14 露払いの本領
「基本的には俺が前衛で構わないか?」
「そうですね。私の方が攻撃の射程も広いと思うので後ろは任せてください」
ダンジョンでの立ち回りなどを相談しながら歩いていると、今回の目的地に到着した。ごつごつとした焦げ茶色の岩壁にぽっかりと空いた大きな穴。トロッコが通る坑道よりも少し広いくらいであろうか。洞窟型のダンジョンである。ちなみにここはアーネストの街の近くでは最も危険なダンジョンだと言われている。
「ここが今回のダンジョン……」
「あぁ。アヤメはここのダンジョン初めてか?」
「はい。ザックは来たことあるのですか?」
「前のパーティにいた時に一度だけな。その時はクエストに失敗したけど」
今回のクエストはキングゴーレムの討伐クエストだ。ザックが方舟の一員として挑戦した最後のクエストとほぼ同じ内容である。
あの時ザック達が仕留め損ねたキングゴーレムは他のパーティによって討伐されたらしいが、また新しいキングゴーレムが出没したそうだ。この洞窟ダンジョンの近くには大きな交易路があるため、定期的に出没するキングゴーレムを討伐するクエストがギルドに入ってくる。
前回は五人がかりでも失敗したので不安もあったが、昨日はキングゴーレムより上級とされるマジックオルトロスを二人がかりで討伐することに成功している。ザックとアヤメの力を合わせれば攻略できるのではないかと考え、ザックはこのクエストを選択した。
打ち合わせ通り、露払いとして斥候の経験が多いザックが前衛、遠距離での攻撃やサポートが可能なアヤメが後衛となり洞窟の中に入っていった。
洞窟の中は暗闇に包まれていたが、アヤメが魔法で生み出した光球を二人の周りに浮かせることで、視界の問題はクリアできた。光球はかなり遠くまで照らしているので、屋外と同じ感覚で魔獣たちと戦えそうだ。
かつて方舟の面々と潜った時は、ザックが松明をもって先導しながら露払いの役割をこなし続けていた。その時は弱い魔獣を倒すのにも一苦労したもので、今と比べれば天と地の差だ。
歩みを進めていると、奥からヒタヒタと湿り気を含んだ足音が聞こえてきた。様子を見るために、後ろのアヤメを手で制する。
「っと。アヤメ、ストップだ。魔獣が近づいてくる」
「はい」
ザックとアヤメはその場に立ち止まるが、目前から聞こえてくる足音は止まることなく二人の方に近づいてくる。光に照らされて魔獣の輪郭が露になっていく。
爬虫類の頭を持った二足歩行の魔獣が三匹。C級レベルの魔獣――リザードマンだ。
「……リザードマンか。三匹なら問題ない。アヤメは周りを警戒していてくれ」
「わ、分かりました」
鞘から刀を抜きとったザックは、リザードマンの群れに向かって飛び出す。一番手前のリザードマンが爪を振りかざす前に懐に入り、喉元目がけて斬り上げる。そして返す刀でその脇にいた二匹目のリザードマンを袈裟斬りにする。奥にいた最後のリザードマンは突き攻撃で頭部を貫いた。三匹とも崩れ落ちたまま起き上がる様子も無いのでしっかり倒せたのだろう。
「は、速いですね……」
「まあ低級の魔獣だからね。これくらいは朝飯前だよ」
刃に付いたリザードマンの血を切り払いながら答える。
リザードマンはC級の中でも弱い部類に属する魔獣だ。三匹倒すことなど造作もない。
さらに奥へ進むと、棍棒を持った人型の魔獣の群れがこちらに向かって近づいてきた。
「ゴブリンか。五体なら俺一人で十分だな。アヤメは周りを警戒していてくれ」
「分かりました」
前衛にいた二体のゴブリンが同時に飛び掛かって来たので、がら空きの胴体目がけて刀を横に振る。本来なら首や頭部を狙いたいところだが、ゴブリンの首は短く、頭も小さいので非常に狙いづらい。仕方なくザックはゴブリンたちの胴体を切り裂く。二体の距離が近かったこともあり、一払いで二体とも倒すことができた。
仲間が倒されて動揺している隙に残りの三体も胴体を切り裂き、絶命に追い込む。
さらに進んでいくと、今度はグルル……という唸り声が聞こえてきた。
「今度はウルフ、七……いや八匹だな。アヤメは周りを警戒していてくれ」
