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38 一方その頃 前編

 今回と次回は主人公以外の視点となります。


 ――ザックとアヤメがセームの街に到着して数日が経った頃



 ――【雷鳴の山】――

 山の上空には年中雷雲が立ち込めており、ひとたび入山すればたちまち雷の雨に襲われるという王国有数の危険地帯だ。あまりにも危険なダンジョンとしてS級冒険者以外の入山は許されていない。

 そんな雷鳴の山の麓、住民が五十人にも満たない小さな村には二百人以上の冒険者が集結していた。


 ノゲイラギルド所属の冒険者パーティ――方舟のリーダーであるサルトは、同じパーティの仲間であるテリーに声をかける。

「クエストに参加する冒険者はこれで全員か?」

「クエストを受注した冒険者のうち、まだここに来ていないのはアーネストギルドの二名だけだそうだ」

「あんな二流ギルドからたった二人来なくても大勢に影響はない。始めるぞ」


 他の冒険者たちよりも高い場所に上ったサルトは声を張って冒険者たちに向けて話し始めた。


「勇敢な冒険者の諸君。俺はサルト、今回の緊急クエストの指揮を任命されている。クエスト中は俺と俺のパーティメンバーの指示に従ってもらうぞ」

 サルトの傍に控えている方舟の四人に顔を見せるように促す。



「みんなも知っていると思うが、俺たちが戦うのは古代魔獣だ」


 今回の緊急クエストは、古代魔獣に分類される龍の撃退である。

 普通の魔獣は凶暴化しない限りは、ダンジョンとその周辺にしかその姿を見せない。街は冒険者や騎士団といった魔獣狩り達の拠点であることを本能として知っているからだ。

 しかし、古代魔獣と呼ばれる存在にはその常識が通用しない。古代魔獣は人間がダンジョンを避けて街を作る前から現在まで生き永らえている。つまり、古代魔獣にはダンジョンと人里の見境が無いのだ。凶暴化しなくともダンジョンと人里の境無く進み続ける。


 その厄介な習性もさることながら、最も恐るべきはその力だ。古代魔獣は何千年も前から生き続けていると言われている。ずっと生き続けているということは、何者にも殺されていないことを意味する。それだけ古代魔獣は強いのだ。

 それ故に、古代魔獣が関わるクエストは全てS級クエストに分類される。S級冒険者以外の者が戦うのはあまりにも危険だとされている。

 今回の緊急クエストの目標が『討伐』ではなく『撃退』となっているのも、A級以下の冒険者たちの身を案じてのことだ。




「今回の緊急クエストの目的はターゲットの撃退となっているが、これだけの冒険者がいれば討伐も夢ではないと思っている。討伐に成功すればS級昇格試験も夢じゃない。ここは一つ、みんなの力を合わせて古代魔獣を討伐しようじゃないか!」

 サルトが声を上げると、それに呼応するかのようにノゲイラの冒険者たちが歓声を上げる。普段は嘲笑の対象にしている方舟のリーダーの言葉ではあるが、彼らもまたS級昇格を目指す野心溢れる冒険者たち。指揮権をサルトが持っていったことに不満はあるものの、今回のクエストには並々ならぬ意気込みで参加している。


「それで指揮官殿、どういう作戦を立てているのですか?」

 その一方で無理やり参加させられたセームの冒険者の中には、あまり乗り気ではない者もいる。その中の一人が少し嫌味ったらしくサルトに質問をする。


 しかし彼の嫌味が通じていないのか、サルトは上機嫌で話し始めた。


「よくぞ聞いてくれた!相手は古代魔獣といえど所詮は龍だ。首を落とせば死ぬのは間違いない。首へ攻撃を集中させて一気に仕留める。それだけだ!」

 サルトの考えた作戦というのはかなり単純なものであった。まず、回復術師以外の冒険者を遠距離攻撃ができる者を集めたAチームと近接攻撃しかできない者を集めたBチームの二つに分ける。Bチームは龍の足元を攻撃して足止めを続ける。そして龍の動きが止まっている隙に、Aチームが龍の首に攻撃を集中させるというものだ。


 回復術師は村の集会所で傷ついた冒険者の回復に専念させるため、戦闘に参加しないが、実際に冒険者たちを振り分けたところ両チームとも五十人以上の大所帯となったので問題は無いだろう。

 そして最後に数多の攻撃で表皮がボロボロになった龍の首を、サルトの大剣による斬撃で斬り落とせば討伐は成功ということになる。


「いいか?この戦いに階級も実績も関係無い!たとえルーキーでも有効な攻撃ができれば報酬も昇格試験も独り占めだ!!」

 できるだけ多くの冒険者に力を尽くさせるように、冒険者の士気を高めようとするサルト。

 彼の言葉に訝し気な表情を見せるベテラン冒険者もちらほらいるが、殆どの冒険者は歓声を上げている。


 そんな冒険者の姿を眺めながらサルトは内心でほくそ笑んでいた。

(このクエストに成功すれば、手柄は全部俺のものだ……)


