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34 合わせて一人前?



「――ック、ザック。起きてください」


「ん……」


 肩が揺さぶられる感覚とアヤメの優しい声がザックの意識を覚醒させる。

 重たい瞼を開けると、眼前にはローブに着替え終えたアヤメが顔を覗きこんでいた。


「あれ?もう朝?」

「はい。おはようございます」

「……おはようアヤメ。もしかして寝坊した?」


 窓からは朝日が差し込んできている。どうやらいつもより少し遅めの起床のようだ。最近はアヤメが作る朝食の匂いが目覚ましとなっているので、こういった遠征先での宿泊ではついつい寝坊してしまう体になってしまったのだ。


 今日に限って言えば、寝坊したのには別の原因があるのだが……


「特に時間を指定されてないので多少のお寝坊さんは大丈夫でしょうけど、そろそろ出た方が良いかもしれませんね」


 昨日の時点では具体的な仕事を言われていないので、何か事件や非常事態にならない限り遅刻という概念は存在しない。とはいえザック達も仕事でこの街に来ているのだから、惰眠を貪り続けるわけにはいかない。

 フカフカのベッドに別れを告げつつ、手早く朝食を摂った二人は冒険者ギルドへと向かって行った。




 朝一に新規の依頼が掲示板に張り出されるため、冒険者で賑わっているのが朝のギルドの風景だ。

 しかし今日のセームギルドは閑散としている。若い冒険者で構成されたパーティが低級クエスト用の掲示板を眺めているだけで、後はギルド職員のお兄さんが退屈そうに受付の席に座っているだけだ。


「こんなに人がいないギルド初めて見ました」

「俺もだな。ギルドの大きさはアーネストよりも小さいはずなんだが……人がいないだけでここまで広く見えるとはな」


 ザック達の仕事は有事に備えての待機であるが、その間にも何かできることはないか。ギルドマスターのバーナードに尋ねようとしたが、当の本人がいない。

 彼の所在を知るために、暇そうな受付のお兄さんに話かけることにした。


「バーナードさんはまだ来ていないのか?」

「……見ない顔だな。マスターに何の用だ」


 昨日は見かけなかった男がザックの顔を品定めするようにじろじろ見てくる。


「初対面だったな。俺はザック。こっちはアヤメ。アーネストから来た冒険者だ」

「ああ!あんたたちが緊急クエストを諦めてこっちに来たって言う物好きか」

「物好きって……まぁ、そう言われてもおかしくはないが……」


 D級以上の冒険者の多くは、とにかく高報酬かつ功績を示しやすいクエストに飛びつきがちである。

冒険者に専念する者たちの多くは、割と簡単にD級までは昇格することができる。長年にわたってE級以下の冒険者を続けている者の殆どは副業として冒険者ギルドに所属しているだけなのだ。

 しかしそこから昇格するにはとにかく時間がかかる。そこまで順調にステップアップしていたパーティであっても一つ昇格するまでに数年かかることなんてざらである。まして、S級への昇格については何十年冒険者を続けても昇格試験のチャンスすらもらえないこともざらである。


