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江戸からの手紙

作者: 紫村 咲

 


 昔々、とある田舎にある、そこそこな大きさのお屋敷に人の良さそうな殿様が居りました。


和久(かずひさ)〜、和久や〜」


 殿様はどうやら家来を探しているようです。


「はいはーい、なんすか殿」


 家来は、家来らしからぬ軽い様子で返事をしました。


「これを見てくれ!」


 そんな家来の様子を全く気にもとめない殿様が誇らしげに掲げたのは、墨と朱墨(しゅずみ)をところ狭しと自由に塗りたくった『ちり紙』でした。

 何を書いているやら、さっぱりです。


 ちり紙を眉をひそめながら凝視していた家来は理解するのを諦めました。


「なんすかコレ」

豊丸(とよまる)小次郎(こじろう)が初めて書いた手習いじゃ、さっき江戸から届いたのだ!」

「若様方からですか。それは()うございますね」


 手習い、ということは文字を書く練習をしていたのでしょう。しかしながら、家来がちり紙を改めて見ても文字の原型が無さすぎました。


「……して、若様方は何を書かれたので?」

「豊丸も小次郎もまだ小さいからのぅ。

 ともについてきた手紙によれば、とりあえず筆に慣れるところから始めたらいつの間にか

『墨の豊丸と、朱墨の小次郎。(とお)数える間に、どちらがより多くちり紙に筆を運べるか』

 という陣取り合戦のような遊びになったらしいの」

「江戸の世にイカしたゲームやってんな!」


 家来は驚き、今日イチで声を荒げました。そしてちり紙に描かれた筆跡(ふであと)の自由さに大いに納得しました。


 "げぇむ"という単語に聞き覚えのあった殿様は家来に尋ねます。


神世国(かみよのくに)にも似たような遊びがあるのかの?」

「ありますあります。大人気ですよ。同じような遊びを思いつくなんて若様方は凄いですねぇ」

「フフーン、ワシの息子たちだからのう!」


 我が子が褒められたので、殿様はドヤ顔をキメました。

 しかし、その顔もすぐに(しぼ)んでゆきます。


「……豊丸と小次郎が遊んでいる様を、紗夜(さよ)とともに見たかったのぅ……」

「あー……、そりゃ色々難しいすね」


 殿様は曲がりなりにも大名なので『大名の伴侶と嫡男は江戸で過ごす事』という決まりを守らねばなりません。

 江戸は、殿様の領地からそれなりに離れた場所にありました。


「以前に言っていた"すまほ"とやらを使えば可能なのじゃろ?」

「まぁ可能ですけど。『スマホ作ってほしいのー』は絶っ対無理です」

「…………お前が語る神世国の話は面白いだけだの」

「面白けりゃ十分でしょうよ」


 暗に役立たずと言われた気がして、家来は少しだけムッとしました。が、殿様が奥方様や若様方を恋しがってるだけだと思い、流すことにしました。


 気落ちした殿様の心が少しでも和らぐようにと、家来は慰めの言葉をあれこれ考えます。


「……神世国は色々便利なものが多いので、直筆の手紙を受け取る機会は逆に貴重でした。

 ――筆の運び方や墨の(かす)れ具合、紙が破れそうになっているところや紙の歪み、乾いた墨の匂い。

 そういうものは手紙でしか味わえないものなので、それらを楽しんでみるのはどうでしょうか」


 そして、殿様が持っている自由過ぎる手紙の筆跡の、とある部分を指差しました。


「ほら。ここの力強い筆運びなど、これを描いているときの若様方が目を輝かせている様が想像できるようではないですか」


 家来が指差した部分を殿様はじっと眺めます。

 大きく、そして勢いよく弧を描いた墨や朱墨の交わる筆跡は、まるで2匹の龍が仲良くじゃれ合っているようで実にのびのびとしていました。


「……(はよ)う逢いたいの」


 微笑みながら、慈しみながら。


 我が子からの手紙を見つめる殿様は、しみじみと小さく言葉をもらしました。



「……江戸への参勤(さんきん)は春の頃にするものなので早めるなどは無理ですが。参勤が恙無(つつがな)く進むよう、少し早いですが根回しを始めましょうか」

「本当か!」


 家来の提案に、わかりやすく気持ちが上向きになった殿様でした。家来はニヤリと笑います。


「殿が、奥方様や若様方が好きすぎるので根回しを早めているのだと触れまわりますのでお覚悟を」

「構わんぞ。ワシは紗夜と豊丸と小次郎に"めろめろ"じゃからのう!」

「そういう言葉はすぐ覚える……。殿も早めにお仕事を終わらせておいてくださいね」

「任せておけ!」


 殿様は下手な"すきっぷ"で書庫の方へと駆けてゆきました。

 目に見えて元気になった殿様に安堵しつつ見送りながら、家来は小さく小さく呟きます。


「……ウチの蔵にあったよく分からん水墨画みたいなの。若様方が描いたものだったのか……」



 未来からタイムスリップ中の家来の呟きを聞く者は、誰も居りませんでした。




 最後までお読みいただき誠にありがとうございます。


「ウチの蔵からタイムスリップしたけど暫定ご先祖様が滅亡しそう」みたいな話(タイトル今考えた)の閑話か後日談のイメージで書きました。

 お楽しみいただけたのなら幸いです。



 以下、キャラ紹介など。



和久(家来)

 未来人。未来を知ってる事は伏せたほうがいいかと、そこだけ色々誤魔化してたら殿様には神世国(神の世界)から落ちてきた人と認識された。まぁそれで良いかと思ってる。


殿様

 本当に裏表のない良い人。なので何回か滅亡しかけた。その際、和久には色々助けられたので家来というより戦友のように思ってる。

 ちなみに歴史上の人物をモデルにしたわけではなく、オリジナルな大名様です。


紗夜

 殿様溺愛の奥さん。いつもにこにこしているが怒るととても怖い。


豊丸&小次郎

 殿様自慢の子供たち。後日、子供部屋を墨と朱墨まみれにして紗夜からしこたま怒られた。


イカしたゲーム

 某ス○ラ。(作者が)やってみたい。



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― 新着の感想 ―
[良い点] 秋の企画から拝読させていただきました。 とても楽しい作品でした。 やはりゆるゆるな作品はほっこりして良いのです。
[良い点] 面白かったです。 書道は最初から作法をうるさく言われるより、自由な落書きをたくさんやった方が上達するようですね。 若様達は立派に成長してくれそうです。 [一言] 現代のお年寄りには日本人の…
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