45 VS雷嵐龍 後編
「ザック、ザック!」
アヤメは泣きながらザックに回復魔法を唱え続けている。
「ザックさん、大丈夫っすか?」
「か……ぁ……………」
起き上がろうとするが、思ったように力が入らない。声すらも発することができなくなってしまっている。光弾が纏っていた電気の影響か。それに加えて、ここまでの戦闘で蓄積した疲労もたたっているのかもしれない。
「そうだ!ザックさん、これ飲んでください!」
「なんっ……ごぼっ!」
中身を聞く前に、無理矢理口の中に瓶を押し込まれる。苦みの強い液体が喉を通っていくと、みるみるうちに体の痺れが消えていく。
「ごほっ、ごほっ……ブレイ、何を飲ませたんだ?」
「エリクサー回復薬です!」
「は?エリクサー回復薬だと!?そんな貴重品をどこで……」
エリクサー回復薬といえば一瞬で体力と魔力を回復させる万能の秘薬だ。確か毒のような状態異常にも有効だと聞いたことがある。
しかしそんな万能薬は流通数も少なく、正規ルートで手に入れようものなら最低でも金貨十枚は下らない代物だ。
「薬屋のおっちゃんがタダでくれたんっすよ。この街のために戦ってくれるっていうんならこれ持ってけ、って」
「そうか……信じてもらったのにやらかしちまったな……」
街の人の期待に応えることができず、額に手を当てる。
なんとか一命をとりとめることができたが、雷嵐龍の進行を許してしまった。あと三十分もしないうちに恵みの大地へ侵入してしまうだろう。
そうなればここまでの苦労も水の泡だ。
「ザック、ごめんなさい……ザックはこうなること分かってたから一人で前線を引き受けていたんですね……それなのに、私……」
「アヤメ……」
アヤメはボロボロと流れる涙を拭いながら、謝罪の言葉を口にする。
「ひっく……私勘違いしてたんです……ザックは優しいから、私たちの盾になり続けようとしてるんじゃないかって……もしもの時は自分を犠牲にするんじゃないかって……」
「いや、アヤメの推測通りだよ。この作戦は君たちを含めて『全て』を守るための作戦だったんだ」
泣きじゃくるアヤメの頭を、子供をあやすように優しく撫でる。
背中を預け続けてきた相棒だ。できるだけ真意は隠し続けていたつもりだが、看破されていたらしい。こんなことになるなら正直に全てを話しておくべきだったな。
「俺の方こそごめんな。アヤメに嘘ついちまって」
アヤメを笑顔にさせると言っておきながら、とんだバカをしてしまった。
アヤメが落ち着きを取り戻したところで、五人は作戦会議を始めた。
「何はともあれ二人とも無事で良かったです!」
「だが雷嵐龍とは離されてしまったぞ……」
ザックの回復を待っている間に雷嵐龍の姿はどんどん小さくなっていった。
「アヤメの強化魔法で走っていけば最終防衛ラインまではまだ間に合う。もう少しだ。もう少し耐えれば騎士団が来てくれるかもしれない」
雷嵐龍がやって来た方角の空は黒雲が晴れつつあるが、既に太陽は朱くなっている。
間もなく陽は完全に落ち、夜を迎える。アーネストとセームの距離は馬車でおよそ半日。連絡にかかる時間も含め、騎士団が早馬を飛ばしていればもうすぐ到着するはずだ。
「でもどうやって足止めするんすか?ザックさんの剣もアヤメさんの魔法も効いてないのに……」
ブレイから手痛い指摘を受ける。
先程の戦闘でこちらの力の底が完全に明らかになってしまった。このままでは雷嵐龍に追いついても戦える方法が残されていない。
「せめて俺にもっと力があれば……魔法で斬撃を飛ばせたり、大太刀を振り回せたらこんなことには……」
ザックが呟いた瞬間、ハッとした表情になったアヤメが両手を握ってきた。
「それです!ザック、ここからの作戦は私に任せてください」
「何をする気だ?」
「私とザックの力を合わせるんです!」
「力を合わせるってことは……もしかして付与魔法を使うのか?」
