4 人員整理
キングゴーレムに敗戦してから二週間、テリーからの招集で方舟のメンバーはギルドに集まっていた。
「みんな、彼が新しい方舟のメンバー、サルトだ」
テリーの隣には長身の男が立っていた。
「サルトだ。今日からこの方舟のリーダーを任せてもらうことになった。みんなよろしくな」
煌びやかで防御力の高そうな鎧を身にまとい、これまた攻撃力の高そうな大剣を背負う大男――サルトは爽やかな笑顔で挨拶をする。
整った顔立ちも相まって、いかにも優等生といった雰囲気が溢れている。
しかしサルトは今、聞き捨てならないことを言った気がする。
「あの……リーダーってどういうことですか?」
ザックと同じ疑問を抱いたウィステリアが遠慮がちに尋ねる。
「この中じゃA級冒険者の俺が一番強いからだ。一番強い奴がリーダーをやるのは当然だろ?それに俺は魔法剣士だ。魔法も使えるし剣も使える。パーティの中心でリーダーをやるのにふさわしいはずだ」
「サルトにはこのパーティの全権を任せるということで加入してもらった。彼は王都のギルドでS級パーティに参加していたこともあるらしい。きっと俺たちの力になってくれるはずだ」
テリーは自分が言っていることの危険性に気が付いていないのか、あっけらかんとした様子で答える。
不安が的中したザックは堪らず、小声でテリーに話しかける。
「おい、大丈夫なのか?」
「ん?大丈夫って何が?」
「いや、全権を任せるのはいくら何でもまずいだろ……せめて大事なことは多数決で決めるとかさ」
いくらサルトが優秀であるとしても、一人に権力を持たせるのはまずい。しかも全権を託すということはクエスト中の作戦だけではなく、パーティの運営に関わることまで任せるということになるだろう。とりわけ報酬の配分まで一人に委ねるのはトラブルの種になることが目に見えている。
「大丈夫だって。本当にまずい時はみんなで止めればいいんだからさ」
それでもテリーは危機感などまるでなさそうにヘラヘラとしている。全権を任せるということは、残りの五人が反対してもサルトの意見が優先されるということを理解していないらしい。
どうすればテリーは分かってくれるか。頭を悩ませていると、サルトが手をパンパンと叩いてザックたちの注目を集めた。
「みんな聞いてくれ。この方舟は次のクエストでA級パーティとなる。俺はかつてS級パーティにいたから分かるんだが、A級クエストというのはB級以下のクエストとは比べものにならないほど困難を極める。しかし、A級パーティであり続けるにはA級クエストをクリアできなければならない。そのためには多くの資材が必要だ。無駄は削らなければならない」
唐突に演説を始めたサルトはザックの目の前にやって来て、ザックの肩に右手をポンと置いた。
「ザック、今日付けで君には方舟を辞めてもらう」
「…………えっ?」
突然の発言にザックの脳の理解が追いつかない。
言葉を発せなくなってしまったザックなどお構いなしに、サルトは笑顔を崩さずに淡々と理由を告げる。
「人員整理だよ。露払いなんていてもいなくてもいいからな。そんな役割にみんなと同じ報酬を分けるのはおかしいだろ?それに聞くとこによると、君は力持ちでもなければ何一つ魔法も使えないそうじゃないか。A級パーティというのは優秀な冒険者の集まりのことをいうんだ。君みたいな才能のかけらもない冒険者がいていい場所じゃないんだよ」
「ち、ちょっと待ってくれ!そんなの聞いてないぞ!」
ようやく頭が追いついたザックは、サルトに反論をぶつける。
確かに一週間前、渋々ではあるが新しいメンバーを入れることには同意した。しかし、その時の話し合いは五人から六人になることを前提に進めていたはずだ。
自分が追放されることは無いはずだ。縋るような思いで他の四人の方へ眼差しを向ける。
「言われてみればザックって別に要らないわよね。B級魔獣に一度もダメージを与えたこと無いし」
「A級以上では【露払い】を入れないパーティが多いって聞くし、ちょうどいいんじゃないかな。この前のキングゴーレム戦でも役に立たなかったし」
「サルトが魔法も使えて剣も使えるなら一人二役だし、余計に要らないわね。そもそも雑魚狩りなら私たちでもできるんだからお金の無駄よね」
しかし、ユーリ、ウィステリア、スフィアの三人はあっさりとザックを見捨ててしまった。
しかもただ見捨てるだけではなく、彼女たちは一様にザックを貶め始めた。挙句の果てには、ここ最近のクエスト失敗はザックのせいだ、とまで言い放った。
ザックから言わせてもらえば、【露払い】に専念しなければザックにも大型魔獣への攻撃は可能であった。「ダメージを与えたことが無い」ではなく、「ダメージを与える機会をみんなが与えてくれなかった」というのが正しい。
それに、討伐対象以外のほぼ全ての魔獣を一人で狩り続けているのだから、常に少なからず貢献はしている。
もっと言えば、回復薬は五人の中で一番使っていない。それなのに報酬の分け前も四人より少なめなのだからお金の無駄だというのは心外だ。
むしろ、いつもそれだけのお膳立てをされておきながら、大型魔獣を倒しきれない他の四人にも責任はあるはずだ。しかも一人で何本も回復薬を消費しておきながら、必要経費だといって回復薬の代金は全員の報酬から平等にとっている。
「そんな……俺だって……」
これまでのパーティ内での立場の低さ故か、思うように言葉が出ない。何を言っても簡単に反論されてしまう未来が想像ついてしまうのだ。
「リーダーであるサルトが言うことは絶対なんだ。俺たちのためにも受け入れてくれ」
元リーダーとなったテリーだけは頭を下げてくる。でも「俺たち」の中にザックが入っていない以上、テリーの中でもザックはどうでもいい存在なのだろう。
立つ瀬が無くなったザックはどうすることもできなくなってしまった。
「そういうことだ、ザック。新しいパーティでも頑張ってくれ」
サルトは最後まで爽やかな笑顔を崩すことなくザックに最後通告を言い放った。
「……分かった。じゃあなみんな」
引き取り手のいなかった俺を受け入れてくれた方舟の面々には感謝の気持ちもあった。仲間のためにザックは日々研鑽を続けてきた。自らの剣の鍛錬の時間を削ってでも、効率よく魔獣を倒せるように魔獣について多くのことを学んだ。パーティの休養日には斥候や殿役の練習のために一人でクエストに挑み続けた。
みんなの役に立てるように、露払いに必要な技術の上達に余念を残すことは一切しなかった。それも全て、自分を受け入れてくれた方舟への恩義があったからだ。
しかし、いくらなんでもこの結末はあんまりだ。ザックは決して感謝の気持ちを告げることなく、ギルドを後にした。
……去り際にチラッと見えたサルトの口角が不自然につりあがっているように見えたのは気のせいだろうか……
今日中にあと数話投稿する予定です。
よろしくお願いします。