9 本性
ザックとアヤメはかろうじて日が落ちるまでにダンジョンからの脱出に成功した。
しかし、一つ問題が発生していた。
「どこにもいないな、アヤメさんの仲間」
「はい……出口で待ってくれていると思ってたのですが……」
アヤメに殿役を任せた【ファンタジスタ】のメンバーが一人もいなかったのである。
「もしかして、逃げているうちに別の魔獣に……」
仲間の身を案じるアヤメの声色が次第に暗くなっていく。
彼らがどのような人たちなのか。ザックは知らないが、アヤメにとっては大切な仲間なのだろう。
以前、酒場でアヤメを見かけたときも彼らはいたはずなのだが、アヤメに注目していたせいか。ザックは彼らの顔を覚えていなかった。
しかし、ザックには一つだけ心当たりがある。
「……ねぇ、アヤメさん。君の仲間はどんな武器を使うんだ?」
「えっと……剣と弓矢と盾と槍ですね」
「やっぱりそうか……」
「もしかしてお会いになったのですか?」
「ああ、アヤメさんを助けに行く前にな……」
やはりアヤメがいた方向から逃げてきた四人組の冒険者がファンタジスタのメンバーだったのだ。いくら弱そうとはいえ彼らこそがアヤメの仲間であったと考えるのが普通だろう。
見るからに逃げ足は速そうな奴らだったから脱出には成功しているはずだ。
もっともその四人がアヤメの仲間である場合には別の意味で問題があるのだが――
「ギルドに戻ろう。多分あいつらはもう街に戻っていると思う」
「え……?」
「あんまり見たくない光景を見るかもしれないけどな」
首を傾げるアヤメを急かして二人はギルドへ歩き始めた。
二人がギルドのある街【アーネスト】に着いたのは、月明かりが見えるほど空が黒に染まった頃である。間もなく業務を終えようとするギルドには、クエスト終わりの冒険者が数多く屯っていた。
その中にはザックの予想通り、ファンタジスタの面々もいた。
早速彼らに話しかけようとしたが、どうやら様子がおかしい。四人がかりでギルドの受付嬢に詰め寄っている。その光景を見た二人は、ひとまず静観することにした。
「だ~か~ら~、このクエストのせいで俺たちの仲間が死んだの。なんかお気持ちみたいのはないのかよ」
「い、いかなるクエストにも危険は付き物ですから……それに冒険者ギルドに登録した時点でクエスト中の怪我や事故は自己責任となりますので――」
「へぇ~。事前の情報とは全然違う魔獣がいる所に行かせて何かあっても自己責任なんですかぁ?ずっと街に籠ってばっかのギルドの皆さんはお偉いですねぇ」
「そ、それは……」
剣士と弓使いは、かなり厭味ったらしく、受付のデスクをバンバン叩きながら威圧している。その後方では盾使いと槍使いが無言で受付嬢を睨みつける。
ひ弱そうとはいえ四人の男に迫られているせいか、若い受付嬢の女の子はすっかり涙目になっている。
周りの冒険者たちは遠巻きでその様子をただただ見ているだけだ。中には険しい表情を浮かべている者もいるが、誰も仲裁に入ろうとはしない。
きっとA級パーティである彼らに尻込みしているのだろう。
彼らが何に対して怒っているのかは、その言動からおおよその見当がつく。討伐対象の魔獣がいる場所に予定外の魔獣がいたことについて文句を言っているのだろう。
そもそもダンジョンには多くの魔獣がいるのだから、討伐対象ではない魔獣と出くわすことは日常茶飯事である。
それにもかかわらず、冒険者の自己責任とするのは成功報酬の高さが理由である。
命を懸けるほどのハイリスクと億万長者になれるかもしれないハイリターン、そのスリルを味わうために冒険者になる者もいるほどだ。
それはさておき。クエスト中のアクシデントについてギルドにクレームを入れることは冒険者として恥ずべき行為だとされている。慰謝料を求めようなんてもってのほかだ。
例外として、自分たちの階級では太刀打ちできない魔獣が現れた場合には、補償が認められることもある。
だがA級パーティである【ファンタジスタ】が出会ったのは同じA級レベルのマジックオルトロス。今回はその例外にも当たらないのだ。
滅多にお目にかかれない光景を目の当たりにしたが、彼らの振る舞い以上に信じられないのが彼らとアヤメが同じパーティのメンバーであるという事実だ。
「ねぇアヤメさん。あいつらが君の仲間だよな?」
「え、えぇ、そうですが……」
隣にいるアヤメも自信無さげに返答しているあたり、ザックと同じように驚いているようだ。アヤメの目には困惑の色も見える。
「普段からあんな風に人に当たり散らすのか?」
「いえ、皆さん優しい人たちですよ。こちらの世界に来て、右も左も分からなかった私に手を差し伸べてくださったのです」
「アヤメさんは異世界の生まれなんだっけ?」
「はい。ファンタジスタは身寄りのない私にも親切にしてくれて……こんなに彼らが怒っているのを見るのは初めてです」
「本当かよ……」
ザックからすれば、少なくとも眼前の男たちとアヤメが語る仲間は同一人物だとは思えなかった。
それは受付嬢に対する振る舞いだけが理由ではない。
彼らは何も知らないアヤメを囮にして逃げてきたのだから……