39 一方その頃 後編
雷嵐龍との戦闘が始まって数十分。当初は優勢かと思われた戦局は次第に冒険者たちにとって不利なものに傾きつつあった。
雷嵐龍は冒険者たちの攻撃から身を守ろうとしなくなったのだ。首付近への攻撃を気にも留めず、一歩、また一歩と歩みを進め始めた。
「おいBチーム!どうなってんだ!ちゃんと足止めしろや!」
「それはこっちのセリフだ!しっかり攻撃を当てろ!」
攻撃が通らなくなったことへの焦りと苛立ちからか。冒険者たちの集中力は切れ始め、両チームの間に不和が広がり始めていた。
「どうしてっ!攻撃を避けなくなったのよ!」
Aチームのリーダーであるユーリが魔法を放ちながら叫ぶ。
(そんなの決まっている。防ぐ必要が無いことを理解したからだ)
当たり前のことを理解していない仲間の声にサルトは嘆息する。
百人以上の冒険者が同時に攻撃しても雷嵐龍には一切ダメージが通っていない。
雷嵐龍からしてみれば、降りかかっても熱くない火の粉をわざわざ振り払う必要はないのだろう。Aチームの攻撃を分散させてしまったのが裏目に出てしまった。
「サルト!何かいい作戦は無いの!?」
サルトは内心で「少しは自分で考えろ」と毒づきつつも、このままでは討伐どころか撃退すらままならないため、脳内で策を練る。
(首回りで一番攻撃が通りそうなのは間違いなく――)
「Aチームは攻撃を喉元に集めろ!一点集中ならばダメージも通るはずだ!」
首を切断しなくとも気管の部位を破壊することができれば討伐の可能性はある。
Aチームの攻撃で喉に風穴を開けることができれば少なくとも雷嵐龍の動きは大きく鈍る。あわよくばそれで絶命してくれるかもしれない。それに喉元は多くの魔獣の首回りの中で一番表皮が薄い箇所だ。古代魔獣の雷嵐龍にもその常識が通用するかは定かではないが、賭けてみる価値はある。
サルトは不利な状況においてもなお、『撃退』ではなく、『討伐』を目論んでいた。
「了解!Aチームは喉元を集中攻撃して!ここが正念場よ!」
ユーリの指示で散開していたAチームの冒険者たちは雷嵐龍の前面に集結し、一斉に攻撃を開始する。
サルトの作戦はすぐにその成果を示して見せる。
グガアアアァ!?
矢と魔法の一斉砲火を喉元に食らった雷嵐龍はこの戦いで初めて仰け反りを見せた。
「「うおおおおぉ!」」
攻撃が通じ始めたことで、冒険者たちの間には一瞬だけ士気が復活する。
だが、その勢いはたちまち霧消することになる。
ギャオオオオオオ!!
大地を揺るがすような雷嵐龍の雄たけびに冒険者たちは堪らず耳を塞ぐ。
雷雲に覆われた空は、雄たけびに呼応するかのようにゴロゴロと嫌な音を鳴らし始めた。
「お、おい。こいつブチ切れてないか?」
「もしかして雷を落とすつもりなん――」
ビシャーーン!!
とある冒険者が言い終わる前に雷鳴が轟く。雷が落ちたのは雷嵐龍の頭上。幸いにも冒険者たちに被害は出なかった。
「は……ははっ……ビビらせやがって……」
天候すらも操っていると言わんばかりの雷嵐龍に、多くの冒険者たちは恐れおののく。最前線の指揮を執るBチームのリーダー、テリーも強がりを口にするので精一杯だ。
「全員手を止めるな!奴が怒っているということは攻撃が効いている何よりの証拠だ!攻撃続行!!」
最後方で指揮を執るサルトの怒号が響く。
「「お、おおぉーー!」」
サルトの声に押されて冒険者たちは後退することなく攻撃を放ち始める。
しかしこれが最悪の結末を招くことになる。
ガアアアアアッッ!!
