35 百聞は一見に如かず
セームの街から歩いて数十分。深緑の木々に覆われた湿地のダンジョン――【恵みの大地】に到着した。
「それじゃあここからは別行動だ。あんたらも頑張れよ」
フィーチャーのリーダーである赤髪の剣士――ブレイは偉そうに右手でバイバイのジェスチャーをして茂みの中へ入っていった。
「それで、俺たちはどうするんだ?」
二人きりになったところでアヤメに話しかける。
ここまでの道中はもちろんのこと。準備のために三人がギルドから出ていった後もアヤメは自身の真意を教えてくれなかった。万が一聞かれるのはまずいということらしい。
「とりあえず三人の後をつけましょう。セームの涙の原石の回収が最優先です」
「やっぱりあいつらに道案内させるつもりだったのか」
アヤメの行動理念は至って単純だ。
「困っている人のために行動する」
今困っているのは、セームの涙を求めているクエストの依頼人。
アヤメらしくない行動であったが、先ほどの挑発もクエストのために道案内をさせる目的だと考えれば分からなくもない。
「それもありますけど、今回のクエストでフィーチャーの皆さんに自分たちの力を理解してもらえればと思っています。ザックのように自分の力を低く見積もるのもどうかと思いますが、実力以上に高く見積もるのは危険極まりないと思うので――」
「ああ、そういうことか」
今回のクエストを通じてフィーチャーの三人に自分たちの実力を思い知ってもらうつもりらしい。こんな手段を選んだのは、言っても聞かない連中には実際に経験させるしかないからであろう。
「――あとザックのことを馬鹿にされたのが極めて不快だったので、あわよくば少し痛い目を見てもらえれば……」
フフフとアヤメは黒い笑みを浮かべる。
新たなアヤメの顔が見れたのはいいことかもしれないが、まさかこんな一面があったとは。
「意外ですか?私だって普通の女の子ですよ。大事な人が貶められたら怒ります」
「大事な人か……」
アヤメにそう言われて心が温かくなる。
彼女とパーティを組み始めて数ヶ月。背中を預ける相棒に大事な存在として思ってもらえていることがこの上なく嬉しい。
もちろんザックも、アヤメのことは大事な存在だと思っている。ダンジョンで背中を預けるだけではない。冒険者という仕事にかかわらず彼女のことを守り続けたいと思っている。
そう思えるほど今のザックにとってアヤメの存在は大きなものになりつつある。
「やり方はちょっとアレだけど、俺のために怒ってくれてありがとな」
「さっ、見失わないうちに早く行きましょ。【ライジング・ブースト】!」
身体強化魔法を受けた二人は共にダンジョンの中へ足を踏み入れた。
「ここまでは順調なようですね」
「魔獣もほとんど出てきていないし、今日はラッキーな日だったのかもな」
フィーチャーの三人が視認できるほどの距離でザックとアヤメは木に隠れながら追跡を続けている。
一方のフィーチャーの三人はというと、楽しそうに談笑しながら進んでいっている。この様子だとザック達が後をつけていることに気付いていないのだろう。
「後方への警戒が甘い。この辺りはまだE級レベルだな」
「さすが露払いのプロですね。――ちなみに私はどのくらいなんですか?」
「そうだな……B級とC級の間くらいかな」
「なるほど……そうなるとバーナードさんの評価は妥当なようですね」
アヤメの魔法はどれも強力であるため、多少対応が遅れても火力でゴリ押しすることができる。そのせいか警戒の技術は少し成長の速度が遅い。ただしそれ以外の魔獣狩りに必要なスキルは殆どA級にも引けを取らないレベルなので弱点とまではいえない。
フィーチャーの三人はそんなアヤメよりも二回り以上に警戒能力が劣っているというのが露払いの専門家であるザックの評価だ。
ちなみにザックは自身の警戒スキルはA級と評価している。五年間斥候と野営中の警戒を任され続ければ嫌でも能力は上達する。自分を含めて計五人分の命を預かることになる以上、一時として油断することは許されなかったのだ。
過去を思い返していると、僅かにではあるが、辺りの獣の匂いが強くなった。
「アヤメ」
「はい。あの子たちが危なくなった時はすぐに出られるようにしておいてください」
アヤメも異変を感じ取ったらしい。二人で周囲を見渡しながら警戒を強める。
まだフィーチャーの三人は気付いていない。前方は警戒しているらしいが、後方に加え左右の警戒も少なからず甘くなっている。
目に見える範囲には何の姿も映らないが、三人には既に魔獣の群れが近づいている。
ガァアア!
