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36 穏やかなひと時


「ここです!ここでセームの涙が取れます!」


 フィーチャーの三人と合流した地点から二十分ほど歩いたところで、先導していたブレイが足を止めて大声でこちらに呼びかけてくる。


 眼前に映る崖の上からは、激しい音を立てながら大量の水が滝壺に流れ落ちている。


「それで、セームの涙はどこにあるんだ?」

「あの中っす!」

 ブレイが指さしたのは滝壺であった。


「まさか滝壺の底とか言うんじゃないだろうな……」


「そのまさかっす!」

「上流で削られた鉱石が滝の流れで落ちてくるからセームの涙っていうんだ」

「もっと下流でも採取できますけど、この場所が一番たくさん取れるんです。セームの人しか知らないですけどね」

 フィーチャーの三人は自慢げにセームの涙について教えてくれる。


「よそ者の俺たちを案内しても良かったのか」

「お二人は命の恩人ですから特別っす!必要な分は俺たちが取って来るのでお二人はその辺で休んでおいてください!」


 そう言ったブレイはアラン、ライオと共に靴を脱ぎ、裸足になって滝壺の中へ入っていった。三人はズボンを濡らしながら顔を水面につけて、懸命にセームの涙を探し始めた。


「お言葉に甘えて私たちは休みましょうか。あちらの木陰に行きましょ」

「ん、そうだな」



 空高く昇った初夏の太陽は容赦なく照りつけてくる。水辺といえど、長袖の冒険者服を着ているザック達にとっては天敵だ。暑さから逃れるために二人は木陰へ行く。


「んん~空気が美味しいですね」

「ああ。ダンジョンとは思えないほど気持ちいいな」


 頬をなでるそよ風が心地いい。


 ダンジョンとは魔獣の生息域だ。ひとたび足を踏み入れればそこは弱肉強食の世界。そこら中に血生臭い匂いと張り詰めた空気が漂っている。

 だが、この一帯には魔獣が争った形跡が全くといっていいほど無い。獣の匂いはほとんどしないし、聞こえてくるのも風が木々を揺らす音と滝から水が流れ落ちる音くらいだ。

 セーブポイントと呼ばれる人口の安全地帯が設置されているダンジョンもあるが、滝の周りに人工物のようなものは一切見当たらない。ここはさながら天然のセーブポイントといったところか。


「ふあぁ~~」


 穏やかな空気のせいか、緊張の糸が緩んでしまったザックは思わず大きな欠伸をしてしまう。

 これはよくない。いくら魔獣の気配が無いとはいえ、ここはダンジョンのど真ん中。いつ魔獣が襲ってくるか分からないのだ。


 でも今日は異様に眠気が襲ってくる。原因はもちろん昨夜の一件だ。


(昨日は眠りにつくまで時間かかっちゃったからなぁ)


 アヤメと同じベッドで寝たザックは中々寝付けなかった。アヤメが早々に眠りに落ちてしまったので、ザックは横から聞こえてくる寝息やミルクみたいな甘い匂いに悶々としてしまい、心臓の高鳴りを押さえることができず、寝入るまでに何時間もかかってしまった。今朝の起床が遅くなってしまったのもそのせいである。



「ザック。もしかして寝不足ですか?」

「あ、ああいや……そんなことは、んんっ」


 アヤメに返答しようとしたところで再び眠気が襲ってきた。一度大きな欠伸をしてしまったせいか、眠気がどんどん大きくなっている気がする。


「あの子たちが戻ってくるまで寝ててもいいですよ。魔獣が来ても私一人で対処しますので」

「でも寝袋持ってきてないしなぁ……」

「そ、それならここはどうですか……?」


 顔を赤らめたアヤメが太腿をポンポンと叩いている。


「まさかそこに頭を乗せろとでも……」

「もしかしてこういうのはお嫌いですか?」

「嫌って訳じゃないけどさぁ……」


 女の子の膝枕。男からすれば夢のようなシチュエーションだ。だけどそれ以上に恥ずかしい。羞恥に耐えかねることは目に見えている。


「少しの間だけでも眠れれば頭もスッキリすると思いますよ。帰りの道中でもしものことがあった時に危ないですから、さぁ、どうぞ!」


 早く早くと言わんばかりにアヤメは太腿を叩き続ける。このままではローブの下のアヤメの腿が真っ赤に腫れあがってしまう。観念したザックは、頭をアヤメの太腿にそっと乗せる。


 厚手のローブ越しにアヤメの太腿の感触が伝わって来る。日頃からダンジョンを駆け回ることで鍛えられているであろう彼女の太腿は、反発を感じさせつつも女性特有の柔らかさも感じさせる。正に理想の枕。先ほどまでの羞恥心を塗りつぶすように眠気が襲ってくる。

 昨夜よりも物理的な距離は近づいているのに、眠気がドキドキに勝ってしまう。一度同衾したことで慣れてしまったのか、それとも単に体が睡眠欲に抗えなくなっているだけなのか。はたまたアヤメの膝枕にはとんでもない魔力が秘められているのか。いずれにせよザックの意識はどんどん湖の底に沈んでいくように遠のいていく。



「おやすみなさい。ザック」


 優しいタッチでザックの頭を一定のリズムで撫でるアヤメの声がかすかに聞こえたところで、ザックは完全に意識を手放した。




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