 サルトの脳裏には既にクエストに成功したときのイメージが思い描かれていた。多くの冒険者を指揮し、極めて強力な古代魔獣にとどめを刺したともなればこれほどの功績は無い。S級昇格試験は間違いないだろう。

 甘い言葉で冒険者たちを煽りはしたが現実はそう甘くは無い。何せ今回のクエストには二百人以上の冒険者が参加しているのだ。誰の攻撃が勝利に貢献したかなど分かるわけがない。個別に称賛を受けるのはせいぜい指揮官くらいだろう。




「おい、もうすぐ古代魔獣が来るぞ!」

 斥候に向かわせていた冒険者の声が聞こえてきた。冒険者たちの間には緊迫した空気が張り詰める。

「よし、作戦開始だ!全員配置につけ!」



 斥候の連絡からおよそ十分後、冒険者たちの目の前には巨大な龍が迫っていた。


「こいつが古代魔獣、【雷嵐龍】テンゲンか……」


 長い尻尾を引きずりながら、二足歩行で一歩、また一歩と近づいて来る巨大な影。焦げくすんだような黒い鱗に覆われたその体躯は天にも昇りそうなほどの大きさを感じさせる。その太い足や尻尾にぶつかっただけでも大ダメージは免れないだろう。


 だが、雷嵐龍の恐ろしさはそれだけではない。


 ガアアアアアッ!!!


 雷嵐龍が天に向かって雄たけびを上げると、空に浮かぶ太陽をかき消すかのように雷雲が辺り一帯の空を黒く染める。


 雷嵐龍は雷を好む魔獣だと言い伝えられている。雷嵐龍が現れる所には必ず雷が落ちる。雷はあらゆる木々や建物を燃やし尽くし、雷嵐龍が通り去った後には嵐に吹き飛ばされたように何も残らない。それ故にテンゲンは【雷嵐龍】と呼ばれているのだ。


「なんだよこの化け物……」

「雷雲を呼び寄せるっていう伝説は本当だったのか……」


 まだ戦闘に入っていないにも関わらず、若い冒険者の中には表情に恐怖の色が見える者もいる。

 そんな不安をかき消すようにサルトは高らかに声を上げる。


「全員臆することは無い!敵は老いぼれの魔獣だ。これだけの冒険者がいれば恐るに足らん!」


「そうだよな!指揮官の言う通りだ!」

「ああ。なんせこっちには百人以上もいるんだ」

「絶対活躍してS級に昇格してやる……」

 サルトの声によって冒険者たちの目には闘志の炎が宿る。


「行くぞ!Bチーム攻撃開始だ!」

「「うおおっーーーーー!!」」


 サルトの指揮でBチームが一斉に雷嵐龍の足元目がけて攻撃を開始した。


 冒険者たちは各々の得物で雷嵐龍の足を切りつけたり突き刺しにかかるが、強固な鱗に弾かれてほとんどダメージを加えるに至っていない。


 だが足止めには成功した。攻撃を受けていることを認識した雷嵐龍は、足元の冒険者たちを蹴り飛ばそうと進行を止めたのだ。

 雷嵐龍の進行が止まったことを確認したサルトは続けてAチームに命令をする。


「Aチーム、攻撃開始だ。狙いは首元。徹底的に狙え!」

「「はああっ!!」」


 魔法使いや弓使いはサルトの指示通りに首元目がけて攻撃魔法や矢を放ち続ける。

 雷嵐龍は腕で攻撃を防いだり、身を捩って攻撃を躱そうとするが、足元のBチームにも気をとられて上手く攻撃を避け切れていない。


「いいぞ。その調子だ」


 ここまではサルトの予想以上に順調に作戦は進んでいる。

 このままいけば雷嵐龍を撃退させることはほぼ間違いなく成功するだろう。

 だが、サルトの狙いはあくまで雷嵐龍の討伐だ。生きて雷鳴の山に帰すつもりは毛頭も無い。


「Aチーム散開しろ!あらゆる方向から首回りを攻撃して表皮を脆くするんだ!」


 サルトの指示でAチームは陣形を展開させ、雷嵐龍の首を側面からも攻撃を始めた。両足に加え、側面からの攻撃。雷嵐龍は冒険者たちの猛攻を防ぎきれない状態に陥っていた。


「攻撃が当たるぞ!イケるんじゃないか?」

「今がチャンスだ!撃ち込めー!」


 攻撃が雷嵐龍の首にクリーンヒットし始めたことで、冒険者たちの士気は高まりをみせつつあった。


(これは思った以上に楽な仕事になりそうだな……)


 このまま首回りにダメージを与え続け、最後は自慢の剣で首を一刀両断。自分は労せずに最高の功績を得られる。その瞬間はもうすぐだ。

 サルトはすっかり慢心しきっていた。



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