1 露払いのザック
異世界を舞台とした冒険者ものですが、初挑戦のジャンルなので暖かい目で見守っていただけたら幸いです。
古来からこの世界には理性のある人や亜人とは異なり、理性を持たない「魔獣」と呼ばれる存在がいる。魔獣は「ダンジョン」と呼ばれる、人の居住しない危険地帯を住処とするが、人里にやって来ては人や家畜を襲うこともあった。
そんな魔獣を狩る者は英雄や救世主として、民衆から尊敬の念を抱かれていた。
平和な村【シャムロック】に生まれたザックもまた魔獣狩りに憧れた一人だ。自らの危険を顧みずに一人でも多くの人を救う魔獣狩りはザックにとって憧れのヒーローであった。
大きくなったら強力な魔獣をたくさん倒して、みんなのヒーローになることを希った。
ザックが住むバレンシア王国で、危険を伴う魔獣狩りを生業にできるのはギルドに所属する冒険者と王国に仕える騎士や兵士に限られている。
ただし、騎士と兵士は王に仕える身として、人と戦うことの方が多い。
純粋に魔獣狩りを目指すザックは冒険者を志した。しかし、そんなザックの前には大きな壁が立ちはだかっていた。
獰猛な魔獣を絶命させるための有効手段は大きく分けて二つ。強力な物理攻撃か魔獣の弱点を突いた魔法攻撃である。
そのため、優れた冒険者となるには力持ちであるか、魔法の才能があるか。少なくともどちらかの要素を備えていなければならないと言い伝えられてきた。
両方の才能を持っている者の多くは冒険者として優秀な実績を残す一方で、どちらの才もない者のほとんどは道半ばで冒険者の道を諦めると言われている。
ザックにはどちらの才能も無かった。村の子供たちの誰よりも力が弱く、簡単な魔法一つ使うことができなかったのだ。
先天的な能力が重要視される魔法の才能はもとより、腕力についてもどれだけ努力しようとザックに覚醒の兆しは現れなかった。年を重ねるにつれてそれなりに腕力は上昇するが、それでも重たい武器を自在に扱えるには遠く及ばなかった。
それでも冒険者になりたいと言うザックを村の人々は笑った。
家族と親友だけはザックを笑わずに応援してくれたが、彼らの純粋な優しさは当時のザックを焦燥に駆り立てた。
当時十二歳のザックは村のみんなを見返すため、一人で魔獣が巣食うダンジョンに入っていった。
しかし、ダンジョンに入った途端、非力なザックはたちまち魔獣の群れに囲まれてしまう。
そんな絶体絶命のザックの元に不思議な男が現れた。
男は、右腰に四本、左腰に四本、背中に一本、懐に一本、計十本の「刀」と呼ばれる片刃の剣を携えていた。
男は十本の刀を次々と持ち替えながら、魔法の力に頼らず、瞬く間に魔獣の群れを全滅させた。
細い刀で次々と魔獣を殺す剣豪の男の姿にザックは一縷の望みを見出した。
男の刀の中には、王国で最も使われる両手持ちの剣よりも軽そうな片手剣が何本もあったのだ。
重い武器を操ることができなくとも、強大な魔法が使えなくとも、彼の剣技を身につけることができれば非力な自分でも魔獣を狩ることができるのではないかと。
ザックは男に弟子入りをし、来る日も来る日も修行に明け暮れた。
刀の素振りから始まり、山を駆け、川の流れに呑まれ、魔獣の群れに追いかけられ続けた。刀が振れるようになってからは師と剣を交えたりもした。危険なダンジョンにこっそり潜り込み、人を丸呑みしそうな大蛇から三日三晩逃げ続けた時は何度も死を覚悟した。
子供のザックには過酷極まりない修行ではあったが、「冒険者になりたい」という一心でザックは必死に食らいついていった。
寝食以外の時間は全て修行に費やした。周りの子供たちが笑いながら遊んでいる間、ザックは血反吐を吐きながら刀を振るい続けた。
一年の修練の後に、師はザックに一本の刀を渡して王国に別れを告げた。たった一年ではあったが、彼からは多くの技と術を授かった。
師が去ってからも、ザックは一日たりとも剣の修練を怠らなかった。
相変わらず魔法は使えなかったし、腕力も剣の中では軽量である刀を自由に扱える程度にしかならかったが、剣の腕だけは他の追随を許さなかった。
十四歳になる頃には、村の大人でもザックに剣戟で勝つことはできなくなっていた。
(これなら……これなら冒険者になれる!)
