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47 戦いが終わって


「……ん……あれ……?ここは……」


 目を覚ますと、知らないベッドに寝かされていた。足元に少し重さを感じる。

 ベッドの右側には部屋を隔てるほどの大きなカーテンがあり、病室のような場所であることだけが分かるのみだ。部屋には明かりが灯っていることからすると、おそらく夜なのだろう。


「そうだ!雷嵐龍!」


 勢いよくベッドから上体を起こす。

 記憶は雷嵐龍が引き返し始めたところで途切れている。

 確かあの後、ウィルの声が聞こえてきて――


「ようやく起きたか」

 部屋の扉にエリート候補の騎士が寄りかかっていた。


「ウィル。お前なら来てくれるって信じてたぜ」

「まったく……連絡が来たときは目を疑ったぞ」


 アーネストからセームまで、早馬でも数時間はかかる。きっとウィルはすぐに隊を選抜し、こちらに向かってくれたのだろう。本当に頭が下がらない。


「ありがとな――で、ここはどこなんだ」

「セームの街の診療所だ……ったく、俺たちが来た瞬間に倒れやがって」

「悪かったよ。雷嵐龍はどうなった?」

「雷鳴の山の方角に進んでいる。一応偵察隊を出しているが、今のところ連絡は無い」

「そっか……みんな守れたんだな……」


 改めて撃退に成功したことを思い知り、達成感が溢れてくる。冒険者を稼業を始めて五年と数ヶ月。ここまでの大仕事はもちろん初めてのことだ。心の中で喜びをグッと噛みしめる。


「あ、そうだ。アヤメちゃんにちゃんと謝っとけよ。お前が倒れてからずっと付きっきりで看病してたんだからさ」

「えっ……ずっとって、どのくらいだ?」

「ちょうど丸三日だな。もう外傷は残ってないが、しばらくは安静にしろとのことだ」


 どうやら想像以上に体は悲鳴を上げていたらしい。増援が来るまでは気力で持ちこたえていたが、安心した瞬間に一気に疲れが押し寄せてきたのだろう。

 何にせよ五体満足で戻ってこれたのは幸いだ。これでまたみんなの希望になることができる。


「そういやアヤメはどこにいるんだ?」

「そこ」


 ウィルが指差したのはザックが寝ているベッド。指につられて自分の足元を見ると、アヤメの上体がザックの太腿の部分に覆いかぶさっていた。さっきから感じていた重みの正体はどうやら彼女だったらしい。


「あとは二人でごゆっくり~」

 そう言ってウィルは部屋から出て行った。


 話し相手がいなくなった病室は静寂に包まれる。


「ありがと……それとごめんな。たくさん心配かけて」

 うつ伏せで寝ているアヤメの頭をそっと撫でる。


「――そういうのはちゃんと起きている時に言ってください……」

 そのままの体勢でアヤメがこちらにジト目を向けてきた。


「っ!?いつから起きて……」

「ウィルさんと会話している途中です」

 アヤメはゆっくりと体を起こしながら答える。目にはうっすらとクマができている。この三日間、おそらくは不規則な生活サイクルに陥っていたのだろう。


「それなら起きてるって言ってくれよ……」

「せっかくの機会でしたので、ザックの秘密を聞けるかなぁと思ったので」


 アヤメに悪びれる様子は一切ない。それどころかニコニコと笑っている。


「どんな秘密を聞こうとしてたんだよ」

「それは……その……~~秘密ですっ!」


 先程の笑顔から一転、アヤメは顔を赤くしてそっぽを向いてしまった。本当に何を知りたかったんだろうか。




 数分経って機嫌を直したアヤメは、軽く咳払いをして真面目なトーンになる。


「んんっ……それでお加減はどうですか?」

「そうだなぁ……痛みは感じないけどだるさは残ってるって感じかな」


 肩を回しながら体の調子を確かめてみる。疲労が残っているせいか少し重たさを感じるが、それ以外は特に異常はなさそうだ。

 これもアヤメの回復魔法と看病の賜物だろう。


「よかったです……」


 ふぅと一息ついて表情を緩めるアヤメ。その顔には疲労の色もみえる。

 三日もの間、付きっきりで看病していれば疲れるのも無理はないだろう。


「看病してくれてありがとな。この通り元気だから、アヤメは宿に帰ってゆっくり休んでくれ」

 笑顔で健在ぶりを示すが、何故かアヤメは不服そうにこちらを睨む。


「……ザックが退院するまで私もここで寝泊まりします」

「いやいや、ここで寝るよりも宿のベッドの方がいいだろ。ここじゃ疲れも取れにくいと思うぞ」


 かつて過労で倒れたこともあるアヤメ。もう少し自分の体を労わってほしいものだが、アヤメの眉のしわは消えない。


「真面目なザックのことです。こっそり剣を振り始めないように私が監視します」

「うっ…………いや、流石に入院中にはしないって」


 実のところ、少しは体を動かそうと思っていた。

 調子が悪くても体を動かし続けておかなければ、どうしても実戦感覚が鈍ってしまうのだ。


「図星ですね。退院するまで私もここで寝泊まりします。意見は受け付けません」


 きっぱりと言い切ったアヤメは寝袋を広げ始めた。

 まさかアヤメはこの三日間、寝袋で睡眠をとり続けていたのだろうか。それならば疲れが溜まるのも頷ける。


「待て!寝袋で寝るというのなら宿に戻れ。それができないのならここで寝泊まりするのは許さん――」

「言質は取りましたよ?ベッドがあればここで寝てもいいんですよね?」


 アヤメはニヤリと口角を持ち上げる。


「――っ!まさか……最初からそのつもりで……」

「それでは看護師さんに許可を貰ってきますので、安静にしておいてくださいね」


 にこりと微笑んだアヤメは軽い足取りで部屋から出て行った。

 カーテンの奥を覗いてみると、他の患者用のベッドが備え付けらえていた。病室ならば複数のベッドがあっても不自然ではないことなのだが、寝起きのせいかそこまで頭が回らなかった。


「この街に来てからのアヤメが少し怖い……」


 ブレイ達を挑発したり、ザックから言質を取るために策を企てる。他人に気を遣いがちなイメージの強いアヤメだが、ここ数日はそのイメージにそぐわない強かさをみせている。


 だがアヤメの本質は変わっていないだろう。

 ブレイ達を挑発したのは、クエストの成功とフィーチャーの成長を狙ってのこと。

 先程のやり取りはザックの体を心配してのこと。

 みんなの希望になろうとする仲間思いの女の子。それがアヤメだ。仲間のための我儘なら悪いことではないだろう。


「それならいい変化ってことでいいのかな」

 なんて独り言ちていると、笑顔のアヤメが部屋に戻ってきた。


「オッケー貰えましたっ!これでザックを看病できます!」

「ははっ……お手柔らかに頼むよ……」


 やる気満々のアヤメには引きつった笑みを返すことしかできなかった。

 


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