44 VS雷嵐龍 中編
最初の一撃を食らってから何時間経ったのだろうか。黒雲に覆われた空は次第に闇を強めていく。雲の向こうでは間もなく日が沈む頃だろう。
「がはっ!」
ザックは今日何度目か分からない強烈な尻尾の薙ぎ払いを食らう。
雷嵐龍の尻尾の直径はザックの身長よりも大きい。尻尾は鋼鉄のような硬い鱗に覆われており、当然その質量も重い。まるで等身大の鉄球をぶつけられ続けるような感覚だ。
回復魔法で傷こそ癒えるが、疲労は少ししか回復されない。重たくなった体は、雷嵐龍の攻撃を受け流しきれなくなりつつある。
「ザック!」
後ろからアヤメの悲痛な叫びが聞こえる。
「……ってぇなぁ……アヤメ、【サバイビング・ブースト】だ。結構痛みが強くなってきた……」
アヤメに指示を飛ばしながら、刀を杖代わりにして立ち上がる。
「…………【サバイビング・ブースト】……」
弱々しいアヤメの詠唱と共にザックの体が赤く光る。言葉に力を無くとも、魔法の力は落ちていない。
大丈夫だ、まだ戦える。
――大切な相棒が傷付き続けているのを見ていられない。
今のアヤメの気持ちは痛いほど分かる。もし逆の立場ならザックは耐えかねて、アヤメの盾になろうとしていたに違いない。
本来ならばアヤメと二人で前線に立つべきなのだろう。ザックとアヤメは同じ夢を目指す相棒。共に助け合うことを誓い合った仲間なのだ。今回のリビングデッド作戦のようにザックだけが危険を負うのは誓いに反している。
それでもザックはこの戦術を選んだ。
この作戦でなければ全てを守ることができないからだ。
「おらああああぁ!【迅雷断】!」
ザックは左足の脛、その一点に攻撃を集中させ続けている。斬撃の回数は百を超えたところから数えるのを止めた。途方もない戦いに心が折られないようにするためだ。
鱗は完全に剥がれ落ち、黄色の混じった黒色の肉が露になっている。
鱗が無くなった部分目がけて何度も斬りつけるが、雷嵐龍は痛がる素振りを見せない。ザックの刀では深くまで斬りつけることができないために、ほとんどダメージを与えられていないのだろう。
ダメージが入ってないことを認識するたびに自分の才能の無さを悔やむ。
自分に魔法の才能があれば、刀身を伸ばして深く斬りつけることができるのに。
自分がもっと力持ちなら、刀身が長い大太刀や大剣を振るうことができるのに。
でも今はこれしかない。とにかく自分が囮になって、雷嵐龍の進行を食い止める。せめて増援が来るまではザック一人が攻撃を貰い続けなければならない。
「はぁ……はぁ……っと!危ねっ!」
頭上から降り注ぐ光弾の雨を全速力で回避する。電気を纏っている光弾は当たると大ダメージになりかねないが、攻撃モーションは分かりやすい。頭部に気を配ってさえいれば回避自体は容易だ。
雷嵐龍の注意が後ろのアヤメ達にいかないように、雷嵐龍の側面に逃げるように走る。
しかし逃げた先には、幾度となくザックを吹き飛ばした巨大な尻尾。知能の高い雷嵐龍はこちらの動きを察知して攻撃を放ってくる。
「ぐあっ!?」
またしても尻尾の薙ぎ払いを避けることはできず、ザックの体は吹き飛ばされる。
「もう我慢できません!」
「あ、アヤメさん!」
ブレイの静止を振り切って走ってきたアヤメがザックと雷嵐龍の間に割り込む。
「アヤメ!来るなって言ったはずだ!」
「これ以上は見ていられません!私も戦います!」
「ダメだ!今の君じゃ危険すぎる!」
雷嵐龍の前に立ちはだかったアヤメは、自分の身長よりも数倍大きい魔法陣を展開する。
「【バーニング・サーフェイト】!!」
アヤメの最も得意とする火属性の攻撃魔法。巨大な火球が雷嵐龍の左足目がけて放たれた。火球は表皮が露になった左脛に直撃し、爆風を撒き散らす。
しかし雷嵐龍は怯む素振りも見せず、アヤメを睨みつける。
「嘘っ……全然効いてない……」
アヤメの攻撃魔法は確かに強力だが、そのほとんどは属性を帯びた魔力の塊を敵にぶつけるだけである。体を切り裂いたり貫くものは無い。A級レベルの魔獣であればそれでも一撃で倒せるが、雷嵐龍のような表皮が厚すぎる魔獣には大したダメージとはならないのだ。
「アヤメ、早く防御魔法を!」
愕然としているアヤメに指示をする。雷嵐龍は口を開き、雷を溜め始めている。
「は、はい……!【ロッキング・イージス】!」
アヤメの眼前に巨大な岩の壁がそそり立つ。需要が無いため、普段のクエストでは滅多に見ないアヤメの防御魔法。大型魔獣の突進でもびくともしない鉄壁の盾だ。
しかし雷嵐龍の光弾はいとも簡単に岩の壁を吹き飛ばす。
「きゃああああああ!」
直撃は免れるが、壁が吹き飛ばされた余波でアヤメの体も後ろに投げ出される。
「ううっ……」
幸いにもアヤメは吹き飛ばされただけで、気は保っている。
だが雷嵐龍は攻撃の手を緩めない。すぐに次の光弾を発射する準備を始めている。
このままではアヤメは光弾を避け切れない。しかもアヤメは自身に防御力の強化魔法をかけていない。一発でも食らえばおしまいだ。
今からアヤメを担いで距離を取ることも間に合わない。そうなると残された手段は一つしかない。
持てる力の全てを振り絞ってアヤメの下へ走り出す。
ガアッ!
雷嵐龍の咆哮と共に紫電を纏った光弾がアヤメ目がけて放たれる。
「ぐああああっ!!」
間一髪のところで光弾とアヤメの間に自らの体を投げ入れる。アヤメの補助魔法のおかげで威力は抑えられているが、体中に電流が迸る。
「ザック!!」
「「「ザックさん!!」」」
泣きそうな顔になっているアヤメを視界に入れながら、ザックは崩れ落ちる。意識はあるが体が思うように動かせない。
光弾のせいか、補助魔法の効果が薄れていく感覚がある。
何とかアヤメを守れたが、このままでは次の一発でアヤメもろともあの世行きだ。
(ここで終わりか……)
全てを諦めかけていたその時、ブレイの声が聞こえてきた。
「二人を助けに行くぞ!アランは俺のサポート、ライオは目くらましの魔法を!」
「おう!」
「はい!【スプレッドミスト】!」
ライオが魔法で辺り一帯に白い霧を撒き散らす。
驚いたかのような雷嵐龍の声が頭上で聞こえる。視界が遮られたことで攻撃を止めたらしい。
「ザックさん!アヤメさん!」
霧で視界が大きく狭まっているにもかかわらず、ライオとアランは一直線にこちらに向かってきた。
「ザックさん!大丈夫っすか?ここは撤退しましょう!」
ブレイの肩に担がれ、雷嵐龍のいない方へ引きずられる。アヤメもライオに肩を貸してもらいながら同じ方向へ撤退する。
雷嵐龍の足音が遠のいていく。ザック達を諦めて進行を再開したらしい。
(くそっ……このままじゃ……)
不甲斐無さに拳を握りしめることすらできない今の自分に胸がいたく締め付けられた。