29 あの人は今 元リーダー テリー
本日から新章開始です。
※新章開始だというのに、主人公視点のお話ではないのでご注意ください。
――【ノゲイラ】の冒険者ギルド――
「――今回もクエスト失敗ですね。これ以上失敗が続きますとB級に降格する可能性がありますので気を付けてください」
「……はい。分かりました」
ギルドの受付からお小言を貰っていたのは、A級パーティ【方舟】の前リーダーであるテリーだ。
クエストに成功したときは、いつもリーダーのサルトが手続きに行くのだが、クエストに失敗したときは決まってテリーがこの役割を担う。
その決まり事はギルドにいる他の冒険者たちにもバレているようであり、テリーの後ろからはクスクスと笑い声が聞こえてくる。
(くそっ!三か月前まではこんな仕事ザックがやっていたはずなのに……)
テリーの頭の中には、このパーティから追い出した露払いのザックの姿が思い浮かぶ。【アーネスト】のギルドにいた時は、面倒事は全部ザックの担当であったのだ。
パーティと自分の現状に苛立ちと不満を感じながら、他のメンバーが待つテーブルへ向かう。
「いつも悪いな。面倒事を任せてしまって」
リーダーのサルトは申し訳なさそうにテリーを出迎える。
しかしテリーは、サルトが微塵も申し訳なく思っていないことを知っている。だからこんな笑われ者になる役割を任せるのだ。
サルトは事あるごとにテリーのことをこき下ろす。彼をスカウトした時は性格のいい奴だと思っていたが、クエストをこなしていくにつれ、日に日にキツイ言葉を浴びせられるようになっていった。
今日のマジックオルトロス戦でも散々な言われようだった。討伐に失敗し、敗走している時に言われた「いつになったらお前の攻撃はD級に昇格するんだ?」の一言は、どんな魔獣の攻撃よりも深くテリーを傷つけた。
だが、冒険者としての実力もパーティ内の権力も、何もかもサルトに劣っているテリーには何も言い返せない。
受付に言われたことをそのままメンバーに伝える。
「これ以上失敗が続けばB級降格の可能性があるそうだ」
「降格!?そんなことになったらギルド中の笑い者になっちゃうじゃない!」
「落ち着きなさいユーリ。みんな見てるわよ」
発狂するユーリを隣に座るスフィアが宥めようとする。ユーリも周囲の視線を感じたのか、物音を立てないように静かに席に着く。
「でもこのままじゃまずいですよ。サルトさん」
周りを気にした様子のウィステリアは小声でサルトに話しかける。
「正直な話、今のパーティの実力がB級レベルなのは確かだ。もっと言えば、俺がいるからB級なんだ。お前たち四人じゃD級がいいとこだろう」
四人まとめてひどい言われようだが、誰一人として反論することはない。
魔法使いのユーリには「魔法しか使えないのに、俺よりしょぼい魔法しか使えないのか」。回復術師のスフィアには「なんのために回復術師がいるんだ?俺たちにどれだけ回復薬を使わせるつもりだ」。重戦士のウィステリアには「敵の攻撃を防いだだけで仕事した気になってんじゃねぇ。もっと攻撃に参加しろ」。そしてテリーには「無能」「雑魚」「役立たず」と。
ここ一か月はクエストが終われば毎回同じようなことを言われ続けており、すっかり日常化してしまっている。もう反論する気力も湧かないのだ。
「降格の話は俺が何とかしておくから今日は解散だ。明日からはお前らでもできるクエストを探しておくから回復薬と魔力ポーションを補充しておけ」
そう言ってサルトはギルドの奥へと消えていった。
「ったく!あいつ何なのよ……ちょっと腕がいいからって調子に乗りやがって!」
「なーにが「D級がいいとこだろう」よ!私たちが実力を発揮できないのはあんたが露払いの仕事を私たちに押し付けているからでしょうが!」
ギルドから離れた場所にある酒場でユーリとスフィアが吠える。自分たちが実力を発揮できないのは、雑用を押し付けられているからだと愚痴を言い合う。
