表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/20

第14話 世界平和研究所

「ハァ……また死に損ねた……」

 応接間でのひと悶着から、屋敷内で僕用に用意された部屋に通されると、僕はベッドの上にダイブして溜息を吐く。

「出来る事なら王都に着く前に死にたかったのに、これから一層闇堕ちの危険が増えていくんだろうな……」

 布団の上に突っ伏して、僕は頭を抱える。

「そんなに闇堕ちの危険が増えますか?」

「増えるよ!」

 ミナの問いに、僕はゴロリと仰向けになりながら答える。

「友達に裏切られた、恋人を寝取られた、信じていた上司に罠にはめられた、楽しみにしていた冷蔵庫のプリンを勝手に食べられた──軽く挙げただけでも、世界はこんなに闇堕ちの危険に溢れているんだよ! まして王都となれば、人が多い分だけ比例して危険は多くなるし、極め付けに魑魅魍魎がひしめき、陰謀が渦巻く宮廷まであるんだ。一寸先は闇どころか、歩く足元闇への落とし穴だらけに違いないんだ!」

 考えただけでも恐ろしくて、僕はベッドの上をゴロゴロと転がる。

「確かに、自分の生きる支えを失う事は、闇堕ちするには十分な理由ですね。私も苦労して集めた死体コレクションをお父様達に没収された時は、この世の全てを呪いたくなりましたから」

「そうか、そんな絶望の中で、良く闇堕ちしなかったね」

「お父様達に復讐できるスキルを持ってなかったおかげで、ギリギリの所で踏みとどまれました」

「辛かったんだね、ミナ」

 僕は起き上がって、ミナの手を取る。

「悲しまないでミナ。僕の死体をミナの新しいコレクションにすれば良いから」

「はい、そういう約束ですものね」

「うん、世界のために加えてミナのためにも、早く死ななくちゃね」

 改めて自殺の決意を奮い立たせる僕だった。


「──とは言うものの、どうやって死ぬかが問題だよね」

「そうですね」

 僕がそう言うと、ミナも相槌を打つ。

「そもそも屋敷の中だと人が多くて、自殺を図ってもすぐ見つかって止められそうだし、外に出ようにも出入口は常時見張りがいるからね」

「お城の時は見張りを強化される直前でしたから何とか抜け出せましたけど、二度目は無いでしょうね」

「つまり、屋敷の敷地内で死ぬ方法を探さなくちゃいけない訳か」

「それも、見つかってもすぐには止められない方法で、ですね」

「そんな方法、すぐには準備できないよね?」

「残念ながら。準備の段階で見つかっては元も子もありません。ですから、誰にも見つからないように、準備する場所から用意するのです」

「そんな場所、用意できるの? 屋敷の敷地内で」

「はい。条件に合う場所が、一つだけありました」




「こちらになります」

 ミナに案内されて着いたのは、屋敷の敷地内にいくつかある離れの一つだった。

 離れと言っても二階建ての、黒を基調にした外壁の立派な建物で、下手な貴族の屋敷の本館よりも大きいかも知れない。

「本当にこんなに立派な建物が、放置されているの?」

 さすがに怪しくて、僕はミナにそう確認する。

「はい。こちらはヴィルマー様のお父様、お母様が生前お住まいになられていた建物で、ヴィルマー様も赤ちゃんだった頃に過ごされていたはずですよ」

「へえ、そうなんだ」

 と言っても赤ん坊の頃の事なんて、全然記憶に無いから実感が湧かないんだけどね。

「まあ、ヴィルマー様がまだ赤ちゃんだった頃にお二人とも亡くなられてますし、それも暗黒神の信徒に襲われてとありますが、本気で信じている人はほとんどいないでしょうね」

