42 全てを守るために
雑木林を抜けた先には平原が広がっていた。いつもならば青空と瑞々しい芝生が映える穏やかな場所らしいが、空は黒い雲に覆われている。
吹き抜ける風は湿気を孕んで生温く、間もなく訪れる荒天を知らせているかのようであった。
恵みの大地が見えなくなるところでようやく五人は足を止める。眼前には魔獣と思しき影も無い。どうやら雷嵐龍の到着前に恵みの大地を突破できたらしい。
「何とか間に合いましたね」
「ああ。これもお前たちのおかげだ。ありがとな」
フィーチャーの三人に謝意を伝える。三人は照れくさそうに頭をかいたりするが、すぐに真面目な顔を作る。
「い、いえ!滅相もありません。それよりもこの後はどうするつもりですか?」
「とりあえずは休憩だな」
「休憩……ですか?罠の準備とかはやらなくていいんすか?」
「そんな時間は無い。体を休めることに専念すべきだ」
雷嵐龍は小屋を踏みつぶせるほどの大きさだと聞いている。そんな大物の動きを封じる罠の設置には最低でも一時間はかかるのだが、接敵の予想時刻まで三十分もない。
罠による時間稼ぎは諦め、先ほどまで走り続けた体を休めるのが賢明だろう。
五人は腰を下ろし、フィーチャーの三人が買ってきた回復薬を口につける。
「そういえば俺たちは何をすればいいんすか?ここまできて街に戻るっていうのは無しっすよ」
「分かってるよ。三人のメインの仕事はアヤメのサポートだ。アヤメの後ろで回復薬や魔力ポーションの供給をしてくれ」
「ザックさんにはサポートをつかなくてもいいんですか?」
「前線はできるだけ俺一人で注意を引いておきたいからな。俺のサポートはアヤメだけで十分だ」
さっきのヘッドシザースの時と同じく、的が少ない方が相手の動きを予測しやすい。
それにアヤメの魔法であれば、距離が離れていても補助魔法や回復魔法がザックに届く。フィーチャーがアヤメをサポート、アヤメがザックをサポートするという構築がベストの布陣だろう。
今回に限れば別の理由もあるが、それを口にする訳にはいかない。
「ザック……本当にあの作戦をするつもりなんですか?」
アヤメが不安げな表情で問いかけてくる。「あの作戦」というのは、バーナードから教えられた情報を基に考えた、雷嵐龍の進行阻止に特化した作戦である。
今回の目的はあくまで時間稼ぎ。騎士団かS級冒険者が増援に来るまで、雷嵐龍を恵みの大地に侵入させないことが最も重要だ。現状の戦力で撃退を目指すのは危険極まりない。討伐なんて以ての外だ。自分たちの実力を冷静に分析し、その中で最善を尽くすのが得策なのは間違いない。
――実際は時間稼ぎすらもかなり厳しいのだが……
「アヤメの魔法が効いてくれればそれでいいんだけど、バーナードさんの話じゃ期待は薄い。そうなればおそらくあの作戦が一番成功する可能性が高い」
「でもあの作戦はザックが危険すぎます。今からでも別の作戦を考えた方が――」
「多少の危険は承知の上だ。それにこの作戦ならリスクを背負うのはほとんど俺だけだし。そういう意味ではリスクも一番低い」
「だからやめましょうって言ってるんです!」
アヤメは大声を上げるが、こちらとしても譲る気はない。現状のザック達が雷嵐龍の進行を抑えるのに最良の手段であること自体は間違っていないのだから。
「ザックさん。さっきから言っている「あの作戦」ってどんな作戦なんすか?」
「そうだな……名づけるとすれば『リビングデッド作戦』だな」
「リビングデッド作戦……?」
「簡単にいうと、アヤメの魔法で防御力を上げた俺が延々と雷嵐龍の的になり続けるっていう作戦だ。万が一雷嵐龍の攻撃を受けてもダメージは軽減されるはずだし、回復魔法で何度でも戦えるっていう寸法だ」
「何度攻撃しても倒れないからリビングデッドってことっすか?」
「そういうこと」
バーナードの見解によれば、現在の雷嵐龍は『激昂状態』という凶暴性が増大している可能性が高いらしい。激昂状態の雷嵐龍は思うが儘に暴れ、刃を向けてくる者に対しては誰彼構わず叩き潰そうとするそうだ。
アヤメの魔法で雷嵐龍の動きを拘束できればベストなのだが、雷嵐龍は膂力の高い魔獣。おそらく長くは持たない。
そこでザックが考案したのがリビングデッド作戦だ。
今の雷嵐龍は進行よりも邪魔者の排除が優先的な状態にある。この状態を利用し、半ば不死身となったザックが延々と雷嵐龍の前に立ち塞がり続けることで雷嵐龍の進行を鈍らせるという作戦だ。
「そりゃあアヤメさんが反対するのも分かりますよ」
「せめて僕たちも囮に参加するのはダメなんですか?」
「ダメだな。これは俺にしかできない」
首を横に振りながらアランとライオの意見を一蹴する。
リビングデッド作戦に一番不可欠なのは回復魔法と強化魔法を使い続けるアヤメだ。作戦の成功のためには、いかにアヤメを守れるかが肝要となる。しかし雷嵐龍には光弾攻撃もあるため、後衛のアヤメであっても攻撃に晒される可能性がある。
そこでザックの技能が役に立つ。露払い時代に殿や囮を任され続けたザックは魔獣の気の引き方を心得ている。最前線でザックが攻撃を受け続けることで、アヤメは守られる。そして無傷のアヤメがザックの回復と補助を続ける。その結果として雷嵐龍の進行を阻止することができるだろう。
まだまだ未熟なフィーチャーにはこの役目を任せる訳にはいかない。
アヤメもフィーチャーの三人もどこか不満げな表情を浮かべているが、街の全てを守るためにはこの作戦こそがベストなのだ。
「はぁ……ザック、最後に一つだけ聞いてもいいですか?」
「何だ?」
「この作戦、私たちを生かすことを最優先に考えていませんよね?」
アヤメが全てを見透かすかのような鋭い目でこちらに視線を向ける。
「……違うな。俺が露払いで培ったスキルとアヤメの魔法の力。その二つを最大限に生かした、今の俺たちにできる最良の作戦だ」
「……そうですか。それならば異存はありません。皆さんもいいですよね」
アヤメの問いかけにフィーチャーの三人は戸惑いながらも頷く。
「でも最初に私の魔法を試させてください。リビングデッド作戦はその後です」
「ああ。分かって――」
ガアアアアアッ!
ザックが答えようとして瞬間、来た道とは反対側から雷鳴のような咆哮が聞こえてきた。上空の雷雲も厚くなり、ゴロゴロと嫌な音を立て始めている。
「来たか……みんな、覚悟はできてるよな?」
「「「はい!」」」
「もちろんです。セームの街も恵みの大地も、全てを守ります!」
「よし、行くぞ!」
立ち上がった五人は、雷嵐龍の咆哮がする方へ歩を進め始めた。