付与魔法とは、武器に炎や氷といった属性魔法を纏わせ、ダメージを上げる魔法だ。魔法が使えない者であっても、属性攻撃を可能にさせる手段として広く知られている。魔法の難易度としてもそこまで高くない位置にあると言われており、アヤメも数種類使いこなすことができる。
「いえ、付与魔法とはちょっと違うものを考えています。準備に少し時間がかかるかもしれませんけど――」
「時間稼ぎなら俺たちに任せてください!」
「これでもタンクなんだ。魔獣を引きつけるのには慣れている」
「前に出ないって約束は破ることになりますけど、危険になったらすぐ逃げますから!」
ブレイ達もすっかりやる気になっている。四対一ならこちらが折れざるを得ないだろう。
「……分かった。みんな、絶対に無理はするなよ」
「ザックに言われても何の説得力もありませんよ」
「あ~あ、ザックさん言われてますよ」
「んんぅ……」
アヤメの皮肉めいた返答に、思わず渋い顔をしてしまう。
「それでは皆さん行きましょう!時間がありません!」
フィーチャーに足止めを任せたザックとアヤメは最終防衛ラインに到着していた。三人の実力を考えれば五分持てばいいくらいだろうか。
「それで……アヤメは何をするつもりなんだ?」
「今から私の魔法をザックに授けます」
「……?それは付与魔法と何が違うんだ?」
アヤメの言っている意味が分からず、思わず首を傾げてしまう。
「付与魔法は魔法で刀に属性をつけるだけですけど、今からかけるのは私の魔法をザックが使えるようにする魔法です」
「――っ!そんなことができるのか!?」
俄かには信じられなかった。魔法が使えない人間であっても魔法が使えるようになる魔法。そんなもの聞いたことも無い。成功すれば世界の常識すら変わりかねない大発明だ。
「初めてやるので成功するかは分かりません。でもこれしか無いと思うんです。私の魔力をザックの切れ味鋭い剣技に乗せる。これならば――」
確かにアヤメの魔力を生かすことができれば、雷嵐龍の厚い表皮を切り裂くことができるかもしれない。通常の付与魔法では魔法のコントロール権はアヤメにあるので、折角の魔力を生かしきれない可能性が高い。単純な足し算にしかならないのだ。
でもザックが魔法を自在に使えるというのであれば話は違う。ザックの剣技にアヤメの魔法を完璧に上乗せできれば、二人の力を最大限に生かせることができるかもしれない。
「俺に魔法が使えるんだろうか……」
アヤメの魔法の腕はそこまで心配していない。攻撃魔法は発展途上だが、補助魔法や回復魔法のように味方にかける魔法であればほぼ完成しているといってもよいだろう。
問題はザックだ。
生まれてこの方、初歩の魔法一つできた試しがない。できる兆しすらなかった。アヤメの魔法が成功したとして、ザックが魔法を使えることができるのか。
肺がつぶされそうなほど息苦しくなり、不安で目の前が塗りつぶされていく。
「ザック」
「ちょ……!アヤメ!?」
心が不安という暗闇に包まれそうになったその時、優しい声で語りかけるアヤメが後ろから抱きしめてきた。
「私はまだザックの全てを知りません。でもザックが誰よりも優しくて、努力家で、どんな困難にも立ち向かっていける勇敢な人であることは知っています。そんなザックが負けるはずがありません!だからザックも自分自身を信じてください!」
体を締め付けてくる腕の力が強まる。
……いつも自信を持てってアヤメに言われてばっかだよな。
最近は少しだけましになったけど、また弱い自分が出てきてしまった。
ここで変われなきゃ、きっと一生変われない。みんなの憧れのヒーローなんて夢のまた夢だ。
そっとアヤメの腕を外して、後ろを振り返る。
「ありがとな。俺を信じてくれて……」
「いい顔になりましたね」
アヤメがにこりと笑う。なぜだか分からないが、この笑顔があれば負ける気がしない。
「――ザックさーん!そろそろ限界っす!」
ブレイの声がこちらに近づいてくる。もう猶予はほとんど無いらしい。
「時間がありません!ぶっつけ本番でいきます!」
「ああ!頼んだぞ!」
決着の時はすぐそこまで迫っていた。