「そうなんだ」

 そう相槌を打ったものの、赤ん坊の頃に死んだ両親なんて記憶に無いから、悲しいとかいった感情は湧かないんだよね。

「そういった事情がありまして、公爵様はこちらに足を向けるのを避けておられますし、他の方々も同じようです」

 確かに、いわゆる非業の死を遂げた息子夫婦の住んでいた場所へ行くのは、御爺様も気が進まないだろうね。

「けど、それが僕達には有利に働いている訳だ」

「はい。ここなら公爵様達の目が届きませんから、時間を掛けて準備ができます」

「そして見事自殺を成功させて、世界の平和が守られるという訳だね」

 僕はそう決意を新たにして、一歩を踏み出した。


 ミナが鍵を出して扉を開けると、玄関ホールに外の光が入る。

「長く放置されていた割には綺麗になってるね」

「はい、取り急ぎ玄関と廊下は前もって掃除をしておきました」

「そうか、流石はミナだ」

「そして、こちらも用意しております」

 そう言って、ミナが無限収納から大量の薪を出す。

「薪? 建物に火を付けて死ぬのは、火に耐性が付いてるから無理だよ」

 以前釜茹でになって死のうとして失敗した時、火の上位精霊から加護と一緒に火属性耐性のスキルが付いちゃってるから、焼け死ぬ事は出来ないんだよね。

「そこです。今ヴィルマー様がおっしゃったように、公爵様達も火で死ぬ事は出来ないと思っているでしょう。そこが今回の自殺の肝なのです」

「と言うと?」

「確かに建物が火事になって死者が出た時の死因は火傷が最も多いですが、他にも煙による一酸化炭素中毒か窒息で死ぬ事も多いようです」

「つまり、煙が多く出るように燃やせば、火属性耐性が付いていても死ねるという事か!」

「その通りです。更に建物が崩れて下敷きになれば、更に死亡率は上がる事でしょう。崩れれば下敷きになって死ぬのに十分な重量が見込めるというのも、こちらを選んだ理由の一つです」

「流石はミナ、相変わらず素晴らしい自殺プランだ! しかも両親が住んでいた建物という選択も秀逸だ! 家と一緒に両親がいる天に上るという意味合いもあって縁起が良い!」

 上手くいけば死んだ後、天上で両親と一緒にこの建物で暮らせるかも知れない──そんな素敵な想像に思いを巡らそうとした所で──


「何が縁起が良いだ! この自殺バカが!!」


 そう叫びながら、ナリシアが入って来たせいで、想像を中止させられる。

「また邪魔しに来たのかナリシア。本当に懲りないな」

「どうやってここを見付けたんですか? まさか野生の勘とか?」

「いや、暗黒神の啓示だよ。ナリシアに手を貸して、僕を仲間に引き込もうとしてるんだ、きっと。諦めが悪いったらありゃしないよ」

「まだアーヴマン様をそんな邪神扱いで呼ぶのか! ──って、話を逸らすな!」

 勝手にボケて自分で突っ込んでるよ、ナリシアの奴。

「貴様らの居場所など、痕跡を辿ればすぐ分かる。伊達に長く生きてる訳じゃない」

 そうナリシアが答えると、屋敷の使用人や警備兵、『灰色の鴉』の人達が続いて中へ入って来る。

「まあ、他人まで利用してヴィルマー様を捕まえようなんて、流石はダークエルフらしい卑怯さですね」

「こらっ、ダークエルフに従うなんて、お前達にはミルス神の信徒としての良心は無いのか!?」

 僕はナリシアの後ろの面々に向かってそう怒鳴りつける。

「だったら自殺なんてやめて戻って来て下さい!」

「私達も公爵様から頼まれたものでね」

 使用人達や『灰色の鴉』のフィデリオから、うんざりした様子で返される。

「ああっ──ダークエルフが目の前にいながら討伐しようともせず、それどころか言いなりになって動くなんて──」

 金で動く冒険者はともかく、公爵家に仕える者達までダークエルフに従う程に、この世界の人達のモラルは落ちていたのか?

「やっぱり、早く死ななくちゃ」

「「だから何でいつも、そういう結論になるんだ!?」」

 即座にナリシア達からそう返って来る。何でって、僕が闇堕ちして魔王になったら、世界のモラルがどん底まで落ちるだろうから死ぬんじゃないか。それこそ何でみんな、こんな事も分からないんだろう?

