表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/51

40 雷雲急を告げる


 ザックとアヤメがセームの街に来てから数日が経っていた。


「おはようございます!今日もよろしくお願いします!」

 ギルドでは、やる気に満ち溢れているフィーチャーの三人組が待ち構えている。


 セームの涙の採取クエストが終わった後、ブレイ達が修行の申し出をしてきたのだ。あの日から恵みの大地は封鎖されたことで、彼らはやることが無くなってしまったらしい。

 こちらとしてもただ待機しているだけでは退屈だったので、申し出を受け入れ毎日共に汗を流している。


「君たちに来てもらって正解じゃったな。こやつらの扱いには儂もほとほと困っておってのぉ……それをたった一日で手懐けるとは。いやはや恐れ入ったわい」


 ブレイ達の後方ではバーナードがにこやかにコーヒーを啜っている。今日は既に散歩を終えたのだろうか。


「マスター、俺たちのことを何だと思ってたんだよ!?」

「調子に乗りまくっている厄介な若手パーティじゃが?」

「うっ……!」

「今までの自分たちを思い返すと否定できませんね……」

「……って、そんなことよりザックさん。早く稽古をつけてください!」

「ん、そうだな。それじゃあバーナードさん、失礼します」

 

 ブレイに急かされてギルドに併設された修練所に向かおうとしたところで、受付デスクに繋がる職員用の扉が勢いよく開けられる。


「はぁはぁ……マスター、大変です!これを……」


 奥から出てきたのは、先日ザックとアヤメのことを物好きと評した受付のお兄さんだ。彼は息を切らしながら、一枚の書類をバーナードに手渡す。

 書類に目を通したバーナードは目を見開き、「なんじゃと!?」と声を漏らす。厳しい顔つきから察するに、どうやら只事ではないらしい。



「バーナードさん。一体何があったんですか?」

「……君たちもこれを読んでくれ」


 バーナードから手渡された書類の一行目には、『緊急連絡』と書かれていた。


「えっと……『緊急クエストに参加した冒険者は回復術師を除き、全員が戦闘不能状態に陥り全滅。なお、撃退目標である雷嵐龍はセーム方面に向けて進行中。以下の区域に在住する者は至急アーネストに避難されたし』って……」


 文章の下には雷嵐龍の予想進行ルートとその到達予想時刻。そして避難の対象エリアが地図に示されていた。

 それによれば、雷嵐龍は今日の昼過ぎには恵みの大地に到達。夕方にはセームの街に到達することになっている。もちろん街全体が避難の対象区域だ。


「あの……雷嵐龍とはどのような魔獣なのですか?」

「雷嵐龍とは雷鳴の山を住処にしている古代魔獣じゃ。こやつの現れる所には雷が落ち、大火災で嵐が過ぎ去ったように何も残らなくなる。討伐するにはS級冒険者複数人が協力しなければ手に負えないというのが王都ギルドの見立てじゃな」

 アヤメの疑問に答えたのはバーナードであった。


「バーナードさん。随分詳しいんですね」


 古代魔獣絡みのクエストは緊急クエストにならない限り、全てS級クエストとして扱われる。S級クエストは王都ギルドの管轄であるため、地方のギルドには古代魔獣の情報がもたらされること自体稀である。


「昔、王都ギルドで古代魔獣の観察を任されておったもんでな。これはその時の杵柄じゃよ」

「それじゃあ今回の緊急クエストの指揮権が本来このギルドにあったっていうのは……」

「もちろん、儂の知識あってのことじゃ。だがノゲノラのギルドマスターは自分たちの手柄をアピールしたいがために、指揮権と冒険者だけを持っていきおったのじゃ」


 そこまで言ってバーナードは深いため息を吐く。

 どうやら緊急クエストの失敗は起こるべくして起こった事態のようだ。


 何ともやるせない気持ちになるが、もう起きてしまった事を悔やみ続けても仕方がない。大事なのはこれからどう動くべきかだ。

 相手は何十人もの冒険者を一蹴した最強の古代魔獣。セームの街の戦力はザックとアヤメを除けば、D級になりたてのフィーチャーがギリギリ計算に入りそうなレベルで残りはE級以下の下級冒険者しかいない。


