋のりゅう〕 を 〔ドラゴン〕と呼ぶのも、〔西洋のドラゴン〕 を 〔竜〕 や 〔龍〕 と記すのも、間違いではない。
だが日本のファンタジー作品においては 〔竜〕 と書けば 〔西洋のドラゴン〕、〔龍〕 と書けば 〔東洋のりゅう〕 を表す──という慣例がある。
絶対的な決まりではない。
例外などいくらでもある。
覇道大陸ドラゴナイトもその一例で 〔竜〕 の字は使われず、〔龍〕 の字が表すのは一貫して 〔西洋のドラゴン〕 のこと。
原作者のこだわりだそうだ。
そういうわけで今回アキラたちが退治を依頼された、ドラゴナイトからの参戦モンスター 〔魔龍シーバン〕 も、蛇より蜥蜴に近いガッシリした体を持つ西洋風のドラゴンだった。
ここでいう 〔魔龍〕 とは 〔魔法を使う龍〕 の意味で、シーバンは自らの抜けた牙──サメの歯のように何度でも生えかわる──に自ら魔法をかけて 〔龍牙兵〕 を生みだせる。
そして今、その龍牙兵の軍勢にアキラたち4人は森の中で行く手をさえぎられた。狭い道を埋めつくした隊列が、速くはないが一歩一歩、規則正しく威圧的に行進して近づいてくる。
ザッ ザッ ザッ──
後ろのほうが見えないので総数は分からないが、最前列だけでもこちらの4名より多い。多勢に無勢。それを見た仲間の1人、レティが腰の鞘から神剣・翡王丸を抜いた。
「こんな奴ら、機神で踏みつぶしてやるわ!」
龍牙兵らの身長は170センチメートルほどか。アルが180センチ、アキラとレティが120センチ、オルが90センチ……こちらのアル以外の3人より大きいが、しょせんは人間サイズ。
レティの機神・翡王丸と、アキラの機神・翠王丸は頭頂高475センチ。敵ではない。向こうと同じ人間サイズのまま戦ってやる義理なんてない。
「ひお──」
「お待ちを」
が、神剣を掲げて機神を召喚しようとしたレティを、アルがとどめた。それを見てアキラも、レティに続こうと背中の鞘から神剣・翠王丸を抜こうとしていた姿勢のまま固まる。
「ここは拙者が」
「はいっ⁉」
「元より拙者の力をご披露するのが目的でござろう?」
「でも、あの数に」
「嬢ちゃん。このあと天井の低い坑道にもぐるんだ。ここでメカに乗っても、そこでいったん降りなきゃなんねぇ。ここで召喚して、ボス戦でまた召喚するMPはあるか?」
「ない、ですけど」
「アルなら心配ねぇ。任せときな」
「……分かりました」
ザッ ザッ ザッ──
オルにも言われ、レティが引きさがる。そうこう話している内に龍牙兵たちはかなり近づいてきていた。それらに対峙しながら腰の大刀の鞘を左手で掴んだアルの背中に、アキラは叫んだ。
「アルさん、お気をつけて!」
「承知! オルはおふたりを!」
「おう!」
「エルフ侍アルフレート、参る!」
消えた。
アキラが一瞬そう勘違いするほどのスピードで、アルの体は龍牙兵の隊列へと駆けていった──そう思った時にはもう、1体の龍牙兵が斬りふせられていた。
木を斬った時と同じ抜刀術。
右手で大刀を鞘から抜きざまに放った片手打ちで龍牙兵のむきだしの背骨を両断。その次の瞬間には左手でも大刀の柄を掴んで両手持ちになり、隣の龍牙兵を斬っていた。
カキーン!
ズバァッ!
大刀を背中まで振りかぶるや、背後から斬りかかってきた龍牙兵の剣を受け、振りむきざまにその頭骨を割る──
や、その場でくるりと一回転しながら横薙ぎに振るった一刀で、四方から同時に襲ってきた4体の背骨を一度に断った。
そして、そして、そして──
(と、とまらない⁉)
アルは次から次へと片時もとまることなく動きつづけ、その刃をひらめかせる度に確実に1体、時に複数の敵を倒していく。
(ワケが分からない)
アルが木を斬った時も分からなかったが、もっと分からなくなった。そもそも、はじめに駆けだした時も、今の刀を振るう動作も、なぜあんなに速く動けるのか理解できない。
性能は自分と同じはずなのに。
このゲームはレベル制ではない。PCは敵を倒すと得られる経験値が溜まるとレベルアップし、筋力や速力といった各性能が上昇する、という仕組みになっていない。
PCの各性能は 〔どれか高くする代わり他を低くする〕 という調整はできるが、どれも極端な数値にはならない。そして、その総合的な性能は全てのPCが等しい。
プレイヤーが初心者だろうと熟練者だろうと、PCの性能は変わらないのだ。なのにアルは自分には絶対に出せない速さでアバターを動かしている。
不正?
いや、アキラにはアルがそんな人間とは思えなかった。
つまり、これが、剣術。
アルの修得した、武術。
プレイヤーにそうした技術があれば、ウィズリムで操作するアバターとはここまで速く動かせるものなのか。その理屈はアキラの理解を超えていた。
アキラに分かるのは、龍牙兵の強さだ。
自分とレティがこれまで戦ってきたNPCには全て初心者向けの戦闘プログラムが組まれていて、その動きは緩慢、攻撃は消極的で、合理的な戦術なども取らなかった。
目の前の龍牙兵は違う。
熟練者向けなのだろう。
動きは機敏、攻撃は積極的、アルの死角に回りこんだり仲間と連携したりと戦術もしっかりしている……それを相手にしても圧倒する強さがアルにはある。間接的に、そう理解するしかない。
「アルさん、すごい……」
隣からレティの呆けたような声がした。
アキラの脳裏に武器屋でのオルの言葉が蘇った。
⦅動かねぇ木なんぞ斬るから伝わらねーんだ。オメーが動く敵相手に無双するとこ見りゃ、坊主も嬢ちゃんもオメーの強さが分かんだろーよ⦆
まさに、そうなった。




