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18 思いもよらない話


 その後、イオはちょろまかした報酬をアヤメに返すようにファイアたちに迫ったが、既に報酬は費消したということでアヤメが報酬を取り戻すことは叶わなかった。

 さっきまで散々イオに怒鳴られ続けたファイアたちは、最後にもう一発どでかい雷を貰ってしまい意気消沈してしまった。そして重たい足取りでギルドから出て行ったのであった。



 ザックとアヤメは先ほどまでファイアたちがいた会議室に呼ばれ、昨日の騒動の顛末と報酬の一件について事情聴取を受けた。事情を知っているリリーも参加してくれたので、聴取は滞りなく終わった。


「……よく分かった。それと、報酬のことはすまない。さすがにあいつらが持っていった分をギルドで補償することはできない」


 椅子に座ったまま、イオは深く頭を下げる。自分のギルドに所属する冒険者を守ってあげられなかったことを悔いているのだろう。


「マスター。お気持ちだけでも嬉しいですから顔を上げてください。ギルドに確認を取ろうともしなかった私にも責任がありますし……」


「いや。思い返せば気が付くチャンスはいくらでもあったんだ。若い女の冒険者が治安の悪い貧民街スラムエリアに出入りしている噂もあったし、今の格好だってそうだ。A級パーティにいたっていうのにローブがボロボロじゃないか。……くそっ!もっと早く気付いていれば……」

 感情のあまり、イオは右の拳を目の前のテーブルに叩きつける。


 報酬の配分は各パーティに一任しており、ギルド側が介入することは滅多に無い。そのためイオ達ギルド側がファイアたちの行いに気付かなかったのも無理はない。


 しかし、その一方でイオの後悔も的を得ていると思われる。貧民街エリアの噂はともかく、アヤメの身なりはA級パーティの一員にしては不思議なくらいみすぼらしいものであった。いつも同じような白いローブ、しかも所々に修繕の跡や黄ばみが見られる。昨日のマジックオルトロスの攻撃で敗れていた箇所も縫い直した跡がある。白のローブは彼女に似合ってはいるのだが、染色をしていない白色は最も安価な衣類でもある。

 そんなローブを頻繁に着用している時点で、高所得であるはずのA級パーティ所属の冒険者としてはおかしな事態であったのは違いない。普通なら買い替えるという選択肢があるからだ。


 目聡い人間であれば、アヤメに金銭的余裕が無いと気付くこともできたかもしれない。

 しかし、今更悔やんでも仕方がない。それよりも今の問題はこれからどうするかだ。ザックと二人で組むことになったので、しばらくすればアヤメの懐もある程度は潤うだろう。


 だが、現状の彼女の姿を見過ごすわけにはいかない。

 

「アヤメ。今日はどこに泊まるつもりだ?」

 ザックはとりあえず、今のアヤメの状態について尋ねた。


「今日はたくさん報酬をいただきましたので、しばらくは貧民街の宿で泊まれると思います。今週はずっと野宿だったので今日は安心して眠れます!」

「マスター……」


 ザックがイオの方を見やると、その意図を理解したらしいイオは軽く頷いた。


「アヤメ、悪いことは言わない。あの宿は止めておけ」

「どうしてですか?」

「あそこはセキュリティが甘すぎる。それに宿泊客の中には騎士団から追われているならず者もいると聞いている。とてもじゃないが若い女の子が一人で泊まるところじゃない」


 貧民街エリアの宿は銀貨一枚で数日間宿泊することができるが、イオの言う通り治安が悪い。というよりもエリア全体の治安がよろしくない。物価が安いことで余裕の無い人が多く集うのだ。

どうやら貧民街エリアに出入りしている女冒険者の正体はアヤメで間違いなさそうだが、彼女のことを思えば貧民街エリアへの出入りも禁ずべきであろう。野宿なんてもっての外だ。


「街の宿ではダメなのか?」

「普通の宿は今どこも満室らしいんです。頼れる知り合いもいませんし、今のお金じゃ貧民街の宿か野宿しかないんです……」


 アヤメは悲しそうな目をして呟く。異世界から来た彼女には頼りになる人の絶対数が少ないのだろう。ファンタジスタと決別した今となっては、ザックとイオ達ギルド運営側の人間しかいないといっても過言ではない。


 他の冒険者たちの中にも助けてくれる者たちがいるかもしれないが、その冒険者たちが信用できるとは限らない。助けたことを口実にパーティの加入を迫ったり、ファンタジスタのようにアヤメを騙すかもしれない。

 何より彼女は類まれなる美貌の持ち主だ。いわゆる男女の関係を強引に迫って来ることだって考えられる。


 どうするべきか。ザックが頭を悩ませていると、突然イオがポンと手を叩いてザックと視線を合わせた。

「そうだザック。お前の家で面倒を見てやるのはどうだ?確か借り暮らしだったよな」


「ち、ちょっと待ってください!それはまずいんじゃないですか!?」

 予想外の提案にザックは慌てて待ったをかける。


 確かにザックの寝床は賃貸で借りているので、宿とは異なり人が一人増えても問題は無い。幸いにも空き部屋もあるためアヤメを住まわせることはできるのだが、それ以上にまずい問題がある。