「とにかく避難を最優先に動きましょう。死んでしまえば何もかもおしまいです」

「そうじゃな……今から準備をすれば雷嵐龍が来るまでに十分逃げられる。儂らはできるだけ馬車を準備する。君たちは住民に避難の準備を――」


「ちょっと待ってくれよ!」


 バーナードの言葉を遮ったのはブレイだ。手にはザックが持っていたはずの緊急連絡の書類が握られている。


「マスターの話が本当なら、このままじゃ恵みの大地もセームも終わりってことだろ?そんなんじゃ命が助かっても意味ねえじゃんかよ!」


 ブレイの言っていることは一理ある。今から避難をすれば持ち出せるのはお金とわずかな貴重品ぐらい。雷嵐龍が来てしまえば住処はもちろんのこと、富を生み出す恵みの大地も荒野になってしまうだろう。

 しばらくは王国からの復興支援で暮らしていけるかもしれないが、それも長くは続かない。復興には時間もかかる。そうなれば路頭に迷う者も出てくるだろう。


「儂だってこの街を守りたい……だが今の儂らに全部を守ることはできん。セームの未来を背負うお前たちを危険に晒すわけにいかんのじゃ。どうか分かってくれ……」

「分っかんねーよ!このままじゃセームに未来は来ないだろうが!俺たちに何を背負えって言うんだよ!それなら俺たちの手であいつを止めてみせる!」


 バーナードとブレイの会話は平行線をたどり続ける。両者の主張も理解はできる。だが現実的なことを考えれば、バーナードの意見の方がもっともだ。

 雷嵐龍に立ち向かって死んでしまえば未来は絶対に訪れない。そもそも戦ったところで雷嵐龍の進行を止められる保証はどこにもない。ザックとアヤメの力があってもセームの街の被害を抑えるのがやっとで、恵みの大地までは間に合わないだろう。



「バーナードさん。雷嵐龍が恵みの大地に近づくまでに、雷嵐龍と接敵することはできますか?」

「アヤメ!?」


 突然二人の会話に入ってきたのはアヤメであった。


「恵みの大地を突っ切れば間に合うかもしれんが――」

「この前先輩にいいルートを教えてもらったんです!そこを通れば確実に間に合います!」


 バーナードが言い切る前にブレイが答える。


「ブレイ君、それは間違いないんですね?」

「あのルートなら魔獣がたくさん出てきても絶対に間に合うはずです!」


 ブレイの答えを聞いたアヤメは意を決したように宣言する。


「私が雷嵐龍と戦います。どれほどの相手かは分かりませんが、せめて増援が来るまでの時間稼ぎをしてみます」


 相手は大勢の冒険者部隊を全滅させた古代魔獣。いくらアヤメの魔法が強力とはいえ勝てる見込みはほとんど無いだろう。

 そして問題はそれだけではない。雷嵐龍と交戦するためには、恵みの大地に突入する必要もある。

 生態系やヒエラルキーが崩れている可能性が高く、不安定な状態にあるダンジョン。そんな危険地帯に足を踏み入れるだけでもリスクが大きい。


「アヤメ!?いくら何でも無茶が過ぎる!ここは避難を最優先に動くべきだ!」

 当然のことながら、アヤメの意見を強く否定するザック。

 しかし、ザックの言葉とは裏腹にアヤメの目には揺るぎない決意の炎が宿っていた。



「…………ザックは私と初めてダンジョンで会った時のことを覚えていますか?」

「もちろんだ。マジックオルトロスを倒した時だろ?」

「はい。その時のザックは倒せるかも分からないのに私を助けに来てくれましたよね?」

「まぁ……あの時はそうしなきゃやばいって思ったから……」


 数ヶ月も前のことなのに昨日のことのように思い出すことができる。あの時のザックにはアヤメを助けられる保証なんてどこにも無かった。それでも助けに行ったのは自分が憧れるヒーローになるためであった。


