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13 魔法の無い世界


 ザックとアヤメはお互いの実力を確認するために、B級クエストを一件受注した。現在ザックはB級、アヤメはC級なので、最高でB級クエストまでしか受注することができない。A級パーティであるファンタジスタ昇進の立役者であるアヤメもまたA級冒険者だと思っていたが、どうやらそうではなかったようだ。


「はい。こちらの世界に来てからまだ半年くらいなので……」

「半年でC級まで行くのも十分すごいんだけどね……」


 方舟は、C級に昇格するまでに二年以上かかっている。これでも平均的なパーティよりも昇格スピードは速い方だ。

 半年経たずにC級まで昇格することができるのは神童と言わざるを得ないだろう。しかも昇格の認定が厳しい個人冒険者としてである。

 そんなアヤメがいれば、見るからに弱そうなファイアたちがA級にふさわしい実績を得るのも不可能ではないはずだ。

 アヤメの凄さを再確認しつつ、手続を終えたザックはアヤメと共に街を出た。



 ダンジョンへの道中、話題はアヤメの身の上話が中心となっていた。


「そういえばアヤメはどこから来たんだ?」

「日本という国の愛媛という場所ですね」


 二ホン、エヒメ……いずれも聞いたことのない地名だ。彼女ははるか遠くから来たのだろう。


「そのエヒメというのは、魔法が発展しているのか?」

「いえ。愛媛に限らず、私が住んでいた世界で魔法を使える人は一人もいませんでしたよ。魔法は空想上のものでしたから」

「魔法が無い世界なんてあるのか……」


 この世界には、ザックたちが暮らすバレンシア王国以外にもいくつかの国があるが、どの国でも魔法は普遍的な存在として認知されている。誰しもが魔法を使えるわけではないが、この世界の発展において魔法は欠かせないものとなっている。

 生まれた時から魔法が当たり前の存在であったザックにとって、魔法の無い世界というのは信じ難いものである。


「それならアヤメはどうして魔法が使えるんだ?」

「こちらの世界にやって来る時にカミサマ?みたいな方に頂いたんです。『君には魔法使いの才能が相応しい』みたいなことを言われて……」

「カミサマ……みたいな方……?」

「はい。実は私、前の世界で死んじゃったみたいなんですけど……目を覚ましたらこの世界にいまして。その時に仰々しい声で頭の中に語り掛けてきたんです。『君は一度死んだが、この世界に転生した』『この世界で生き抜くために大いなる力を一つ授けよう』って」


 なるほど、転生者が何かしらの才能を持つというのはこういう仕組みだったのか。どうやら才能は先天的なものではなく、この世界に来た時に後から授けられるものだったらしい。

 その才能が破格なのはカミサマとやらの匙加減のミスなのだろうか。


 しかし、今のアヤメの言葉にはもっと気になる部分があった。


「アヤメは一度死んだのか!?」

「はい。事故に巻き込まれまして。逃げ遅れた子供を庇って……」

「もしかして子供を助けたおかげで転生できたのか?」

「そうかもしれませんね。あるいは成人することなく生涯を終えた私を神様が憐れんで、もう一度生きるチャンスをくれたのかもしれません」


 そう言ったアヤメはふと遠い目をする。きっと前の世界での未練に思いを馳せているのだろう。まだまだ若いアヤメにはやりたいことがたくさんあったはずだ。


「成人でないということは、今いくつなんだ?」

「十七歳です。こちらに来てから誕生日がよく分からなくなったのですが、まだ十八にはなっていないと思います」

「十七でまだ未成年なのか」


 この世界では十六歳で成人扱いとなり、ほとんどの人間が働き始める。ザックも十六歳の誕生日にギルドに登録し、冒険者となった。


「日本で成人扱いされるのは二十歳です。未成年で働き始める人もいますが、そのほとんどは十八になってからですね」

「ということは冒険者が初めての仕事になるのか……」

「そういうことになりますね。身寄りのない私にできるのは冒険者しかありませんでしたから――」


 いくら転生者が能力・人格共に優れていても、その出自が不明では雇うことをためらうのも頷ける。しかもアヤメには就業の経験が無い。つまるところ、彼女を雇い入れるリスクとリターンが見合っていないのだ。


 その点、基本的に自己責任の冒険者は、十六歳以上であれば誰でもなることができる。登録の手続も簡便で、手数料さえ支払えばなることができる。稼ぎは全て完全報酬制である点も大きな特徴だ。

 この世界にツテの無いアヤメには冒険者となる道しか残されていなかったといえる。


 アヤメは人を助けるために自分の命を投げ出すことができるような優しい女の子だ。そんな彼女に冒険者として生きる未来を与えたカミサマはなんと残酷なことをしたのだろうか。


 ザックはカミサマではないので、彼女の境遇を変えることはできない。だが、彼女が未来を切り開く手助けくらいはできるはずだ。


「なぁ、アヤメ」

「はい。なんですか?」

「この世界で分からないことや困ったことがあったらすぐに俺を頼ってくれ」

「頼りにはしてますけど……急にどうしたんですか?」

 突然のザックからの言葉に、その真意が分からないのか。アヤメは首を傾げる。


「いやぁ……アヤメにとってこの世界は生き辛いんじゃないかって思っちゃってさ。もし冒険者をやりたくないのなら俺に構わず言ってくれ。俺にできることなんてあんまりないだろうけど、少しは力になれると思うからさ」

 ザックは頬をかきながらその理由を話す。


 アヤメはザックの言葉をじっと聞いていたが、突然フフッと笑みを零した。

「えっと……なんかおかしかった?」


 ザックがその訳を尋ねると、アヤメはブンブンと首を横に振った。

「い、いえ!おかしかったとかそういうわけではなくてですね……。私のことを気遣ってくださったのが嬉しかったんです。今思えば、前のパーティの方たちは必死に私に冒険者をさせようとしていたんだなぁ。って気付いちゃったので……」


「あぁ……」


 アヤメの言葉にザックも思わず納得してしまう。


 ファンタジスタはアヤメのことを『希望』だと言っていたが、その実態はアヤメの力を我が物として扱いたかっただけなのだろう。そんな彼らがアヤメに冒険者を続けさせようとしていたのは想像に難くない。

 いくらアヤメが天才魔法使いであったとしても、アヤメの人生はアヤメのものだ。何人たりとも冒険者を強制させる道理はない。彼女の意思を尊重しないであろう連中から引き剝がしたのはやはり正解だったといえる。


「この世界で生きるのは大変です。生き物を殺す冒険者も最初は乗り気ではありませんでした」

「やっぱり……」

「でも、今はザックと一緒にパーティを組むことが私のやりたいことなんです。だからザックは安心して私に背中を預けてくださいね」

 そう言ってアヤメはゆったりと微笑んだ。


 ザックと共に戦うことこそが彼女のやりたい事だというのなら、ザックの取るべきことは一つだ。

 アヤメと共に冒険者としてクエストをこなしていき、その中で彼女を守ればいいのだ。そして彼女に新たなやりたいことができればそれを応援すればいい。至極単純なことだ。


 ザックは心の中で決意を新たにした。



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