10 見捨てられた少女
「おい。もういい加減にしろ」
見るに耐えかねたザックは、ファンタジスタと受付嬢の間に割って入る。
「んだよ……これは俺たちのパーティの問題なんだ。部外者はすっこんでろ!」
どうやら自分たちに話しかけてきたのが、数時間前にダンジョンで話しかけられたザックだとは気づいていないようだ。受付嬢と同じようにザックに対しても威圧的な態度をとる。
その振る舞いに強い嫌悪感を抱くが、ここでファンタジスタと言い争いをしても何の意味もない。
「パーティの問題なら彼女の話は聞かなくていいのか?」
ザックはギルドの出入り口付近で立っているアヤメを指し示した。
「「うわあぁぁ!?」」
「ア、アヤメ?どうしてここに!?」
アヤメの姿を視界に入れたファンタジスタの面々はまるで幽霊でも見つけたかのように悲鳴を上げている。その驚きぶりようから察するに、やはり彼らの中でアヤメは死んだものとして考えていたのだろう。
「そちらのザックさんに助けていただいたんです」
アヤメは落ち着いた口調でザックを紹介する。
「そういえばあんたはあの時の……そうか、ありがとう」
ようやく思い出したのか。視線をザックに移した剣士は、さっきまでとは打って変わって、恭しい口ぶりでザックにお礼を告げる。
「俺はファイア。ファンタジスタのリーダーだ。アヤメを助けてくれてありがとう。アヤメは俺たちの希望なんだ」
ファイアは頭を下げた後、にこやかな表情になりザックに握手を求めるかのように手を差し伸べてきた。
しかし、ザックは握手に応じることはなく、ファイアを睨みつける。
「希望か……ならば、なぜアヤメさんを見捨てるような真似をしたんだ?」
「――ザックさん?彼らが私を見捨てたってどういうことですか」
ザックたちの近くに駆け寄って来たアヤメが疑問を口にする。言葉に少し棘があるのは、アヤメが仲間のことを信じているからであろう。
その一方でザックは、ファンタジスタのメンバーは信用ならない連中だと考えている。
彼らの言動には一つの大きな矛盾点があるからだ。
「アヤメさん。こいつらから殿役を任される時になんて言われたんだっけ?」
「確か……『知らない魔獣で危険だから、遠くからでも強い攻撃ができる君があいつを引きつけてくれ』って感じで――」
「そうか……でもこいつらは俺と会ったときに『マジックオルトロスが出た』って言っていたぞ。魔獣の正体を知らないというのは間違いなく嘘だ」
「えっ……?」
「んなっ!? そ、それは………」
ザックの言葉にアヤメとファイアは同時に驚嘆の声を上げる。もっとも声を上げた理由は全く異なっていることだろうが。
「そ、そんなこと言ってねーよ」
「アヤメ、そいつの言うことを信じるな!」
二の句が継げなくなったファイアに代わって、彼の後ろにいた盾使いと槍使いが否定する。
それでもザックは追及の手を緩めない。
「それに、さっき『俺たちの仲間が死んだ』って言っていたよな?死体も確認してないのになんでアヤメさんが死んだって断言してたんだ?」
ギルドに戻ってきたときに聞いたファイアの発言の真意を問いただす。
「そ、それは……魔法使いキラーと魔法使いが一対一になれば魔法使いが負けるに決まっているだろ。相手は肉食のオルトロスだから、アヤメが生きてるなんて思わないし……」
「やっぱり皆さんはあの魔獣の正体を知ってたんですか!?」
「あっ……」
アヤメの声に対して、ファイアは慌てて口を押さえる素振りをするがもう遅い。ザックの予想通りファイアたちはアヤメを囮にしようとしていたのだ。
「そんな……皆さんのことを信じてたのに……」
アヤメは目に涙を浮かべながら声を詰まらせている。信頼していた仲間が自分を捨て石にしたという事実を受け入れがたいのだろう。
