第156話 中堅③
小回りの利く自力飛行より、小回りの利かない他力飛行のほうが、障害物に激突する危険は高くなる。だから自力飛行しているオルジフは当初、障害物である橋の上から動こうとしなかった。
他力飛行している対戦相手、クライム機を橋の上で待ちうけて自分に有利な条件で闘おうと。だが、その姿勢を実況のオトヒメと観客たちに非難されたため、橋から離れて開けた空間にいるクライム機へと攻めこんでいった──
が。
オルジフは 〔障害物を利用してクライム機の動きを鈍らせて仕留める〕 作戦を、あきらめたわけではなかった。
広い空間の中央にいるクライム機へ連続突撃を仕掛けながら、それを防いだ反動で相手の位置がズレるのを利用して、少しずつ障害物のそばまで誘導していたのだ。
「オラァッ‼」
『くっ……!』
カァンッ‼
もう何度目かという突撃から振るわれたオルジフの斧をクライム機は今度も棒で防ぐが、その反動で橋のほうへと流される。
クライムとしては、受ければ相手の思惑どおりに追いこまれると分かっていても、受けなければその一撃でやられてしまうので、受けないわけにはいかない。
『クライム選手、あとがなーいッ!』
『いいぞーッ、オルジフ!』
『ああッ、クライム……!』
司会・実況のオトヒメや、観客席で見守るオルジフの仲間の空中格闘研究会の面々、クライムの仲間の空中騎馬戦同好会の面々、その他の観客たちも手に汗を握る……そして。
ガンッ‼
とうとう、その時が来た。
見守る誰もが息を飲んだ。
オルジフの攻撃に弾かれて、クライム機が橋の1つへと急速に接近していく。橋の側面への、激突コース。仮に激突を免れたとしても、回避運動のために大きく体勢を崩すだろう。
その隙を突くべく、オルジフは追撃に出た。
黄金龍衣・アウルーラ、その黄金の甲冑をまとったオルジフの背中から生えた龍細工が、背中の翼を羽ばたかせてクライム機へと迫る。
クライム機が橋に激突するか、橋をよけるかして動きが鈍ったら、すかさず即座に龍細工の握る斧を叩きこめるようにと──
ガァン‼
激しい音を立てて、乗っている飛行円盤ごとクライム機が跳ねあがる。それは橋に激突して弾かれたからでは、なかった。
橋と接触して音を立てたのは、クライム機が手にした棒だった。激突する直前、クライム機は棒を橋へと突きだした。
そして橋の側面にある凹凸に棒の先端を引っかけ、そこを支点に力をかけて、棒高跳びのように機体を倒立させつつ持ちあげたのだ。
「なッ⁉」
それはオルジフから見て、斧の間合いから対象が急にいなくなり、手が出せなくなったことを意味した。
クライム機が橋をよけようとしたなら、その緩やかな動きに合わせて攻撃する予定だったが、棒を使った上昇は想定を超えて急激に行われたため、反応が追いつかなかった。
そして橋の側面にぶつかりそうなクライム機に向かって突撃していたオルジフは、クライム機がそこからどいたことで今度は自分が橋にぶつかりそうになる。
「チィッ‼」
ダァン‼
そうなる前に、オルジフのまとう龍細工が空中で身をひるがえし、その両足で橋の側面に着地する。その脚力で衝撃を吸収し、どうしても一瞬だけ動きがとまる。
これまでの、障害物を足場としての連続突撃でもくりかえしてきた動作。なんの問題もなかった、これまでは。それをする時、対戦相手は離れた場所にいたから……だが、今は。
『おおッ‼』
ブンッ‼
オルジフのすぐ上にいるクライム機が重力に引かれて落ちる。しかも手にした棒で橋に力をかけて姿勢を制御し、倒立していたのが元に戻るように回転しながら。
「うおおおおおッ⁉」
ガシャァァァン‼
クライム機の足もとに張りついている飛行円盤が回転の遠心力を乗せて勢いよく、オルジフを直撃した。
そしてオルジフは吹っ飛ばされるのではなく、飛行円盤と橋の側面に挟まれて、全ての衝撃をその身に受ける。
オルジフのメカが、クライム機のSVのように搭乗式、使用者が機内に収まるタイプであれば、それだけでどうにかなったりはしなかったかもしれない。
だが。
オルジフのメカ、龍衣は装着型。メカ本体といえる龍細工の胸もとに、使用者であるオルジフは露出している。本体の防御力は使用者には適用されず、オルジフ自身はその体を覆う甲冑の分の防御力しかない。
ひとたまりもなかった。
オルジフは、死亡した。
『しっ、試合終了ォーッ! クライム選手の勝利じゃーッ‼』
金槌と金床。
最後の一撃はちょうど、クライム機と飛行円盤が1本の金槌となり、橋を金床に見立て、そこに置かれた金物を叩いて鍛える、鍛冶仕事の動作に似ていた。
普段からドワーフの鍛冶師の役割演技をし、また中の人は本職の鍛冶師であるオルジフにとって、自身が金物となって叩かれるような、皮肉な結末となった。
¶
「ぐあーッ! あと少しだったのに‼」
「うおーッ! クライムよくやった‼」
悲喜こもごもな観客席の声をよそに、専用空間から試合場に帰ってきた選手2名は互いに歩みより、手の届く距離でとまった。
すると小人を再現するため短身のオルジフのアバターと長身のクライムのアバターではかなりの身長差となり、どちらも相手の顔を見ると首の角度が苦しくなる。
クライムが相手に合わせて腰をかがめ膝をついたところで、オルジフのほうから口を開いた。
「最後の動きだが」
「はい」
「ぶっつけ本番とは思えねぇ滑らかさだったな」
「ええ、練習の成果です」
「なら、オメーは小回りの利かない騎乗物に乗ってても、棒を使って障害物のそばでも器用に立ちまわれるってこった。なのに、最初は障害物に近づくのを嫌がる素振りを見せた。あれは──」
「演技です」
‼ オォーッ ‼
観客席から驚きの声が上がる。
「じゃあ 〔いつのまにか、こんな橋の近くに〕 てのも」
「演技です。あなたの油断を誘うための」
「かーッ! まんまと騙されたぜ! 罠にハメたつもりが、逆にハメられてたとはな……参った! オレの、完敗だ‼」
「ですが連続突撃をしのぎきれるかは、紙一重でした。一歩間違えば勝敗は逆になっていたでしょう」
「そう言ってもらえりゃ面目も立つか。ありがとよ」
ガシッ‼
2人は固く握手を交わし、観客席からはそんな2人を称える拍手と歓声が沸きあがった。