 そうなってくると速く昇格したいという焦りから、評価の上がりやすいクエストばっかりを受注しがちになるのだ。S級相当の緊急クエストならば尚のことだろう。

 そんな緊急クエストを諦めて、ギルドで待機し続けるだけになるかもしれない依頼を受けるザックとアヤメは変わり者と思われても仕方の無いところである。


「バーナードさんはどこにいるんだ?何か仕事があれば手伝いたいんだが……」

「マスターは朝の散歩の時間だ。そろそろ帰ってくると思う……っと、噂をすれば何とやらだな」


 受付のお兄さんにつられてギルドの入り口の方を向くと、バーナードが三人組の若者と共にギルドの中に入ってきた。

 しかし様子がおかしい。何やら揉めている様子だ。


「いいだろマスター。このクエスト俺たちに行かせてくれよ」

「ダメじゃ!セームの涙の採取クエストがB級クエストなのはお前たちも知っておるだろうが。行かせるわけにはいかん!」

「でもこれ今日中にやらなきゃいけないんだろ?」

「この街に残っているパーティで一番強いのは僕たちなんですから任せてください」


 三人組の方は冒険者パーティらしい。今日もこの街にいるということはE級以下の若手だろうか。階級以上のクエストに挑戦させるかどうかで揉めている様だ。

 しかも両者のやり取りからは「B級クエスト」、「今日中にやらなければならない」といった言葉が聞こえてきた。どうやらセームでの初仕事になりそうだ。


「おはようございますバーナードさん。何か困っているようですけど……」

 バーナードの様子を窺いつつ、ザックは四人の下へ近づいていった。


「おお、ザック。実はな、今日中にクリアしてほしいクエストが発注されたんじゃが、それがB級クエストでの。二人に頼みたいんじゃよ」


 バーナードは若手冒険者の持っていた依頼書を取り上げて、それをザックとアヤメに見せる。


 そこには【セームの涙】の採取依頼が書かれていた。


 セームの涙といえばこの街の特産品である翡翠色の宝石だ。セームは冒険者が採取してきたセームの涙の原石を街の工芸家たちが加工し、それを貴族や王族たちに売りさばくことで栄えた街である。

 セームの涙は街の近くにある湿地ダンジョン――【恵みの大地】でしか取れないらしく、ダンジョンには強力な魔獣も多いため、セームの涙の採取クエストは上級のクエストとなっていると聞く。

 この街の産業と切っても切り離せない関係にある重要なクエスト。やらないわけにはいかないだろう。


 一つだけ懸案があるとすれば、

「二人とも街を空けて大丈夫ですか?」

 ザック達のこの街での役割の中には、街の警備といった騎士のような仕事も含まれていたはずだ。二人揃って街から離れるのはまずい気もする。どちらか一方のみが行くという選択肢もあるが、初めて足を踏み入れるダンジョン。できれば万全の体勢でクエストに臨みたい。


「ダンジョンはこの街から歩いてすぐじゃし、街には自警団もおるから数時間ほどなら問題はなかろう」


 ギルドマスターが言うのなら大丈夫だろうか。

 依頼書を受け取りクエストの受注しようとしたが、そこに割って入る者がいた。


「ちょっと待てよ!それは俺たちが先に受けようとしていたんだ!誰だか知らねーけど横入りすんじゃねえ!」


 バーナードと共にギルドの建物に入ってきた三人組の一人――赤髪で背中に剣を携えた青年がザック達を睨みつけてきた。他の二人も同じ様に睨みつけてくる。


「えっと……君たちは……?」

「俺たちは【フィーチャー】。将来のセーム最強の冒険者パーティだ!」


 「将来の」と言っている辺り、まだまだ駆け出しの冒険者なのだろう。顔立ちも幼く、ひょっとしたらアヤメより若いかもしれない。


「ちなみにパーティの階級は?」

「昨日D級に昇格したんだ!一年かからずにD級昇格するなんてすごいだろ!」


 赤髪の青年は誇らしげに胸を張る。


 確かに一年以内にD級に昇格できるパーティは有望株という評価を受けるが、そこまで珍しいことでもない。アーネストのような多く人員を抱えるギルドであれば年に二、三は現れる。

 そしてその内の半分以上はどこかで伸び悩んでしまう。かつてザックが在籍していた方舟も一年以内にD級の昇格して注目の的となったが、そこからは階級が上がるにつれて勢いは失速し、ザックが追放される時には中堅どころのパーティになっていた。必ず成功が保証されているというわけではないのだ。


 それにザックの今の相棒は一年足らずでB級冒険者となっている。パーティよりも評価が厳しい個人冒険者として、アヤメはB級の評価を受けているのだ。彼女の前ではフィーチャーの三人組も凡才に毛が生えたレベルでしかない。