フィーチャーの三人の右手側から、C級レベルの魔獣――フレイムハウンドが一頭飛び掛かってきた。
「うおっ!?」
彼らにとって予想外の方向からの襲撃。三人はすんでのところで攻撃を回避する。
「っぶねーなぁ……アラン、敵を引きつけてくれ!」
「任せろ!」
盾を持ったタンク役の重戦士、金髪のアランがブレイ達の前に出て、フレイムハウンドの噛みつき攻撃を防ぐ。
嚙みつきが通用しなくなったことを悟ったフレイムハウンドは距離をとって大きく息を吸い込む。フレイムハウンドの得意技である火炎攻撃の準備行動だ。
「ライオ、水魔法だ!」
「分かってます!【アクアボール】!」
アランの影から出てきた魔法使い、銀髪のアランが水の球体を放つ。
アランの水魔法は、今にも炎を吐こうとしていたフレイムハウンドの頭部に直撃する。
「今ですブレイ!」
「おらぁーーー!」
怯むフレイムハウンドの脳天目がけて、リーダーの剣士、赤髪のブレイが剣を振り下ろす。
避けることのできないフレイムハウンドは頭でもろにブレイの斬撃を食らう。そのまま地面に伏し、二度と起き上がることは無かった。
「っしゃあ!」
見事な連携で目の前の敵を討伐してみせたブレイは剣を天に突き上げる。後ろのアランとライオもハイタッチを交わす。
「いい連携ですねぇ」
「ああ。それに個々の力も確かにある」
何度攻撃を受けてもアランは一歩も下がることは無く、ヘイトを稼ぎ続けていた。
ライオの魔法は小さな頭部を的確に狙える正確性もさることながら、C級魔獣を怯ませるには十分な攻撃力もある。
そしてリーダーのブレイは一撃でフレイムハウンドを仕留めてみせた。
各々の戦闘力だけを見ればC級冒険者の域に入っているかもしれない。
だがそれだけでは一人前の冒険者とはいえない。目の前の脅威を打倒したすっかり浮かれているが、次なる脅威はすぐそばに迫っている。
すぐに気を引き締めなおしていれば何とかなったかもしれないが、もはや手遅れだ。
「あーあ。こりゃまずいな」
「ザックは右側をお願いします。私は左を」
「了解」
グルゥアアア!!
