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第13話 ダークエルフの憂鬱

 私の名はナリシア。

 かつては現在のグリムニアの地を支配し、古代ロマリア帝国をあと少しの所で攻め滅ぼす所まで行った、偉大なるダークエルフの末裔。

 しかし今の私は、ダークエルフの王国再建の切り札になるはずだった神体兵器の入手に失敗した、惨めな敗残者に過ぎない──




「それじゃ、アタシはこれで失礼するわね」

 ノルドベルク公爵家の者達が大聖堂から出てくると、彼らと一緒にいた修道士──クレメンス・フォン・ゲーレンが別れを告げて、修道院の馬車で先に去って行く。

「待たせたな」

 馬車に同乗する冒険者パーティー『灰色の鴉』の面々が、馬車から降りて挨拶するより先に、ノルドベルク公爵が声を掛けて来る。

「これから屋敷に向かう。其方達も付いて来い」

 そう言って自分の馬車に向かう公爵に付いて行く、公爵の孫のヴィルマーが、一瞬私の方を憎々しげに睨み付けるが、すぐに馬車へ向かって歩き出す。

 王都に入ってミルス聖教会の大聖堂に着くと『灰色の鴉』の面々と一緒に外で待機を命じられたが、肌の色を偽装する魔法の耳飾りでエルフに見せているので、他の参拝者や神官達が近くを通っても、珍しがられはしても咎められない。


 間もなく馬車の列が動き出し、王都の中心部へ向かって行く。

 しばらくすると、貴族の屋敷が集まる街区に馬車の列が入る。入ってすぐは通りの両側に下級貴族の屋敷と思われる小規模の屋敷が建ち並んでいたが、次第に馬車から見える建物の姿がまばらになり、同じ柄の塀が長くなっていく様に、上級貴族の屋敷の地区に入ったと理解できた。

 やがて門の一つに差し掛かると、先行の馬車が次々と進路を変えて門の中へ入ってくので、御者を務めていたウルズラが手綱を操ってそれに続く。

「うわぁ……門から建物までこんなに離れてるなんて、流石は公爵家のお屋敷だね」

 ペーターが感嘆の声を上げる。

「感心してないで、そろそろ降りる準備をしておけ」

 フィデリオに促されて間もなく、馬車が止まったので、私は『灰色の鴉』の面々と一緒に馬車を降りる。

 公爵邸の玄関では、既に馬車を降りていたノルドベルク公爵が、整然と並ぶ使用人達の出迎えを受けていて、先頭に立つ背筋がシュッと伸びた老婦人が公爵の前に進み出ている所だった。

「長い道中、お疲れ様でございました、グレゴール様」

「うむ。長く留守を守ってくれてご苦労だったな、ヒルダ」

 恭しく一礼する老婦人をねぎらう公爵。

「誰だろあの人? 公爵様の奥さん?」

 興味ありげだったが、流石に場をわきまえてか小声で呟くペーターに、

「いいえ、違います」

 いつの間にか側に来ていたノルドベルク家の家令の姿に、『灰色の鴉』の面々が必死で叫びを押し殺す。

「あちらの方はノルドベルク公爵家の家宰を務めておられる、ヒルデガルド・フォン・ノイマン前男爵夫人でございます」

 家令の続けての説明に、『灰色の鴉』の面々が驚き半分、納得半分の表情で公爵たちの方へ向き直る。

「ナリシア殿は、最初からご存じのようでしたね」

「『鉄血』のヒルダを知らないようでは、裏社会ではモグリだ」

 そう家令が尋ねて来て、カマかけのようだったが私はあっさり肯定する。

 長年公爵が自領に逼塞していても、中央の情勢を把握でき、ノルドベルク家が国内の貴族社会で軍閥のトップから陥落せずに済んでいるのがひとえに彼女の手腕によるものだという事は、少しでも事情に通じている者ならば誰でも知っている。