「でも……実際サルトさんの言ってることはそこまで間違ってないし……」
「なによ?ウィステリアはあいつの肩を持つの?」
「そこまでは言ってないけど……皆もサルトさんの言葉に思うところがあるから、何も文句を言わないんだよね?」
ウィステリアの言葉にスフィアとユーリも閉口してしまう。バツの悪くなった二人はジョッキを掴み、一気に酒をあおるしかなかった。
「っていうか、大体あいつが来てから何もいいことが無いじゃない。クエストに成功しないから報酬は増えないし、成功しても報酬はほとんどあいつがかっぱらっていく……こんなことならあんな奴入れなきゃ良かったわ!」
「そうよ!これも全部テリー、あんたが悪いんだからね!責任取りなさいよ!」
アルコールが回ってきたせいか。攻撃的になったスフィアとユーリは怒りの矛先をテリーに向け始める。
「ま、待てよ!新メンバーを入れることにはみんな同意してただろ!?」
「だからってあんな奴連れてくることないじゃない!パーティの全権と引き換えに入ってくる奴なんて絶対におかしいでしょ!」
「フリーのA級冒険者で一番実績があったのがサルトだったんだよ。パーティの今後を考えればあいつが適任だったんだ」
今にして思えば、報酬の配分を含めたパーティの全権委任というのは高すぎる対価だったのかもしれない。
だがB級でくすぶりかけていた方舟にとっては、サルトの加入こそが最善だったと当時のテリーは信じていた。だからこそ、テリーはサルトの示した条件を全て呑んだのだ。
「……ま、まだ降格が決まったわけじゃないし、明日からも頑張ろうよ。サルトさんも成功できそうなクエストを探すって言ってたし……」
「そ、そうだな。ウィステリアの言う通りだ。今日はもう帰って明日の準備をしよう……」
ウィステリアの助け舟に乗っかり、険悪な雰囲気となった場はお開きとなった。
明くる日、テリーは恐る恐るギルドへ向かったが、そこで待っていたのは不自然なほどニコニコしているサルトであった。昨日はあれだけ当たり散らしていたのが嘘のようだ。
テリーが笑顔の理由を聞くと、サルトは嬉しそうに話し始めた。
「朗報が二つある。一つ目は降格の話だが、しばらくは様子を見てくれることになった。少なくともあと半年は大丈夫だろう」
「本当かよ?……どうやってそんなこと……」
「俺がギルマスに頼み込んだんだ。俺たちはまだ発展途上のパーティだから、もう少しだけ我慢してくれってな。ギルマスも最初は難色を示していたが何とか俺の熱意が伝わったみたいだ」
「このギルドのマスターは優しい方で助かりましたね」
「そうね。アーネストの頑固マスターならこうはならなかったでしょうね」
ウィステリアとスフィアの言う通りだ。
アーネストのギルドマスター、イオであればこうも上手くはいかなかっただろう。不正や依怙贔屓を極端に嫌うイオであれば、何の躊躇いもなく方舟はB級に逆戻りしていたはずだ。
「それで?もう一つの朗報ってのは何なの?」
ユーリの問いかけに、サルトはくつくつと笑い始めた。
「そうだな。こっちの方が今日の本題だ。今までの失敗をチャラにするどころかS級になれるかもしれないチャンスが来たんだ」
「っ!それは本当か!?」
テリーは俄かには信じられなかった。
A級として現状落ちこぼれている自分たちにそんなことがありうるというのか。
「ああ、【緊急クエスト】の指揮だ。これに成功すればS級昇格試験を受けられるかもしれない」
緊急クエストの指揮。今の自分たちにそんな大役が務まるかという不安はあるが、それ以上にS級昇格の可能性という甘い蜜にすっかりテリーの心は奪われてしまった。
明日からも一日に一、二話程度投稿する予定です。
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