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5 折れかけの剣

 ザックが方舟から追放されてから二週間が経った。


 新生方舟は一発でB級クエストに成功し、A級パーティに昇格。より難易度の高いクエストが集まる冒険者ギルドのある街【ノゲイラ】へ拠点を移した。


 その一方でザックは新たな仲間を探したが、結果は芳しくない。見習いの役割である露払いしかやったことのないザックに手を差し伸べる者は誰一人としていなかった。

 その上、先日のサルト達とのやり取りを大勢の冒険者に見られたせいで、ギルド内でもザックは才能のない無能の烙印が押されてしまったのだ。


 現状のザックは冒険者として八方塞がりの状態に陥っていた。


 今日も仲間探しに失敗したザックは、酒場のカウンターで一人黄昏ている。

「ここいらが潮時なのかな……」

 酒に口をつけることなくグラスを傾けていると、後ろから肩を叩かれた。


「ようザック。久しぶりだな」

 振り返ると、ザックにとって懐かしい顔の男が立っていた。


「お前……もしかしてウィルか?」

「おう!マスター。こいつが飲んでるやつと同じの一杯!」

 ザックの幼馴染にして親友のウィルが、酒を注文しながら隣の席に座る。


「お前、王都にいるんじゃなかったのか?」

 ウィルには幼少のころから剣と魔法の才能があった。彼はその才能を生かすため、ザックと同じように五年前にシャムロックを出て、王都の騎士団に入隊したのだ。

 ウィルと顔を会わせるのは、二人がシャムロックにいた五年前以来だ。


「幹部候補生の出向だよ。半年くらいすればまた王都に戻る」

 見習いの役割しか与えられないザックとは違い、ウィルの人生は順風満帆なようだ。


 思い返せばザックは何をやらせても苦手なことはなく要領も良かった。そんな彼にとってはエリート揃いの騎士団内での出世レースも些事なのだろう。


「お前の方こそどうしたんだ?潮時がどうとか言ってたじゃねーか」

 どうやらさっきの呟きを聞かれていたらしい。ウィルに隠すことでもないので方舟から追放されたいきさつを話すことにした。




「新しく入ったメンバーにパーティの主導権を持っていかれてそのまま追放か。冒険者ってのは大変だな」

「その点騎士団はいいよなぁ。団規違反さえしなければ解雇は無いし、仕事が少なくても基本給はあるし」

「その代わりにどんなに頑張っても給料は頭打ちだし、給料のない残業もあるけどな」

 ウィルはハハハと自嘲気味に高笑いをする。


 ウィルの剣の腕と魔法の才能があれば冒険者としても十分に稼げるはずなのだが、ロマンよりも安定を求めたウィルは騎士団に入隊したのだ。


「何というか、騎士団も大変なんだな……」

 隣の芝生は青く見えるというのはどこでも一緒なんだな、としみじみ感じながらザックは酒を口につける。


「いや俺のことはいいんだよ。これからどうするつもりだ。シャムロックに帰るのか?」

「それもいいかもなぁ」


 今回の追放は冒険者稼業の辞め時なのかもしれない。残りの人生は実家で親父たちと農業に勤しむのも悪くはない。

 ザックの頭の中には穏やかなシャムロックでゆったりとスローライフを満喫する自分の姿が流れ始めた。


 自分の発言のせいで帰郷に心が傾きかけているザックを見てマズいと思ったのか、ウィルは別の案を示す。

「そ、それならいっそ一人でやったらどうなんだ?一人ならザックが露払いになることはないだろ?」


「単独攻略か……俺にできるんだろうか……」

 冒険者のほとんどはパーティを組んでクエストに挑む。

 魔獣の中には魔法が効かない個体やその逆で物理攻撃が通らない個体がいるからだ。

 優秀な冒険者の中には単独でクエストに挑む者もいるが、一切の魔法が使えず、刀による斬撃攻撃しか使えないザックにとっては難しいだろう。


 しかもザックはこの五年間、ずっと危険度の低い魔獣しか相手にしてこなかったのだ。強力な魔獣に対する経験が圧倒的に不足している。

 今のザックに単独でクエストを攻略する自信は一切無かった。


「なんていうか……だいぶ変わったよなお前……」

 弱気な発言しかしないザックの姿にウィルはすっかり呆れ返っている

「……俺、そんなに変わったのか?」

「間違いなく変わったよ。昔はどれだけ周りに馬鹿にされても冒険者諦めなかったじゃねーか。一人でダンジョンに入ったり、奇天烈なおっさんに弟子入りしたりしてさぁ」


「あっ――」

 ウィルに指摘されて初めて気が付いた。


 かつてのザックはウィルの言う通り、どんな壁が立ちはだかっていてもその壁を乗り越えようとしていたはずだ。


 しかし今の自分はどうだろうか。ちょっとでも厳しいと思ったらすぐに諦める。

 方舟から追放されたときもそうだ。個人としてB級に昇格していたことをアピールすれば、サルトを翻意できたかもしれない。

 しかしザックはあっさりと諦めてしまった。思い返せば、自分の立ち位置を気にして折れたことは一度や二度ではない。


 こうなってしまったのは他の誰のせいでもない。冒険者になってからの五年間、ずっと露払いの地位を受け入れ続けてきたザック自身のせいだ。

 

「自信は無いけどやれるところまでやってみるかな……厳しいとは思うけど」


 昔のやる気に満ち溢れていた自分の姿を思い出したからといって、今の自分に自信が持てるようにはならない。なにせ冒険者としての実績がほとんど無いのだ。

 それでもこのまま諦めてしまえば、ザックのことを応援してくれた家族や目の前にいる親友、そして昔の自分に言い訳が立たない。


「それでこそザックだ!今日は奢ってやるから飲め飲め!」

 ザックの答えに満足したのか、ウィルが背中をバシバシ叩いてくる。

 あまりに強い力で叩いてくるのでむせ返りそうになるが、ウィルは心の底から嬉しそうなので彼のしたいようにさせておいた。


「今日はありがとな。愚痴を聞いてくれた上に酒までご馳走になって」

「いいってことよ。その代わり次はお前の奢りだからな」

 ウィルの顔が真っ赤になったところで二人の酒盛りはお開きとなった。


 方舟を追放されてからずっと沈みっぱなしだったザックにとって、久々の気晴らしになったような気がする。


「ま、そこまでくよくよすんなよ」

「悪いな……流石に五年も見習いの仕事しかやってないとな」

「これ以上冒険者が厳しいってんなら騎士団に入るという手もあるぞ。お前の剣の腕なら実働部隊のトップにもなれると思うぞ」

「俺は魔獣狩りをしたいから冒険者になったんだ。対人戦闘ばっかの騎士団はちょっと……」

「やっぱり冒険者に未練があるんじゃねえかよ」

「そうかもしれないな」


 鎮火寸前ではあるものの、まだザックの心の奥には冒険者として活躍したいという決意の炎が残っているらしい。


 せめてこの炎が完全に消えるまでは冒険者として英雄を目指し続けなければならない。不思議な使命感がザックの心を、わずかにではあるが駆り立てていた。



本日中にあと1話投稿予定です。


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