「公爵様がお呼びです。どうぞ」

 家令に促され、私と『灰色の鴉』の一行が公爵の元へ行くと、

「ヒルダ、手紙でも書いたが、彼らがヴィルマーの件で世話になった冒険者パーティー『灰色の鴉』と、ナリシアだ」

 いきなり公爵からそう紹介され、『灰色の鴉』の面々が狼狽える。

「ばあや、『灰色の鴉』の人達はともかく、ナリシアの事なんて覚えなくて良いから。て言うか、今すぐにでもこの世界から消しちゃえば良いんだ」

「こらっ、ヴィルマー!」

 公爵が叱責するが、ヴィルマーは謝ろうとする素振りも見せない。

「御爺様達こそおかしいですよ。だってこいつはダークエルフですよ!? 肌の色を誤魔化してるけど本当は褐色で、それでもって腹の中はそれ以上に真っ黒なんですよ!」

 自分の方が正しいというようにヴィルマーが捲し立てる。まあ本来人族がダークエルフに対する態度は、言っては何だがこの自殺バカの方が大多数なのだが。

「ここへ来る途中でも言ったろう。色々あるんだ」

「またそれですか!? それで誤魔化し通せると思ってるんですか!?」

「コホッ」

 公爵との間で不毛な言い合いを始めそうなヴィルマーだったが、ヒルダ殿の咳払いで振り返る。

「ヴィルマー様」

 まっすぐにヴィルマーを見据えるヒルダ殿の一言で、ヴィルマーは「ウッ」と黙ってしまう。これが人生経験の差というやつか。

「ところでグレゴール様、申し訳ありませんがこちらでもいささか問題が……」

 ヒルダ殿は公爵に向き直り、苦々しげな口調で話し出した──




「これは御爺様、お待ちしておりました!」

 応接間の扉が開かれると、既に室内にいた少年が、ソファから立ち上がって一礼する。

 年の頃は十代半ばと言った所か、その年代としてはかなり上背があり、貴族らしい上等な衣服の下には相当に鍛え込まれた、それでいてしなやかさを併せ持った実戦的な筋肉がある事は、見る者が見ればすぐに分かる事だろう。

「ハインリヒ、其方、ここ一週間以上、この屋敷に入り浸っているそうではないか?」

 挨拶も返さず、公爵はジロリと少年──ハインリヒを睨み付ける。

「入り浸っているとは心外。私は外孫とは言えノルドベルク公爵家の血を引く者として、御家の危機を知り馳せ参じた次第です!」

 臆面もなくハインリヒは言葉を返す。

「なのにここの奴らと来たら、家に伝わる宝剣を私が預かると言っても頑として渡さないし、私を迎える態度もなってない。御爺様からも言ってやってくれませんか?」

 要は、公爵家で直系の血を引く唯一人の子だったヴィルマーに闇魔法のスキル適性が出たので、自分に次期公爵の座が転がり込むと考えてやって来たという訳か。

「当然だろう。其方、次期公爵にでもなったつもりか?」

「失礼ながら、長年領地に引きこもってきた御爺様は、状況をご存じないようですし、先を見る目も衰えているのではありませんか? 私はスキル適性が剣術と出る前から鍛錬を欠かさず、更には王太子であるコンラート殿下の学友として信頼も厚い身。此度の危機を乗り越えた後は、ノルドベルク家を更なる隆盛へと導いて御覧に入れましょう! ん──? これはこれは、件の闇魔法の適性持ちではないか」

 公爵の背後に立つヴィルマーを見付けると、ハインリヒはズカズカと近付いて来る。

「知らないというのがこれほど罪だとはな。ここはもう、お前が入って良い場所じゃないんだぞヴィルマー!」

 さっきまでの公爵に対する態度から一変、横柄な口調でハインリヒはヴィルマーに詰め寄る。

「大体だ、闇魔法のスキル適性が出た時点から、お前はノルドベルク家の家名を一秒毎に汚し続けてるって事も分からないのか? 御爺様が守ってくれると思ってるなら、無駄な苦労を掛けさせてる罪も加わるし、さっさとアソコをチョン切って修道院に入っちまえ! いや、そもそもお前が生きてる事自体が罪なんだから、今すぐにでも死んで、御爺様や国王陛下、そしてミルス様にお詫びしろ!」

