23 はりきるアヤメ
「おはようございます、ザック!」
美味しそうな匂いにつられて目を覚ましたザックがリビングへの扉を開けると、テーブルには様々な料理が並べられていた。卵料理に野菜の炒め物やスープなど小分けに配膳された料理が全部で十種類ほど用意されていた。
「おはよう……これ全部アヤメが作ったの?」
「はいっ!健康のためにはたくさんの栄養を取らないといけませんからたくさん作りました。クエスト中に食べるお弁当も作っておきましたので、お昼も楽しみにしていてくださいね」
今日のアヤメは朝からはりきっているようだ。
大満足の朝食を終えリビングでアイテムバッグの整理をしていると、部屋で着替えてきたアヤメがリビングに戻ってきた。
「ザック、どうですか?」
ザックの前に立ったアヤメはくるりと一回ターンして、卸したてのローブを見せてきた。
「とても似合ってるよ」
ザックは率直な感想を述べる。思った通り、白を基調とした新品のローブはアヤメの透き通るような美しさに見事にマッチしている。差色に用いられている金色の刺繡も彼女の気品の良さを際立たせている。
「ありがとうございますっ!早くクエストに行きましょ!」
アヤメはおもちゃを買い与えられた子供のようにはしゃいでいる。気に入ってもらえたようでなによりだ。
それにしても、今日のアヤメは別人のように明るさを感じる。昨日までのアヤメは大人しめの性格だったので、強いギャップを感じてしまう。
前の世界では未成年だったことを考えれば、今のアヤメの方が年相応なキャラクターだといえよう。もしかしたらこちらの方が彼女の素の性格なのだろうか。
昨日のプレゼントをきっかけに、ザックに素の表情を見せてくれるようになったのなら、それは幸いなことだ。それだけでもローブをプレゼントした意味がある。
ザックの目の前だけでも取り繕った態度をとらなくなれば、アヤメにとっても気の休まる場所が増えることだろう。
今日受注したクエストは廃墟ダンジョンにはびこるリビングデッドの討伐だ。
リビングデッドとは、かつてダンジョンで死んだ人間がダンジョンに漂う魔力でよって蘇った、生きる屍である。
既に肉体は死んでいるので物理攻撃はあまり通じない。首を刎ねてもなお襲い掛かって来ることがあり、剣士であるザックにとっては天敵ともいえる存在だ。
そういうわけで、今日のクエストの主役は必然的にアヤメとなる。アヤメが使える光属性魔法であればリビングデッドを浄化によって倒すことができるのだ。
魔力温存のために、ザックが先導して低級レベルの魔獣を倒しながら進攻していく。
ダンジョンに入っておよそ一時間、リビングデッドの住処である地下の礼拝堂のような場所に到達した。
依頼書では五体前後の討伐という話であったのだが――
「いくらなんでもこの数は……」
ザック達の目の前には三十体以上のリビングデッドが蠢いていた。あまりの数の多さに腐臭でむせ返りそうになる。
今回はB級クエストのはずだが、これだけの数の討伐ともなればA級クエスト相当といっても過言ではない。
たった二人で相手取るには数が多すぎる。一度引くべきだろうか。
リビングデッドの様子を窺っていると、アヤメが肩をトントンと叩いてきた。
「ここは任せてください!数が多いというだけなら私の魔法で倒せます」
「大丈夫なのか?」
「はいっ!見ててください!」
ザックの前に出たアヤメは大群のリビングデッドに臆することなく、呪文を唱える。
「【ライトニング・レイ】!」
アヤメの目前に巨大な魔法陣が展開。そして瞬く間に魔法陣から放たれた極太の光線が、眼前のリビングデッド達を焼き尽くす。
今の攻撃で全体の三分の一ほどが焼け死んだだろうか。残りのリビングデッド達は半分が奥へ逃げようと、残りの半分は光線を放ったアヤメ目がけて二人に近づいて来る。
「アヤメは逃げようとする奴らを倒してくれ!こっちに向かってくる奴らは俺が足止めする」
「いえ。ザックの手を煩わせるまでもありません。【ライトニング・レイ】!」
先ほどは一つしか現れなかった魔法陣が今度は三つ現れる。三倍となった光線は部屋を隙間なく白光で埋め尽くす。
光線の照射が終わると、リビングデッドがいたはずの場所からは浄化によって生まれる煙がもうもうと立っているだけで、生き残っているリビングデッドは一体もいなかった。そもそも既に死んでいるリビングデッドには生死があるのかよく分からないが、とりあえず討伐には成功したといえるだろう。
「ザック、どうでしたか?」
「ははっ……すごいね……」
圧倒的な力を見せつけたアヤメは無垢な笑顔でザックに振り向くが、ザックはあまりの凄さに乾いた笑いしか出てこなかった。
クエストを終え、家に帰ってからもアヤメははりきっていた。
お風呂の準備や洗濯など、料理以外の家事も一人で全て片付けてしまった。
ザックが手を付ける前にアヤメが終わらせてしまうので、何もやることがなくなってしまったザックは自室で剣の素振りを行うしかなかった。
晩御飯もとても豪勢だった。肉汁たっぷりのハンバーグに、お手製のドレッシングがかけられた彩のよいサラダ。それ以外にもコーンスープやいくつもの副菜、デザートにカットされた果物まで添えられており、レストランのコース料理顔負けのメニューであった。味はもちろん百点満点。しかもかかった材料費は銅貨三十枚ほどであったという。レストランでこれだけの量を食べれば銀貨一枚以上はかかることだろう。銅貨百枚で銀貨一枚と同価値なので、アヤメの料理はレストランの食事に比べて三倍以上もお得なのである。
ここまで至れり尽くせりだと、家に住まわせてる側のザックの方がかえって申し訳なくなってしまう。自分に何かしてほしいことはないかとアヤメに尋ねたが、
「私はザックの希望になりたいんです!私に出来ることは全部任せさせてください!」
そう言ってきかないので、しばらくの間は彼女のやりたいようにさせることにした。
その内、ザックに頼らなければならない場面がやって来るはずだ。その時にアヤメのサポートができればいい。
この時のザックは安易に考えていた。
まさか、あんなことが起きようとは……