「逃げよう、ミナ」

「はいヴィルマー様!」

 僕はミナと一緒に、すぐ側にある階段を駆け上がる。

「追うぞ、捕まえるんだ!」

 ナリシア達も追い掛けて階段を上がって来る。

「どうしようミナ?」

「大丈夫です!」

 僕達が階段を上がりきって二階に着いた所で、ミナは無限収納から両手で抱えるくらいの大きさの壺を出すと、中身を足元の階段にぶち撒ける。

「わっ、たたたたっ!?」

 階段を駆け上がっていたナリシア達は、全員階段から足を滑らせて下に転げ落ちる。

「何だこのヌルヌルするのは……油か!」

 階段を濡らす液体を指ですくって、ナリシアが歯ぎしりをする。

「さあヴィルマー様、今のうちに!」

 ミナにそう促され、僕は再び走り出そうとすると、

「待てぇぇっ!」

 油で濡れていない階段の手摺に乗って、ナリシアが上がって来る。流石はラスボス、何て執念深いんだ。

「せっかくヴィルマー様の自殺用に用意した油を使ったのに!」

 狼狽しながら逃げるミナ。

「どこかの部屋に籠って、死ぬまでの時間を稼ごう!」

 走りながら周りを見回していると、階段の奥に一際頑丈そうな扉を見付ける。

「ミナ、あそこに入るぞ!」

「はい、ヴィルマー様!」

 扉を上げて部屋に飛び込むと、ミナが無限収納から無限収納からナイフを出す。

「私も時間を稼ぎます。薪と油は全部出してしまいましたが、これで頸動脈を切れば死ねるはずです」

「分かった!」

 ミナが部屋から出ると、即座に中から扉の鍵を閉める。

「良し──っと」

 僕は一回深呼吸をして心を落ち着かせると、ナイフの刃を首筋へ持って行く。

 が、そこへ扉の鍵がガチャリと音を立てて開錠され、勢い良く扉が開かれる。

「わっ!」

 間髪を入れず伸びて来た鞭がナイフに巻き付いて、ナイフが僕の手から離される。

「手こずらせてくれたな!」

 鞭を持ったナリシアが、荒い息を吐きながら入って来る。その後ろでは、『灰色の鴉』のウルズラがミナを取り押さえていて、他のメンバーや使用人達も後から入って来る。

 このまま捕まって連れ戻されたら、また自殺の機会が遠のいて、その分闇堕ちから世界的な破壊と殺戮へのコースが近付いてしまう。

(「何か無いか? 何か?」)

 僕は迫って来るナリシア達から距離を取ろうと後ずさりながら、何かこの状況を切り開ける何かが無いか周りを見回す。けどそんな物が都合よく見つかる訳が無く、すぐに背中が窓際のキャビネットに当たってしまう。

「このっ!」

 僕はキャビネットから適当な引出しを抜き出してナリシアに投げ付ける。

「ハッ、そんな物当たるか」

 けどナリシアはせせら笑いながら引き出しを鞭で叩き落す。ああ、あのサディスティックな笑み、ゲーム『リヒト・レゲンデ』のラストバトル直前、魔王を裏切って神体兵器を奪った時の表情と同じだ。

「そら、これで終わりだ!」

 最後に投げ付けた引き出しを叩き落として、ナリシアは勝利を確信した顔で近付いて来る。

「ん?」

 引き出しの一つに入っていたらしい箱がナリシアの足元に転がっていたが、構わず蹴り飛ばす。すると──


『既定の開錠手順にない行為を感知。機密保持のため爆破処分します。爆破まであと六〇秒』


 箱から女の人らしい声が聞こえて、箱の蓋にダイヤル状のタイマーが出て、数字がどんどん減っていく。

「爆破だと? まさかアーヴマンの大神殿の時みたいに爆発するのか!?」

 以前アーヴマンの大神殿で爆弾を見た事がある『灰色の鴉』の面々とナリシアが、箱から後ずさりする。

「逃げろ! 爆発したら怪我じゃ済まないぞ!!」

 実際に爆発をその身で体験したことがあるナリシアが叫ぶや、僕以外一斉に逃げ出して行く。ミナも『灰色の鴉』の人達が抱えて行ったようだ。

 僕は床に転がった箱に近付く。ここは両親が住んでいた建物だそうだから、この箱もどちらかの親か、それとも両親が用意した物かな?

「ありがとうございます、父様、母様。今そちらへ行きます──」

 僕は箱を両手に取り、カウントダウンを見つめる。


 三〇………二〇………一〇……九……八……七……六……五……四……三……二……一……


(「爆発する──!」)


 ポンッ!