 動揺しているザックとは対照的に、イオはあっけらかんとした様子で答える。

「何がまずいんだ?同じパーティのメンバーでシェアハウスをするというのはよくあることだぞ?」

「それは同性同士の場合ですよね!?男女二人のパーティでシェアハウスなんて聞いたことないですよ!」


 稼ぎが少ない低級パーティでは、複数人で一つの部屋を借りて生活を共にするということは確かによくあることだ。現に方舟にいた女性冒険者の三人は、B級に昇格するまでは一つの部屋で一緒に暮らしていたはずだ。


 ただしシェアハウスはほとんどの場合、同性同士で行うのが通例だ。男女交えての同居はトラブルの種となるためである。同性同士のシェアハウスでもトラブルは起きうるが、そこに異性という要素が一つ増えるだけでトラブルが倍増するのだ。

 男女間の価値観の違いが原因となるのはもちろんだが、それ以上に危ういのは間違いが起きかねない点にある。年頃の男女が同じ部屋で長い時間一緒にいれば、お互いにその気はなくとも酒の勢いやその場の雰囲気にのまれることもあると聞く。


 ザックはそんな無体を働くような人間ではないが、アヤメほど容姿、性格共に優れた女性と同居するということになれば、いつまで理性が持つかは分からない。


 何より、今のザックは一日でも長くアヤメとパーティを組みたいと思っている。パーティが瓦解するリスクのある行為はしたくないのだ。


 絶対に避けるべきだと考えたザックは代案を示してみせる。

「マスターやリリーの家じゃダメなんですか?」

「そっか!アヤメさん、私の家なら一人分くらいの余裕ありますからどうですか?」


 ザックの言葉にハッとなったリリーはアヤメに同居の提案をする。リリーの優しさに付け込む形となってしまうが、これならザックとの同居は回避できそうである。

 アヤメは申し訳なさそうに眉を下げているが、リリーの言葉のおかげか、瞳の奥には明るい色が見える。


「リリー。残念ながらそれはできないんだ」

 しかし、そう上手くはいかないらしい。イオはゆっくりと首を横に振る。


「どうしてですか?ギルドにそんなルール無かったと思うんですけど……」

「最近、ギルドと一部の冒険者の過度な癒着が問題になっていることは知っているか?」


 ザックも風の噂で聞いたことがある。冒険者パーティがギルドの上層部に賄賂を渡し、その引き換えにギルドは他のパーティよりも優遇に取り扱うというものだ。優遇的な取り扱いの中には、違法行為の揉み消しなど悪質性の高いものも多いと聞く。その結果、冒険者たちが増長し、他の冒険者や住民に迷惑を与えているらしい。


 賄賂や依怙贔屓が嫌いなイオがマスターを務めるこのギルドでは決してあり得ないことだが、他の街に立ち寄った時にはそういう噂を聞く。


「今回の出張の目的はその癒着問題の実態調査とその対策会議だったんだ。具体的なルールの策定はまだだが、ひとまずは疑わしい行為はしないようにとのお達しが王都ギルドから出された。だから、ギルドの運営側である私やリリーがアヤメに寝床を用意するわけにはいかないんだ」


 王都ギルドはこのバレンシア王国の全冒険者ギルドを統括する機関でもある。各ギルドは王都ギルドの指針に従わねばならない。


「そうですか……」

 再び肩を落とすアヤメ。こうなれば残された道は一つしかない。


「……アヤメ。もしよければ俺の家に来ないか?あまりいい部屋じゃないけど一応空き部屋はあるし、セキュリティの方は一応大丈夫だとは思うけど」

「いいんですか?あまり乗り気ではなかったので、もしかしたら私と一緒に暮らすのが嫌なのかと思いまして……」


 アヤメは驚いたような表情をしてザックの方に振り向く。リリーやイオに押し付けているように見えてしまったのだろうか。


 実際のところ乗り気でないのは確かだが、ザックがしっかりしていればトラブルは起きないのだから何とかなるだろう。

 それにうちに来るというのであれば、アヤメは宿泊費を払わなくて済むのだからメリットも大きい。今の彼女にとってはベストの選択とも思われる。


「あぁ……アヤメも年頃の女の子だからさ。家族でもない男と一緒に暮らすのは嫌なんじゃないかと思ったんだよ。別にアヤメが嫌なわけじゃないから安心してくれ」

 本当の理由を言ってしまえばアヤメも意識してしまうかもしれないので、ザックは取り繕った理由を並べる。


「確かに男の人と暮らすのに抵抗が無い訳ではないですけど、ザックのことは信用していますから」

 そう言ってアヤメは優しい笑顔をザックに向ける。

 アヤメとは出会って二日しか経っていないが、彼女はザックのことをかなり信頼しているらしい。その信頼というのは単なる冒険者としての実力のみならず、人間性も含まれているように思われる。ザックも一人の男であるからにはその信頼には応えねばならないだろう。


「よし!それじゃあ今日からアヤメの帰る場所は俺の家だ。改めてよろしくな!」

「不束者ですが、よろしくお願いします」

 アヤメは恭しくお辞儀をした。


「ほう、まるでプロポーズみたいじゃないか」

「ちょ……!そんなつもりじゃ」

「ふぇっ!?プ、プロポー……ズ……なんて……」

 イオが興味深そうな口調でからかったせいで、ザックとアヤメの顔はすっかり真っ赤に染まってしまった。




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