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第16話 十字星

「殿下、この度は誠に申し訳ございません!」

 ハインリヒ・フォン・シュタール侯爵令息は、跪いて謝罪の言葉を述べる。

「──良い。公爵の孫が、闇魔法のスキル適性が出たのはそもそも予定に無かったことだし、増してその者が精霊の加護を得て、暗黒神の大神殿を破壊するなど誰が予想できるものか」

 ハインリヒの前でソファーに座した金髪の美少年が、鷹揚に答える。が、その爪先は早いリズムで床を叩いているのを、ハインリヒは見逃さなかった。

「この失態は、今度開かれるヴィルマーの御披露目会で埋め合わせる所存──」

「良いと言っただろう。顔を上げろ」

 そう返って来るのに加え、爪先が止まっているのを確認して、ハインリヒはようやく頭を上げる。

「それよりも早急に対応すべき問題があるだろう?」

 少年──ブロッケン王国の王太子コンラート・フォン・リヒトシュトラーセは言いながら室内を見回す。

「と、申しますと?」

 ハインリヒより若干上背には劣るが、その分胸板の厚いがっしりした体格の少年──ゲオルク・フォン・グデーリアン伯爵令息が問い返すと、

「エリーザの事だよ。彼女との結婚のために、邪魔なアレを早急に排除しなければならない」

「成程、確かにそれは重要な問題ですな」

 コンラートの答えに、線の細い眼鏡を掛けた少年──ヨーナス・フォン・クラウゼヴィッツ侯爵令息が大仰に返す。

「そうだろう、そうだろう」

 コンラートは頷く。

「『邪魔なアレ』というのはジュリア公女の事ですか? 彼女は正式なコンラート殿下の婚約者ではありませんか」

 細目の少年──パウル・フォン・オーレンドルフ伯爵令息が問うと、コンラートは形良く整えられた眉をひそめる。

「あれは外務閥の奴らがゴリ押ししただけだ。私はあんな女を婚約者だと思った事は一度も無い」

「その通り。あの女はブリタニア王国の国内の社交界では必須とされる魔法の才が無く、そのくせ血筋だけは良いから持て余されて、我が国に体良く押し付けられたのだ。聖教会が公認した『聖女』であるエリーザ様とは比べる事さえおこがましい」

 コンラートが不快げに答えると、ヨーナスが続けて言う。

「これは差し出がましい事を申しました」

 パウルが膝を突いて詫びるが、コンラートの表情は直らない。

「ヨーナス、確かにお前が言う事も事実だが、最も肝心な事を理解してない」

「と、申しますと? 至らぬ我らにも分かるように、お教え頂けますでしょうか?」

 一同を代表するようにハインリヒが問うと、コンラートは「やれやれ」と言いながらも、口の端を微かに上げる。

「良いかな? エリーザの金色の髪に青い瞳、透けるような白い肌に包まれた体型──これら全てがまさに私の側に立つためにミルス神が造り給うたようなものではないか。私と彼女の結婚によって、ブロッケンの王室は、いやブロッケン王国は、ミルス神のおわす天上の美しさに至る階段に足を掛ける事ができるのだ。それと比べればあの赤毛の女など、野良猫も同然」

 大仰に天を仰ぎながら答えたコンラートは、最後の所で溜息を吐きながらかぶりを振る。

「成程! 流石はコンラート殿下、お考えの次元の高さ、我らの及ぶ所ではございません!」

 そんなコンラートを、ハインリヒが大袈裟に褒め称えると、コンラートは「世辞は無用だ」と言いつつも心地良さげにソファーの背に体を預ける。

「然らば殿下。その問題、ヴィルマーの御披露目会にて公爵家の後継者問題と一緒に解決するというのはいかがでしょうか?」

「ほう?」

 ハインリヒの提案に、コンラートが興味ありげに視線を向ける。

「できるのか?」

 コンラートの問いに、ハインリヒが「ヨーナス!」と呼びかける。

「すでに数案、ここに」

 自身の頭を指でトントンと軽く叩きながら、ヨーナスはニヤリと笑って答える。

「費用やリスクを勘案して、本日中に策を纏めますが、いずれにしても最後の締めは殿下御自らの手でして頂く事になるかと。誠に私の能力の不足を恥じるばかりですが……」

「良い。では御披露目会には私も出向くとしよう」

 言って、コンラートがソファーから立ち上がると、ハインリヒ達四人は一斉に膝を突く。

「殿下の英断、感謝の極み。最早策の成功は疑うべくもございません」

 ハインリヒが代表するように述べると、コンラートも「うむ」と機嫌よく頷く。

「「「「我ら十字星クロイツ・シュテルン、その力と忠誠の全てを、ブロッケン王国とコンラート殿下に捧げん!!」」」」

 ハインリヒ達四人の声が見事に重なる。

「あぁっ、お前達のような能力と忠誠心に溢れた臣下を持った私は何と幸福だろうか──」

 その余韻を味わうように、コンラートは恍惚の表情で目を閉じながら答えるのだった。

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