「ま、待ってくれアヤメ!俺たちはアヤメを囮にしようとしたつもりはないんだ!お前ならきっと生き残れるだろうと……」
「それならばマジックオルトロスの特徴を伝えればいいじゃないか。魔獣の正体を黙っておく理由にはならないだろ」
ファイアの隣にいた弓使いが言い訳を試みるが、言い終わる前にザックがそれを封殺する。
「ぐっ……」
発言を止められた弓使いはザックを睨みつけるだけで何も言えなくなってしまった。他のメンバーも口を閉ざしてしまっている。
その沈黙こそが答えだろう。彼らは命惜しさに自分たちが助かる最も可能性の高い手段を選択したのだ。
何も知らないアヤメを囮にするという卑劣な手段を。
マジックオルトロスに魔法が効かないことを知っていれば、アヤメはそのことを考えた立ち回りをするはずだ。しかし、それではファイア達への注意を逸らしきることができないと彼らは考えたのだろう。
ファイアだけは「俺たちを信じてくれ!」とアヤメに向かって叫んでいるが、当のアヤメは首を横に振るだけで、ファイアの声に応えない。
ファイアたちの言葉に応じないアヤメは、ザックの方を振り向く。
「ザックさん。私、どうすればいいのでしょうか……」
アヤメは縋るような目でザックを見つめてくる。
異世界からやって来たアヤメにとって、ファンタジスタは唯一の拠り所であったはずだ。その拠り所が信じられなくなったことで、彼女はどうしていいか分からなくなってしまっているのだろう。
ザックからすれば、大事なことを教えずに自分を囮にする連中など早々に縁を切るべきだとは思う。命のやり取りをする危険な職業でそんなことをするなんて言語道断だ。
しかし、アヤメのこれからを決める選択権はザックにはない。ザックは彼女のために、あえて突き放すような言葉を選ぶことにした。
「……それは君が決めることだ。彼らの振る舞いを許してパーティを続けるのか、今のパーティを抜けて他のパーティに入れてもらうか。あるいは冒険者稼業そのものを辞めるか。俺が決めることはできない。それができるのはアヤメさん自身だけだ」
「……そうですね」
ザックの真意を理解してくれたのか、アヤメは瞳を閉じて考え込み始めた。
その間、ファイアたちファンタジスタの連中は、「許してくれ」や「俺たちと一緒の方が稼げるぞ」などと言ってアヤメの引き留めを試みていたが、アヤメは彼らの言葉にピクリとも反応しなかった。
「決めました」
ザックの隣にいたアヤメは目を見開き一歩前に出て、ファンタジスタの四人に向かい合った。
「皆さんにはこの世界に来てから沢山のことを教えていただきました。皆さんがいなければ私は生きていけなかったと思います。ですから、そのことについては本当に感謝しています」
アヤメからの好意的な言葉にファイアたちの顔が明るくなる。
しかしアヤメの「ですが」の強い一言で、たちまちその明るさは消えてしまう。
「『冒険者にとって一番大事なことは仲間との信頼だ』。私が初めてクエストに挑んだ時に皆さんから教えてもらったことです。私はこの言葉を信じて今日まで皆さんに背中を預けてきました。今日の作戦には仲間としての信頼があったのですか?」
「「……………」」
アヤメの突き刺すような視線に、ファイアたちは何も答えることなく目線を逸らす。
「皆さんとザックさん。どちらが本当のことを言っているのかは誰にでも分かります。私は皆さんに見捨てられたんですね」
「ち、違うんだアヤメっ……」
「さようなら。今までありがとうございました」
アヤメは折り目正しい綺麗なお辞儀をして、ファンタジスタに別れを告げた。
明日は朝にも1,2話ほど更新する予定です。
面白そう・続きが気になると思って頂けた方は評価、ブックマークしていただけたら嬉しいです。