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19 共同生活の始まり


 ギルドを後にしたザックとアヤメは、街の役場に向かった。目的は役場のロッカーに預けてあるアヤメの私物の回収だ。


 役場に入っていったアヤメは僅か二、三分でザックの元に戻ってきた。両手で大きめの巾着袋を一つ持ってきているだけだ。女性の荷物は男性に比べて多いと聞くが、彼女の荷物はかなり少ない。

 男が一人で旅行に行くときでさえもう少し大荷物になるはずだ。アヤメはきっと必要不可欠なものだけを持ち出したのだろう。


「荷物はそれだけ?他にもあるなら俺が持つよ?」

 何度も家と役場を往復させるのも時間の無駄なので、ザックは手伝いを申し出る。


「これで全部です」

「本当にこれだけ?」

「はい。替えの衣服と調理器具だけです。寝袋やタオルの類はクエスト用のバッグに入っているので、預けているのはこれだけです」


 アヤメの様子からしても、ザックに気を遣っているわけではなく、本当に彼女の私物は巾着袋一つに収まるほどしかないらしい。

 改めてアヤメの不遇さを思い知る。前の世界では彼女はまだ未成年。親の庇護下でもっと安全に生きられたはずだ。しかし現状は衣食住のうち、少なくとも衣と住は満たされていないのである。

 この世界に来てからのアヤメが味わってきた辛さは計り知れないものであろう。とてもじゃないが、ザックが気軽に同情できる類のものではない。


「ザック?どうかしましたか?」

 気が付くと、黙り込んでしまったザックの顔をアヤメが覗き込んでいた。


 鼻が触れ合うほどに顔が近づいていたので、思わず心臓が跳ねてしまう。

 動揺を悟られないように、ザックは一歩距離をとって平静を装う。


「あ……っと、何でもないよ。それじゃあ俺の家に行こうか」

 ギルドから歩くこと約十五分。二人は賃貸の集合住宅に到着した。一人暮らしをするにはやや広い物件であるが、食費を考慮しても宿に住むよりは安くつくので、ザックは二年程前からここの一室を借りている。


 ザックは早速自分の部屋にアヤメを案内する。キッチン付きのリビングに、寝室と物置部屋。風呂とトイレも完備されている。


「とりあえずアヤメはこの部屋を使ってくれ。少し狭いかもしれないけど」


 ザックがアヤメに与えたのは、入居以来一度も使っていない物置部屋である。ザックの寝室に比べればやや狭いが、一人分の個室としては最低限の広さはあろう。


「我慢だなんてそんな……今までの宿や野宿に比べればここはオアシスそのものです。屋根はあるし壁には傷一つ無い。何よりこのお部屋には鍵が付いてます。こんなに安全な所に住まわせてもらえるなんて……ザック、本当にありがとうございます!」


 アヤメは目を潤ませてザックにお礼を言う。

 家屋に屋根がついているのも壁が壊れていないことも、そして扉に鍵が付いていることも至って普通のことなのであるが、そのことで感激してしまうほど彼女の生活レベルは限界に落ちていたのだろう。

 アヤメをここまで追い詰めてしまったのはファンタジスタの連中である。しかるべき機関に訴えれば、慰謝料で金貨を数十枚ほど分捕れるんじゃなかろうか……


 それはさておき、普通の部屋――しかも少し狭めの部屋を貸し与えただけでこの喜びよう、彼女の精神は家畜と大差無いところまでいってしまっている。


 せめてアヤメには同世代の女の子と同じ位幸せに生きてほしい。

 ザックにはある程度の貯えがあるので、彼女に衣服や生活に必要な品々を買い与えることはできるだろう。

 だが何でもかんでも買い与えることは、アヤメに新しく恩を売ることになってしまう。彼女と対等なパーティでいたいザックとしては避けたいところである。


 どうしたものかと考えていると、どこからかグウゥゥという音が鳴った。

 音が鳴った方を向くと、アヤメがお腹を押さえて顔を赤らめていた。窓を見て見ると夕陽は半分ほど地平線に沈み、間もなく夜を告げようとしていた。夕食にいい時間だ。


「そろそろいい時間だし晩ご飯にしよっか。行きつけの所でいいか?」

「あの、外で食べるんですか?」

 ザックの提案にアヤメはあまりいい顔をしていない。

 ひょっとしたらお金のことを気にしているのだろうか。


「しばらくは俺が奢るから食費は気にしなくていいよ。安いところにするし、数ヶ月くらいならクエストに行かなくてもいい位の貯えはあるから」


 現在のアヤメにほとんど貯えが無いことは承知済みだ。そのため、しばらくの間はザックが生活費を持つつもりであった。特にこれといった趣味のないザックは金貨十数枚程度の貯金がある。年単位となれば話は別だが、数ヶ月くらいならアヤメを養ってもお金に困ることはないだろう。


 しかし、アヤメは納得していないらしい。

「住まいまでお世話になっているのに、その上食費までご迷惑をかけるのはいくら何でも……安いところなら自分の分で払えますので……」


 やはりというべきか、優しいアヤメはこれ以上ザックに負担をかけることに抵抗を感じている。無理に色々と押し付けてしまえば、彼女に余計な義務感を背負わせることになりかねない。かといって、今のアヤメに食費を払わせてしまえば彼女にお金が貯まるスピードも落ちてしまう。


(そういえば……)

 ザックは役場の前でのやり取りを思い出す。


「なぁ、料理は作れるか?」

「はい。前の世界でも料理はよく作っていましたし、こちらに来てからも打ち上げ以外の時は自炊してましたから。自炊の方が安く済みますので」

 彼女の荷物の中に調理器具が入っていたはずなのでもしやと思ったが、アヤメは料理ができるらしい。


 ザックの頭の中に妙案が浮かぶ。

「それならさ、俺が材料費を出すからアヤメは二人分の料理を作ってくれないか?」


 これならばお互いに負担をかけつつも、アヤメはお金を払わずに済む。

 しかも二人分作るというのなら自炊の方が圧倒的に安くつく。ザックとしても食費が減るのでメリットが大きい。


「料理の件は承りますが、材料費は私も出しますよ。あと家賃もできる限りは出すつもりですので」

「いや、それだと俺の方が申し訳なくなるから材料費は全部俺に出させてくれ。しばらくは家賃も全て俺が出すよ」

「ザックがいなければここを借りることはできないのですから、私にも払わせてください!」

「そうは言っても、アヤメは殆どお金ないでしょ?しばらくは俺に甘えてくれていいからさ」

「うっ……ですが、それだと申し訳がないです……」


 中々アヤメは引いてくれない。

 しばらく押し問答が続くが、それを止めたのは


 グウウウウウゥ!


 さっきよりも大きなアヤメのお腹の音であった。ごまかしできないほどの大きな音だったのでアヤメの顔は爆発しそうなほど真っ赤になっていた。


「とりあえず、材料だけでも買いに行こうか」

「そうですね……市場が閉まる前に早く行きましょう……」



 本日は夜にあと数話投稿する予定です。

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