 だからそんなことで威張られても反応に困ってしまう。


「はぁ……でもこのクエストはB級なんだろ?今の君たちには受注もできないはずだ」


「でもあんた達はよそ者だろ?俺たちはセームの涙のありかを知ってるんだ」

「僕たちは露払いとしてこのクエストに参加したことがあります。このクエストを受けるのにふさわしいのは僕たちです」

 赤髪以外のメンバー、金髪の青年と銀髪の青年が反論する。


「だからさ。特例で俺たちのクエスト受注を認めてくれよ」

「そうは言ってもお前たちには危険すぎる。昨日も言ったがお前たちはまだ三分の一人前じゃ。このクエストを任せるわけにはいかん」

「それなら俺たちは三人いるから合わせて一人前じゃん。だからいいだろ?」


 赤髪の青年はなおも屁理屈をこねて食い下がる。

 彼らはパーティとは単純な戦力の足し算と考えているようだ。しかしパーティでは複数人の連携が必須になる。連携が上手くいかなければ、足を引っ張り合ってしまい、かえって戦力を低下させることになる。


 それに警戒や索敵といったスキルは足し算ではない。一番優秀な者の能力がほぼそのままパーティの能力となる。

 そんなことも分かっていなさそうな青二才に上級のクエストを任せるのは危険極まりない。彼らには階級相応のクエストを受注させるべきだ。


「それならば私たちと一緒にクエストを受注しませんか」

 ザックがどうやって説得しようかと考えていると、ここまで様子を見守っていたアヤメが予想外の提案をしてきた。


「あなた達の言う通り、私たちはセームの涙のありかを知りません。道案内をしていただければ有り難いのですが、どうでしょうか?」


 アヤメの提案は双方にメリットのあるものであった。

 街の防衛のために手早くクエストを終わらせたいザック達とクエストを受注したいフィーチャー。ここは手を取り合うことが最善策なのは間違いない。


 だがフィーチャーの面々は不満があるようだ。


「はっ。あんたらみたいな弱そうな冒険者に任せられねーよ。男の方はしょぼそうな剣しか持ってないし、あんたも見るからに弱そうだもんな」

「確かにな。そんな剣しか持てないってことは大して強くもないんだろ」

「僕たちの階級が低いのは冒険者になってからの期間が短いからです。実力ならあなた達にも負けません」


「これお前たち!そんな失礼なことを言うんじゃない!」


 バーナードが無礼な態度をとり続ける三人を窘めるが、三人は自分たちの方が上だと信じてやまない様子だ。大方昇格したばかりで浮かれきっているのだろう。

 フィーチャーの協力が欲しかったところだが、ここまで拒絶されては取り付く島もない。しかもこいつらはザックだけでなくアヤメも貶めてきた。仲間を悪く言うような奴と組むなんてこちらも願い下げだ。


「アヤメ。こんな奴ら放っといてさっさと行こう」

「いえ。やはり彼らには一緒に来てもらいましょう」

「こんな連中と行くくらいなら時間かかってでも二人の方が良い」

「任せてください。私にいい考えがあります」


 右手の人差し指をピンと立ててこちらに笑顔を向けてきたアヤメだが、目の奥は笑っていない。もしかして馬鹿にされて怒っているのだろうか……


「皆さん。それならクエスト受注は共同で、ダンジョンに入ってからは別行動というのはどうでしょうか?」

「はぁ?それだと二度手間で意味が無いだろ?」


 赤髪の指摘はもっともだ。採取ポイントが決まっているのなら何も二手に分かれる必要はない。これではザック達とフィーチャーで対決をするみたいになってしまう。


「あら?もしかして怖気づきましたか?そうですよね。皆さんはD級になりたての半人前、いや三分の一人前でしたものね。ザック。二人で行きましょ――」


「待てよ!行かないとは言ってねえぞ!」


「それなら一緒に行くということでいいですね?」

「ああ。二人もそれでいいよな?」

「おう!」「はい!」


「それなら三十分後に出発しますので準備してくださいね」


 アヤメの安い挑発にまんまと乗っかったフィーチャーの三人はクエストの準備のために一旦ギルドを後にしていった。

 それにしてもアヤメが他人を挑発するなんて珍しい。彼らに馬鹿にされたことに腹を立てたのだろうか。あるいは他の目的があるのか。



「あの……そういうことらしいので、五人でクエスト受注ということにしておいてください。何かあった時は最善を尽くしますので」

「あ……ああ。すまんのぉ。うちの若い衆が」

「若気の至りですよ。アーネストのギルドでもよくあることですから」


 すっかり蚊帳の外になってしまったバーナードは申し訳なさそうに肩を落としていた。



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