同胞の敵を討たんとするフレイムハウンドの群れが、左右からフィーチャーの三人に飛び掛かる。
ハウンド種は通常群れで行動する魔獣だ。一匹倒したからといって油断してはならない。その一匹は斥候あるいは偵察と考えるのが一人前の冒険者だ。
「「「うわああぁああああ!!」」」
「【閃烈斬】!」
「【フリージング・バナザード】!」
右側のハウンドの群れはザックの斬撃によって喉笛を掻っ切られ、一瞬で屍となる。表皮の柔らかい魔獣なので牽制技でも討伐することは可能だ。
左側のハウンドの群れはアヤメの魔法で氷漬けとなり、自由を奪われる。
「大丈夫か?」
すっかり腰を抜かしているフィーチャーの三人に手を差しだす。
「あんたら、俺たちをつけてたのか。卑怯だろ!」
ブレイはキッとした目つきでザックを睨みつける。
「ほう……助けてもらっておいてそのような態度をとるのですか?」
声に怒気をはらんでいるアヤメの後ろには炎のようなオーラが見える気がしないでもない。
「ひっ!」
「べ、別に助けろって頼んでいませんし……」
アヤメの気迫にアランとライオはすっかり怯んでしまっている。
「それならばここで死んだほうが良かったですか?あなた方は将来、セーム最強のパーティになるのではなかったのでは?」
「へっ。こんな奴ら俺たち三人でも倒せたよ」
「そうですか。では私たちは先に行きましょうか。彼らの相手はあなた達にお任せしますね」
アヤメが目配せをした先では、フレイムハウンドを拘束する氷が少しずつ解けていた。
フレイムハウンドは体内に発火器官を持つ魔獣。威力の弱い氷魔法であればそこまで有効な攻撃とはならない。本来のアヤメの氷魔法なら完全に氷漬けにできるはずなのだが、意図的にアヤメが魔法の力を弱めているらしい。
ハウンド達はこちらを睨みつけ、喉を鳴らしている。
氷が解けてしまえば、腰が抜けているフィーチャーの三人は瞬く間にハウンド達のおやつになってしまうことだろう。
「ごごご、ごめんなさい!生意気なこと言ってすみませんでした!助けてください!!」
「アヤメ、それくらいでいいだろ」
「そうですね。【スプラッシング・ブルーム】!」
火を操る魔獣には水魔法が威力を発揮する。魔法陣から放たれた怒涛の水流は動けないハウンド達の力を奪い、絶命に至らしめる。
「はぁ……はぁ……」
「死ぬかと思いました……」
「すげぇ……二人とも一瞬で倒しちまったよ」
死の淵を垣間見たフィーチャーの三人はすっかり顔を青白くさせている
「言っておくけどB級ならこれくらいできるのが当然だからな」
「あなた方は自分たちの力量を過信しすぎています。それが分からないようではすぐに死んでしまいますよ?」
「アヤメの言う通りだ。それに警戒や索敵は三分の一人前が三人揃っても一人前になることは無い。今のピンチはお前たちの経験不足が招いたことだ」
「はい……」
数分前までの強気な態度が嘘のように、フィーチャーの三人は意気消沈してしまっている。ザックとしてはそこまで追い詰めるつもりはなかったのだが。
少し申し訳なく感じていたが、隣にいたアヤメがフィーチャーの三人に優しく話しかける。
「でも戦う力だけなら三人とも素晴らしかったですよ。ねぇザック?」
ここは自分に合わせて、という風にアヤメがアイコンタクトをとってきた。
「あ、あぁ。アヤメの言う通りだ。経験さえ積めば本当にセーム最強のパーティになれるかもな」
嘘は言っていない。彼らから冒険者としての才能を感じるのは確かだ。少なくともザックやアヤメのかつての仲間達よりも戦闘のセンスは高いと思われる。
「本当か!?」
「はい。ですから今日の所は協力してこのクエストを達成させませんか?」
「おう!……じゃなかった。はい!道案内は任せてください!」
ブレイはキラキラと目を輝かせ、すっかりアヤメに懐いてしまった。残りの二人も同じように尊敬の眼差しを向けている。
危険な目に合わせてすっかり弱り切っているところに優しい言葉をかける。こういうのをマッチポンプというんだっけか?
一歩間違えれば三人は死んでいたかもしれない以上、ここまでうまくいったのはアヤメの実力あってのことだろう。それに加えて聖女のような風貌もプラスに働いているように思える。失意の中で美しい女性に優しい言葉を掛けられれば心がなびいてしまうのも無理はない。
「ねっ。いい考えだったでしょ?」
アヤメが耳元でそっと囁くように話しかけてくる。
「ここまで全部計算づくだったの?」
「半分くらいはこうなればいいなぁという感じでしたけど、うまくいって良かったです」
アヤメはホッと胸をなでおろしている。
敵に回す予定はないが、絶対に敵には回したくない。彼女の知略的な一面にザックは愛想笑いをするしかなかった。