 カウントが〇になった次の瞬間、目の前で箱が勢いよく開き、紙吹雪が周りに飛び散る。

 そして紙吹雪と一緒に、道化を模した人形が箱から飛び出して、人形の口から文字が書かれた布がアッカンベーをするように出て来た。


『嘘で~す』




「あ~……」

 あれからいつまで経っても爆発しないのを訝しんで戻って来たナリシア達によって本館に連れ戻され、例によって御爺様に激しく叱られた後、離れでの顛末をナリシアから聞かされた御爺様は、困った表情で額を手で押さえながら唸っていた。

「一体何ですか、あの人騒がせな箱は!?」

 ナリシアからそう尋ねられると、言い辛そうにしている御爺様に、「ここは私が」とばあやが言って、御爺様が「頼む」と答える。

「あの離れが、ヴィルマー様のご両親が生前お住まいになられていたのは既にご存じでしょう。ヴィルマー様のお父上──クラウス様は文武に秀でた人格者であられましたが、一つだけ問題と申しますか……小さい頃から手の込んだ仕掛けや悪戯で他人をからかったり脅かしたりするのが好きという悪癖がありまして……まあ悪戯と申しましてもコラッ、何をするんだ、と怒られるくらいで済む程度でしたけど、長じるにつれて悪戯の手が込むようになってきて……幸か不幸かクラウス様には工作関連のスキルは身に付かなかったので、ご自分はアイデアを考えて、それを職人などに作らせていたようで……」

「じゃあ、この箱から女の人の声が聞こえて来たのも?」

 テーブルに置かれた箱を指さして僕が尋ねると、ばあやは頷く。

「おそらくヴィルマー様のお母上──クリスタ様が風魔法で声を吹き込んでおいたのでしょう。あの方もクラウス様の『共犯者』の一人でしたから」

「ふ~ん、父様と母様はそんなに仲が良かったんだ……」

 僕は箱を手に取って、しみじみと眺める。記憶に無い両親だけれど、嬉々として悪戯のアイデアを話す父様と、それを微笑ましく聞いている母様の姿が、何となく脳裏に浮かんできた。

 そんな想像の中、僕は密かにある事を心に決めていた──




 翌日──


「それではヴィルマー様、シーツ等は替えておきます」

 ミナが本館から無限収納で持って来たシーツ等を出して、ベッドに手際良く敷きに掛かる。

「お願い。僕は、父様の資料を確認してるから」

 そう言って、僕は戸棚や本棚を漁りに掛かる。


 すると──


「貴様ら、また性懲りもなく来て、ここを燃やす気か!?」

 相変わらず勘の鋭いナリシアがやって来る。

「燃やさないよ、当面はね」

 戸棚に向き直って僕はそう答える。

「なら何で、またこの離れに来ている?」

「だって僕、ここに住む事にしたから」

「住む、だと? 本館に立派な部屋があるのにか!?」

 理解不能という口調でナリシアが聞き返す。

「一日も早く自殺するという目的は変わらないけど、並行して成功率が少しでも高い自殺方法も腰を据えて研究する事に決めたから。そのための研究資料等を集めるのに、空き部屋が多いこの離れは都合が良いし、手始めの研究資料として、父様の悪戯のメモ書きなどが自殺に応用できるかも知れないから全部貰う事にしたよ」

「自殺がわざわざ研究してやる事か!?」

「崇高な研究さ。世界中で悲劇が起こる原因を未然に排除するためなんだから。そうだ、ここも世界平和研究所と命名しよう!」

 自分の思い付きに気分が良くなって、資料を調べる手も進む。

「言ってる意味が分からないぞ、この自殺バカが!!」

 ナリシアの絶叫を背に、僕は更に資料を探すのだった。




◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 黒死館


 ヴィルマー・フォン・ノルドベルクが生前居住していた建物。

 元はノルドベルク公爵家の王都邸に複数あった離れの一つで、ヴィルマーの両親も生前ここに住んでいた。

 ヴィルマーが物心つく前に両親は他界していたが、ヴィルマーが一〇歳になって王都へ移った際、敢えて本館でなくこの建物に住む事を自ら決めたという。

 その理由は、祖父グレゴールを始めとする周囲の干渉を避けて自分が死ぬ方法を研究するためだとヴィルマーは度々公言しており、本人はこの建物を『世界平和研究所』と呼んでいた。実際にヴィルマーはこの建物で多くの自殺方法を研究しているが、皮肉にもこれらの研究がその後様々な分野の発展へと繋がっていく。

 ちなみに上記の『黒死館』という呼び名は周囲から自然とそう呼ばれるようになったものらしく、外壁が黒を基調にしたものだったことと、ヴィルマーの自殺を始めとする奇行の数々が由来とされている。

 なお、後の時代になって戦災等でノルドベルク邸の本館を始めとする他の建物は焼失したが、この建物は今も現存していて、ノルドベルク家が住まいとしている。


 新聖暦九三一年刊『世界の偉人 建物探訪』より

 三が日ギリギリですが、明けましておめでとうございます。

 今年もよろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=384633972&size=200
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