「そのことを聞いたとき、私思ったんです。どんなに無謀でも絶対に不可能じゃない限りは諦めない。私が目指す希望ってきっとこういう人なんだろうなって」


 きっと今のアヤメはあの時の自分と同じ気持ちなのだろう。

 たとえ成功する見込みは限りなく低くとも、ゼロにならない限りは諦めない。それがアヤメの目指す『希望』なのだろう。


 彼女の言葉がザックの中の何かを熱く奮わせる。

 どうやらザックはセームの希望になろうとするあまり、確実性の高い選択肢こそが正解のように見えていたらしい。

 ――そうだよな。全てを守るために戦うのがヒーローとしての最適解だ。


「理屈の上ではザックの言っていることの方が正しいのは理解しています。だからザックは避難する住民の護衛をしてください。私は――」

「アヤメ。悪いけど君を一人で行かせるわけにはいかない」

「ザック!」


 真意が伝わっていないのか。アヤメはザックに縋りつく。


「行くなら俺も一緒だ。俺たちは二人でみんなの希望になるんだろ?」

「……はいっ!」

 必死に懇願していたアヤメの顔がパッと明るくなる。


「ザックさん、アヤメさん!俺たちも連れて行ってください!!」

「戦力にはならないかもしれないけど、道案内くらいはさせてくれ!」

「僕たちもセームを守りたいんです!」


 フィーチャーの三人もアヤメと同じように覚悟が決まった目をしている。

 自惚れていた以前までの三人とは違う。自分たちの無力を理解したうえで付いていくと言っている。彼らには避難する住民の護衛を任せるつもりだったが、今の彼らなら何か力になってくれるかもしれない。

 それに彼らは恵みの大地に精通している。危険は伴うが、三人を連れていくメリットの方が大きいだろう。



「二つだけ約束してくれ。決して俺たちの前には出ないことと、危険になったら俺たちを置いてでも逃げること。これが約束できないなら――」


「約束します!二人もそうだよな?」

 ブレイの声にアランとライオは首を何度も縦に振る。


「分かった。お前たちの力を貸してくれ」

「「「はいっ!」」」


「待てお前たち、正気か!?」

 すっかり蚊帳の外になっていたバーナードが強い声を発する。


「俺たちは本気なだけですよ、バーナードさん。成功する保証はありませんけど俺たちは行きます。万が一に備えてバーナードさんは避難の指揮をお願いします」


 もうザックの気持ちは揺るがない。それはアヤメやブレイ達も一緒だろう。

 五人の顔を見てバーナードは諦めたような表情になる。


「んぬぅ……そこまで言うのなら仕方ない。それでもあと二十分は待て!」

「行くならすぐの方がいいだろ!」

「今から雷嵐龍の特徴を教える。知ったところでどうとなるものではないが、何も知らんよりかはマシじゃろう」


 完全に納得はしていないのだろうだが、バーナードなりにザック達をサポートしてくれるらしい。バタバタと足音を立てながらマスターの執務室に入っていった。

 相手は未知な部分が多い古代魔獣。どんな些細な情報でも有難い。


「ありがとうございます!あとお兄さんはアーネストの王国騎士団の駐屯地に俺の名前で救援要請をしてください。知り合いがいるので何とかなるかもしれません」

「わ、分かった!」


 すっかり呆気にとられていた受付のお兄さんに連絡を任せる。

 ここから一番近い都市はアーネストである。本来ならば冒険者ギルドへ救援を呼びたいところだが、中級以上の冒険者は既に緊急クエストに参加している。そうなれば直接騎士団に要請をする方が賢明だ。

 幹部候補生のウィルであれば、ある程度の部隊を動かせる権限があるだろう。最低でも半日はかかるだろうが、こちらの足止め次第では間に合うかもしれない。

 騎士団が到着すれば撃退の可能性は大きく上昇する。そこまでしのぎ切れるかが防衛に成功するかの分かれ道だ。


「アヤメは俺と一緒にバーナードさんの話を聞いて作戦会議。ブレイ達はこれでありったけの回復薬と魔力ポーションを買ってこい!二十分後にここを発つ!」


 限られた時間内でやれるだけのことはやっておかなければならない。ザックはブレイに金貨を数枚押し付けて、バーナードの持ってきた古い文献に目を通し始めた。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