「……分かりました」
アヤメの返答に戸惑いがあったような気もするが、とりあえず置いておこう。
ウルフは動きが素早いのが最大の特徴だ。
しかしここは洞窟の中でもそこまで広くはない、通路のような場所だ。ウルフの動きは制限されるし、何匹いようと四方を囲まれることが無いのでこちらに分がある。ウルフたちは遠吠えで威嚇してくるが、ウルフを狩りなれたザックには何の脅しにもならない。
「はあっ!」
一番近いウルフから順番に喉笛を切り裂いていく。一体たりとも後ろに漏らすことなく確実に仕留めていく。
八匹とも切り裂いたときに確かな手ごたえがあったので、間違いなく倒せたはずだ。念のために一番最後に倒したウルフを刀でつついてみるが、反応はない。
ここまでは順調だな。そう考えていると、後ろからアヤメの声が聞こえてきた。
「あの……私の出番はまだですか?あまり戦闘は好きではないですけど、流石に何もしないとなると申し訳ないのですが……」
アヤメはどうも不満げな表情を見せている。
どうやら、ここまで全く戦闘に参加していないことに思うところがあるようだ。
しかし、アヤメは何もしていないわけではない。
「アヤメ。周囲の警戒は十分に「何かをしてる」といえることだよ」
警戒は非常に大事な役割だ。攻撃中はどうしても視野が狭くなりがちである。意識の外からの攻撃に対応できなくなってしまう。仲間の命を守るためには、常に誰かが周囲を警戒していなければならないのだ。
警戒は露払いの仕事の一つなので、方舟時代のザックは常に雑魚狩りと警戒を同時にやっていた。
はっきり言ってかなり神経を使う役割であった。かつてテリーたちに警戒を手伝ってほしいと頼んだことがあるが、「俺たちは本命のために気力を温存したいんだ」などと言われ相手にもされなかった。
しかし、今日はアヤメが警戒を担ってくれているので、ザックは伸び伸びと魔獣を狩れている。この時点でアヤメは大いに貢献しているといえるのだ。
そしてもう一つ、ここまでアヤメを戦闘に参加させなかったのには理由がある。
「できるだけ魔力はキングゴーレム戦まで取っておいてほしいんだ」
魔法の源となるのは魔力である。魔法を使えばその分だけ魔力が減り、魔力が無くなれば魔法を撃てなくなってしまう。魔力を回復するには一定時間魔法を使わないか魔力ポーションを飲めばよいが、隙が見せられない戦闘中に行うのは危険である。
そこで肝心のキングゴーレム戦で魔力切れにならないように、斬り殺せる魔獣はできるだけザックが討伐しようとしているのだ。
「なるほど……ザックの言い分も一理ありますね」
アヤメはザックの説明を理解してくれたようだが、まだ少し不満げな表情が見え隠れしているあたり、納得はしていないらしい。
「ですが、今回の目的はお互いの技量を確認することです。私も攻撃に参加しないと意味がありません。私一度も魔力切れになったことがないので魔力の心配は無用です」
確かに今回のクエストの目的は実力の確認だ。アヤメの言う通りだろう。
B級クエスト以上の難易度を誇るA級クエストに出てもなお、一度も魔力切れにならないというのは俄かには信じ難い事実ではある。しかしアヤメは嘘を吐くような人間も見えないので、きっと本当のことなのだろう。
「分かった。それじゃあ次の魔獣からは交代制にしよう」
そこからは魔獣の討伐と周囲の警戒を代わりばんこしながら、ダンジョンの奥へと進んでいった。魔獣は数匹ごとの群れでやって来るが、今のところ一度も苦戦するような魔獣は一切おらず、スムーズに攻略ができている。
少し開けた安全地帯と思われる地点に到達したので、二人は一息つくことにした。
休憩中の話題は先ほどまでの魔獣狩りであった。
「それにしてもアヤメの魔法は凄いな。しかもあれだけ強力な魔法を連続で使っても息一つ切らしてないんだから」
アヤメは火や氷、雷など多種多様な魔法攻撃で魔獣を次々に倒し続けた。使い手が少ないとされる光属性の魔法も使えるらしい。属性の豊富さもさることながら、その攻撃力、射程もかなりの高水準である。魔獣が気付く前に、遠距離から一撃で魔獣を仕留めている。