 ヴィルマーの脳天にグリグリと拳を押し付けながら、ハインリヒは言いたい放題言ってくる。こいつ、自分より立場が上の者には擦り寄って、下の者には威張り散らす、典型的な小物だな。公爵や周りの使用人達だけでなく、付いて来ていた『灰色の鴉』の者達が、大なり小なり苛ついているのにも気付かないのか。

 その言いたい放題されているヴィルマーはと言うと──


「そうだよね? そう思うよね!? やっぱり僕は一秒でも早く死ななくちゃいけないよね! なのに御爺様や他の人達──ミナ以外みんな邪魔をするから全然死ねなくて困ってたけど、ちゃんと分かってくれてる人がいて良かった! という訳で今すぐ死ぬからそれを貸して!!」


 目を輝かせながら、ハインリヒが腰に差している剣で自殺をしようと柄を掴むヴィルマーと、予想していなかった反応に困惑するハインリヒ。

「馬鹿者、早く止めろ! ヴィルマーをハインリヒから離せ!」

 公爵の指示で使用人達と『灰色の鴉』がヴィルマーに向かって殺到し、私もハインリヒの剣の柄を掴むヴィルマーの手を強引に引きはがす。

「放せ! 放せぇッ! 何で分かってくれないんだ!?」

「それはこっちの台詞だ、この自殺バカが!」

 それほど長い日数ではないのに、何度同じ事を言ってきただろうか。

「は? え? は!?」

 目の前で繰り広げられる遣り取りに、未だハインリヒは困惑が続いているらしい。

「ハインリヒ、其方はさっさと帰れ。それと父親のシュタール侯爵に伝えろ。ヴィルマーの修道院送りと去勢は取り消しになったとな!」

 大司教の署名入りの証明書を広げて公爵が言うと、ハインリヒは大きく目を見開いていたが、本物だと分かるとギリギリと歯噛みしながら扉へ向かう。

「これで終わったなんて思うなよ。コンラート殿下も俺が次期公爵になる事を強く望んでおられるんだ。つまり俺の襲爵はほぼ決定事項って事なんだよ! 俺が晴れて公爵になった時はお前等、厳しい罰を覚悟しておけ!」

 そう捨て台詞を残して、ハインリヒは扉の向こうへ消えていく。

「よろしいのですか?」

「心配には及ばん。あやつは以前から剣術の腕と家柄を笠に着て好き放題やっているようだから、平民だけでなく貴族の間でも評判が悪いのだ。親がもみ消しているのと、コンラート殿下の学友という立場のおかげで罪に問われていないだけでな」

 私の問いに、公爵は答えて溜息を吐く。成程、いくら問題児とは言え自分の家の子が罪に問われれば家名に傷が付くし、まして王太子の学友が、となれば最悪家の存亡にも関わるから、親が必死でもみ消している訳か。そして格上の公爵家の後継者にできるとなれば体面を傷付けずに実質厄介払いできるから、シュタール侯爵家は全力でハインリヒが次期公爵になるのを後押しするだろうな。もっともそれは全部無駄になった訳だが。

「ミナ、早く手を洗う準備をして! 一秒でも早くナリシアに掴まれた所を洗わないと、ラスボスが伝染っちゃう!」

 それら一連の原因を作った当人が、意味不明の事をわめいているのを見ていると、何とも言葉で表現するのに困る感情が沸き上がって来る。

「言うな」

 視線を公爵に向けると、向こうも深い渋面で溜息を吐く。


 本当に、何で私はここにいるのだろうか──

 今回は本作における家令と家宰の役割について説明しようと思います。

 大雑把に説明しますと、家令は王族や貴族の家で、家の事務や会計を管理したり、他の使用人(侍女や執事など)を監督する人で、家宰は上級貴族の家臣の筆頭として領地の政治を補佐・運営する人の事を言います。

 領地と言っても伯爵家くらいの規模なら家令が家宰の役割を兼ねている所もありますが、ノルドベルク公爵家になると規模が大きいので家令と家宰をしっかり分けています。

 ただし、女性が貴族の家臣になる事は少なく、更には本編に登場したヒルダのように、家宰にまでなるのはとても稀なケースでして、その辺りの事情につきましてはいずれ書こうと思います。

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