今まで攻撃に積極的ではなかった雷嵐龍は、目の前の冒険者たちを殺さんとその力を振るい始めた。
足元に群がる者たちを巨大な尻尾で薙ぎ払う。どんな堅牢な盾で防ごうと、圧倒的な質量の前にはなす術もない。いとも簡単に吹き飛ばされてしまう。盾を持たないアタッカー専任の者に至っては攻撃をもろに食らい、起き上がることすらままならなくなっている。
かくしてBチームは一瞬のうちに全滅してしまった。
「ちちち、ちょっとサルト!一旦退いた方がいいんじゃない?」
目の前の怪物に恐れおののいたユーリは撤退を進言する。
「馬鹿か!ここで退けばあいつらの犠牲が無駄になるだろうが!攻撃だ!攻撃!喉元を狙えぇ!!」
雷嵐龍の討伐にすっかり執心しきっているサルトは、Bチームの救護すらすることなく攻撃を命じ続ける。
「う、うわああああああ!!」
「このっ!食らえっ!」
恐怖で冷静さを欠いた冒険者たちは追い詰められたように攻撃を続けるが、そんな攻撃が通じる訳もなく、Aチームの半分ほどが雷嵐龍の尻尾の餌食となる。
接近戦を想定に入れていない魔法使いや弓使いの装備は防御力が低い。そんな彼らが雷嵐龍の攻撃を防ぎきれるはずもなく、一撃で戦闘不能となる。
「もう無理よ!みんな、動けない人を連れて撤退するわよ!」
限界を悟ったユーリが周りの冒険者たちに撤退を命じる。
「お、おい!ここで逃げたら雷嵐龍はもう止まらないぞ!クエストが失敗してもいいのか!?」
「今更一つ失敗が増えたところで私たちの評判は変わらないわよ!」
ユーリとサルトが口論している間に、雷嵐龍は口の中で雷を溜め続ける。
「リーダー!なんかやばそうな攻撃が……」
「「えっ!?」」
二人が雷嵐龍の方を向いた瞬間、雷嵐龍の口から紫電をまとった特大の光弾が放たれる。防御魔法が間に合うはずもなく、サルトとAチームの残りの冒険者たちは吹き飛ばされてしまう。
かくして百人以上の冒険者たちはそのほとんどが戦闘不能になってしまった。
ゴロゴロ……ゴロゴロ……
「怪我人全然来ないわね……」
村の集会所で要救護者を待つ回復チームのリーダー、スフィアは呑気にお茶をすすりながら、雷雲に覆われた空を見上げる。
戦闘部隊と雷嵐龍の接敵ポイントとこの場所は少し離れているため、戦闘の情勢が全く分からない。誰か要救護者が来れば少しは分かるのだが、今のところは誰一人としてやってこない。数刻前に大きな雷が近くに落ちたくらいしか把握できていない。
いずれにせよ怪我人が来ないということは順調にクエストが進んでいることの何よりの証左だ。自分たちの出番は無いのだろう、とチーム全員が緊張の糸を完全に切らしていた。
このままクエストに成功すれば自分たちの功績はどうなるのだろうかと呑気に話し合っていると、ガチャリと入り口の扉が開く音がした。
「はぁ……はぁ……」
扉を開けて集会所の中に入ってきたのは盾も鎧もボロボロになった重戦士のウィステリアだった。
「あら?ウィステリア一人だけ?」
「皆さん……早く来てください……このままじゃ……」
そう言ってウィステリアはフッと気を失い膝から崩れ落ちる。
「ちょっと!何があったのよ!!」
スフィアはウィステリアの肩をゆすりながら話しかけるが応答が無い。このままでは埒が明かないので、ウィステリアを数名の回復術師に任せ、残りの回復術師を引き連れて接敵ポイントへと向かった。
「何なのよ……これっ……!」
回復チームの眼前に広がるのは、至る所で地に伏している大勢の冒険者たちの姿であった。まともに立っている者は一人もいない。
そして戦っていたはずの雷嵐龍の姿もそこにはいなかった。
「リーダー、どうしますか?」
「とりあえず怪我の度合いが酷い人を優先的に治療してあげて。私は情報を集めるわ」
スフィアは意識が残っていそうな冒険者を探し始める。ほとんどの冒険者は意識を失っているか怪我のせいでまともに口をきけない状況にある。
「う……ううん……」
どうしたものかと考えているとかすれるような声が聞こえる。声の方へ歩いていくと、目を覚まそうとしている仲間の姿があった。
「ユーリ!いったい何があったの!?」
「スフィア……?何でここに……」
「ウィステリアが私たちを呼びに来たのよ。そんなことよりこの惨状は何なのよ!?」
「見れば分かるでしょ。作戦が失敗したのよ」
「作戦が失敗したって……それでも全滅はしないでしょうよ」
「魔獣を怒らせちゃったみたいでね……最初は良さそうだったんだけど……ゴホッゴホッ……」
「今回復させてあげるから!」
苦しそうなユーリに回復魔法をかけると、ユーリの表情が少しずつ和らいでいく。
「ふぅ。助かったわ。ありがとね」
「結局雷嵐龍はどこに行ったのよ」
「多分あっちの方……」
確かにユーリが指さした方角には、巨大な黒い影があった。影はどんどん小さくなっている。
「おい、今なんて言った?」
ユーリの横で目を覚ましたばかりの冒険者がユーリに聞き返す。
「え?雷嵐龍はあっちへ行ったと思うって――」
「おい……あっちはセームの方角じゃないか!」
「それがどうしたのよ」
「どうしたじゃねえ!あの街には戦える奴が一人もいないんだよ!」
「セームならA級冒険者もたくさんいるでしょうよ。そんなに焦らなくても――」
「D級以上は全員ここに駆り出されてるんだ!早く……街に戻らなきゃ……」
そこまで言って男は再び気を失った。
「これ、かなりやばいんじゃ……」
「そ、そうね……とりあえずギルドに連絡しなきゃ……」
セームの街に天災ともいうべき恐ろしい魔獣が迫りつつあった。
次回からは主人公視点に戻ります。




