8 ありがとう
「あの……私、アヤメといいます。今日は本当にありがとうございました……」
マジックオルトロスの屍から高値で売れる魔石を剥ぎ取っていると、後ろから見ていたアヤメが自己紹介と共にお礼を告げてきた。
「俺はザック。今はソロの冒険者をやっている」
剥ぎ取りの手を止めたザックはアヤメの方を向き、こちらも自己紹介をする。
「ソロですか……すごくお強いんですね」
アヤメは尊敬の眼差しを向けてくる。
どうやら彼女の中ではソロの冒険者はみんな強い存在になっているらしい。実際のところ、ソロの冒険者のほとんどは最上級のS級冒険者ばかりなのでそう考えてしまうのは自然なことなのだが、ザックは数少ない例外に当たる。
強いと言われて悪い気分はしないが、現状ではアヤメの誤解なので訂正しておくことにした。
「いやぁ……ソロでやってるのは実力があるからじゃなくて、弱くて誰も俺をパーティに入れてくれないからなんだ。この前もパーティから追放されたばっかだし……」
「でもその魔獣ってかなり強いですよね?それなのに一撃で倒せるのは強いってことではないのですか?」
「俺がマジックオルトロス倒せたのは君の強化魔法のおかげだ。俺の実力なんて大したもんじゃない」
「そんなことはないと思いますよ。私の仲間たちだと魔法の強化があったとしても私抜きではかなり苦戦すると思いますから」
こちらの謙遜もお構いなしに、アヤメは自身の仲間を引き合いにしてザックを褒める。澱みのないはっきりとした口調から、それがお世辞ではないことがなんとなく分かる。冒険者になってから戦闘での腕前を純粋に褒められたのは初めてのことなので少し恥ずかしくなる。
なにせ露払いは見習いの仕事、できて当然という評価しかもらえなかったのだ。
アヤメがパーティのことを口にしたことで、ザックの頭の中に一つの疑問が生まれる。
「そういえばどうして一人で戦ってたんだ?君には仲間がいたと思うけど」
魔法使いキラーに魔法使いが単独で挑むというのは通常考えられない。何よりザックとは違い、アヤメには仲間と呼べる存在がいるはずだ。
「今日はギガントライノスという魔獣を狩るクエストでここに来たのですが、魔獣の目撃情報があった場所に来てみるとその魔獣がいたんです。誰も知らない魔獣だったので撤退しようという話になったのです」
「それで君が殿役になったというわけか……」
「はい、パーティの中で一番強いのは私だったので自然とそういうことになりました。ですが攻撃魔法も防御魔法も全部効かなくて…………このまま死んじゃうのかなって思っていたところにあなたが来てくれたんです」
マジックオルトロスに追い詰められていた時のことを思い出したのか、アヤメはブルっと体を震わせる。いくら強力な魔法が使えるといっても若い女の子。その恐怖はすさまじかったのだろう。
「ザックさん、本当にありがとうございました」
アヤメは目を潤ませながら深々と頭を下げる。
感謝されるためにザックは戦ったわけではないが、彼女の言葉はザックの心を暖かくさせる。
ザックが憧れた魔獣狩りの英雄たちもこうやって人々からの感謝を糧に戦い続けてきたのだろう。このことが知れただけでも彼女を助けに行った意味があったといえる。
「あ、頭を上げてくれないか?魔獣を倒せたのはたまたまだし、俺の実力じゃ助けられなかったかもしれないしさ……」
「それでも助けていただいたことは事実です。先日の件も含めてこのお礼は後日必ず致しますので」
「お礼とか要らないよ……ほらアヤメさんの魔法のおかげでこんなにたくさん魔石取れたし、こっちにもメリットがあったってことで」
先ほど剥ぎ取った魔石を見せつけながら愛想笑いをする。
「いえ、私の魔法なんて微々たるものです。それにこちらは命を救っていただいたのにその対価が素材だけというのは申し訳ないかと……」
それでもアヤメは引き下がってくれない。
素直にお礼を受け取ってもいいかなとも考えたが、何となく彼女との関係を貸し借りのやり取りのようにはしたくなかった。
「本当にお礼とか大丈夫だよ」
「ですが……」
「それにさ、命を助けてもらったっていうのならそれは俺も同じなんだよ」
「……どういうことですか?」
ザックの言葉にアヤメが首を傾げる。
「俺、もう冒険者やめようかなってくらい自信を失ってたんだ。でも君の魔法のおかげで今日初めて大型の魔獣を倒せた。少しだけ自信になったんだよ」
これは紛れもない本心だ。アヤメのサポート付きではあるが、自分でも大型の魔獣を倒すことができる。今まで大型の魔獣に刃を向けることすら許されなかったザックにとって、これほどまでに自信になることはない。もっと剣の腕を磨けば、他のA級やS級レベルの魔獣を倒せるんじゃないか、と。
「それが命を助けるということとどう繋がるのですか?」
「つまりだな……アヤメさんは冒険者としての俺の命を助けてくれたんだ」
我ながらクサいセリフだな、と苦笑しつつも話を続ける
「あの時の君の魔法は俺にとっての希望になってくれたんだ。まだ冒険者を続けられるかもって思えた。お礼がどうこうっていうのなら、こちらこそお礼をさせてほしいくらいだ」
「……希望、ですか……?」
「ああ、希望だ。誰かの希望になれるのって命を助けるのと同じくらいすごいと思うけどな」
「……そういうことなら分かりました」
「希望」という言葉が効いてくれたのか、顔を少し赤らめたアヤメは引き下がってくれた。
「それじゃあこの話はここまでということで。もうすぐこの辺も暗くなるから早くダンジョンを出よう」
「そうですね。夜のダンジョンは危険といいますし」
ダンジョンには夕陽が差し込んでいる。あと一時間もしないうちに日は沈むだろう。視界が大きく制約を受ける夜のダンジョンは危険度が一気に上昇する。
二人は早足でダンジョンの出口を目指した。
本日中にあと数話投稿します。