成人になるまでの二年間。師から学んだ剣技を対魔獣戦闘用に改良を重ね、来るべき日のための準備を怠らなかった。
ザックの脳裏には、次々と魔獣を倒し、みんなのヒーローとなっている自分の姿がはっきりと映っていた。
そして十六歳になり成人となったザックは、師から受け継いだ刀と共に、大規模な冒険者ギルドのある街【アーネスト】へ向かった。
希望に満ち溢れた旅立ちから五年の歳月が経とうとしていた。
ザックは冒険者パーティ【方舟】の一員として、魔獣との戦いに身を投じていた。
方舟は上から三番目の序列であるB級パーティにまで昇格し、ザックもひとまずは冒険者として生計を立てることができていた。
しかし、ザックの現状は子供の頃に思い描いていたものとはいささか異なっていた。
「ザック、こっちにウルフが三匹来たわ!」
魔法使いのユーリが叫ぶ。ウルフの姿を視認したザックは、最短距離でウルフの懐に入り喉元を切りつける。
それを三回繰り返すと今度は後方から、
「きゃあああ!こっちにも来たぁ!」
回復術師であるスフィアの甲高い悲鳴が響く。
踵を返し、スフィアに近づくウルフ目がけて刀を振るう。
方舟におけるザックの役割は前衛で強力な魔獣を狩ること……ではなく、強力な魔獣の周りにいる雑魚魔獣を狩り、他のメンバーが攻撃や回復に専念できるようにすることだ。
今のザックのような役割は、王族が道を歩くときに先導して雨露を払う従者に例え、【露払い】と呼ばれている。これは冒険者の中でも特に見習いの者に与えられる役割だ。
決してパーティの主役になることのない脇役。どれだけ頑張ってもほとんど褒められることのない存在。その上、少しでもミスをすれば怒られる。それが【露払い】。
しかし、ザックは冒険者になってからずっと露払いを続けている。ほとんどの冒険者が一年以内に卒業する役割をザックは五年も続けている。
本当は前線で強力な魔獣と相まみえたいのだが、細い刀では魔獣に太刀打ちできないだろうと言われ、あらゆるパーティで門前払いされるのだ。
方舟だけはザックを仲間にしてくれたが、与えられるのはこの露払いの役割のみ。一度として強力な大型魔獣と戦えた試しが無いのだ。
「うぐっ……これ以上は耐えきれないよ……」
タンク役の重戦士ウィステリアが弱々しく呟く。彼女は最前線で討伐対象であるキングゴーレムの攻撃を盾で受け止め続けている。
状況はかなり劣勢だ。攻撃に耐えきれなくなったウィステリアの足は少しずつ後ずさりを始めている。ザックとしては何とか助けに行きたいところだが、ウルフをウィステリアに近づけさせないようにするだけで精一杯だ。
「……っ!一旦引くぞ!ザック、ゴーレムたちを引きつけてくれ!」
「分かった!」
前線で大剣を振っているリーダーのテリーが撤退を命じる。そしてパーティの中で一番格下扱いされているザックが殿役となる。
何とかゴーレムたちを巻いて魔獣たちが少ない安全地帯まで引き返すと、方舟の面々が暗い表情で腰を下ろしていた。
どうやら既に準備していた回復薬や魔力回復薬、罠などの資材は尽きており、これ以上のクエストの続行は不可能なようだ。
「今回もクエスト失敗だ……」
「「……」」
リーダーであるテリーの発言に誰も言葉を返すことができない。方舟は今回で三回連続のクエスト失敗なのだ。あと1回B級クエストを成功することができれば、A級に昇格できるというところで足踏み状態となっている。
「……と、とりあえず、ギルドまで戻ろっか」
一番ダメージがひどいであろうウィステリアの言葉に全員が頷くしかなかった。
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とりあえず3月の中旬頃までは毎日投稿する予定なので、そこまでご覧いただけたら幸いです。
現実世界を舞台にした短編小説も1作投稿しています。こちらは作者ページから飛んでご覧いただくことができます。
こちらの作品はだいぶコメディ寄りなので、サクサク読めるのではないかと思います。
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