ザックがかつて在籍していた方舟にも、ユーリという魔法使いがいたが、両者の差は月とスッポン以上にかけ離れているだろう。もちろんアヤメが月である。
先ほどまでアヤメが使っていた魔法をユーリが使えば、わずか三回程度で魔力は底をつきかけるだろう。そもそもユーリにそのレベルの魔法は撃てないとは思うが……
その上、回復魔法や補助魔法まで使えて、魔力切れにならないというのだから、とんでもない実力の持ち主だ。アヤメ一人いれば、回復術師も聖職者も要らない。ファンタジスタの連中がアヤメの引き留めに必死になるのも頷ける。
前のパーティでは露払いしかさせてもらえず、追放されてからは誰も手を差し伸べてくれなかったザックからすれば、アヤメとパーティを組めているのは奇跡ともいえる。
「私からすればザックの方が凄いですよ。全部一撃で倒してるじゃないですか」
「今のところは、ね。ここまでに出てきた魔獣は全部C級レベル位だし。格下狩りは露払いのメインの仕事だったからさ」
方舟時代は、格下の魔獣はほぼ全てザックが対応していた。B級相当の魔獣一体を倒すクエストで、百体以上の下級魔獣を一人で倒したこともある。
「あの……昨日から気になってたんですけど、【露払い】というのはどういう役割なのでしょうか?ファンタジスタにはいなかったのですが……」
「そうだなぁ……簡単に言うと、他のメンバーが攻撃に集中できるように周りの弱い魔獣を倒す役割だな。大体見習いがやらされるんだ。戦闘以外にも斥候や野営の準備といった雑用なんかも露払いの仕事だ」
「ザックはずっと露払いしかやらなかったのですか?」
「やらなかった、というよりはやらせてもらえなかった、ってのが正しいな。『お前の細い剣じゃでかい魔獣を倒せない』、って言われてさ」
そういってザックは刀を見せつける。ザックは魔法が一切使えず、盗賊職のように特別な技能があるわけでもないので刀を振るうことしかできないでいた。
剣士職の冒険者が持つ剣というのは、多くが両手で持つことを前提とする大きさの大剣だ。片手剣であっても、ザックの刀とは長さも重さも段違いだ。魔獣の体に大ダメージを与えるためには、質量の大きい武器が有効だとされている。
ザックは何度も、自分を前衛要員の一人として扱ってくれないか、とリーダーのテリーに相談したが、その都度一蹴され続けてきた。
実際のところ、ザックの刀では大型魔獣の肉を深く切り裂くことはできないので、テリーの言い分には一理ある。しかし、ザックの斬撃でも魔獣にダメージを与えられること自体はできるのだから、前衛で攻撃させても良かったのではないかと思ったのは一度や二度ではない。だが、テリー以外のメンバーも何かと理由をつけて、ザックに露払い以外の役割をやらせようとはしなかった。
「ザックが見習いの役割ですか……ザックが前にいたパーティは凄い方たちの集まりだったんですね」
「俺よりかは凄い奴らだったかもしれないけど、全員が束になってもアヤメには勝てないだろうなぁ」
B級クエストでも失敗続きだった方舟に対して、アヤメはC級パーティのファンタジスタをA級に押し上げている。どちらの方が優秀かは明白だ。
「ザックのかつての仲間がどれほど強かったのかは分かりませんが、少なくともザックは露払いという見習いさんの枠に収まっていい人ではありません。そんなザックとパーティを組めて私は幸運だと思ってますよ」
「だからそれは買い被りだって……」
アヤメからの賛辞にザックは頬をかく。
アヤメはきっと本心で言っているのだろう。これだけ直球で褒められるのなんて冒険者になってからは初めてのことなので照れくさくなってしまう。
それでも褒められること自体はやはり嬉しいのもので。アヤメとパーティを組めて良かったなと心の底から思うザックであった。
キリのいい所まで来たので、続きは明日更新します。
休日は多めに投稿する予定なので、続きが気になると思って頂けた方は今後ともお付き合いいただけたら嬉しいです。




