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仮想世界

 学校が終わると、俺は家に直帰した。自宅の前に人影があった。あれは晃平か? いや、違う。


「あれ? 勇斗じゃないか。どうしてここに?」

 俺の存在に気づいたスールが話しかけてきた。彼女の隣には美穂さんもいる。

「どうしても何もここが俺の住んでいるアパートだからな」

「あら、そうなの。昨日、管理人から電話が掛かってきて、ここで待ってるように言われたのよね」

「本当ですか? 一体、どうして……」

「それは二人にも僕の作戦に協力してもらうからだよ」

 いつのまにか俺の横に晃平が立っていた。この瞬間移動も血縁術によるものであるはずだが、やはりシスターらしき姿はない。

「マ、マスター……」

「久しぶりだね、スール。ライアに出くわしたみたいで心配だったけど無事みたいで安心したよ!」

「あなたが管理人なのね。ねぇ、ライアってあの修道服の少女のことかしら?」

「美穂君。その通りだよ。君が会ったのは僕達が全員で協力して倒さなくちゃならない相手だよ」

「それ、詳しく聞かせてもらえるのよね?」

「勿論、そのつもりさ。勇斗君、ちょっとソラを呼んできてくれるかい?」

「分かった」

 俺はソラを呼び、外で待っている三人と合流した。

「全員揃ったね。それじゃ、案内しよう」

「案内? 俺達をどこに連れて行くつもりだ?」

「僕のラボだよ。それじゃ、行くよ。転送のテレポート・シスター


 この独特な感覚……晃平の血縁術か。気づけば俺達は薄暗い照明の灯る研究室の中にいた。

 室内には巨大なサーバーが複数台、SF映画で見るような培養槽などが置いてある。


「懐かしいかい? ソラ、スール。二人ともここで生まれたんだよ」

「中々面白そうな設備ね。それじゃ、管理人さん。早速、話を聞かせてもらえるかしら?」

「うん。それじゃ、改めて自己紹介からさせてもらおうよ」


 晃平は昨日、俺にした説明を美穂さん達にもした。

 昨日の俺のように晃平にキレて摑みかかるのではないかと心配で会ったが、予想に反して美穂さんは冷静に話を聞いていた。


「そういう訳で、中村拓郎とライアの暴走を止めるために君達に協力して欲しいんだ」

「なるほどね。話は大体分かったわ。けど、色々と確認したいことがあるんだけどいいかしら?」

「何かな?」

「私達以外の他のシスターと契約者はどうしているのかしら。力にはなってくれないの?」

「他の参加者達は君達ほどの力はないから残念だけど力になりそうにはないかな」

「そうなのね。それと、中村拓郎とライアが人類を滅ぼす日っいうのは決まってるの?」

「うん。十一月十一日。その日に二人は実行するはずだ」


 十一月十一日。その日は……


「それって東北大震災が起こった日だよな?」


 忘れもしない。十年前、地元の宮古市のみならず岩手県、宮城県、福島県を襲った大地震である。


「そう。ライアとヴェルが生まれたのは十五年前の十一月十一日だった。中村拓郎がこのラボを出ていった後、僕は彼が隠していた研究データを発見した。そのデータによると、親縁術を使えるシスターは五歳の誕生日の時に『第一次成長期』と呼ばれる現象が起こることが分かったんだ」

「なんだ、その第一次成長期ってのは?」

「その日に限って一度だけいつもより凄まじい血縁術が発動する現象。それによって、ライアは東北大震災を引き起こした」

「それじゃ、十五歳の誕生日の時にも同じ現象が起こるってことか?」

「いや、違う。親縁術を使えるシスターが十五歳の誕生日を迎えると第一次成長期の時よりも遥かに強い血縁術を使えるようになる。それも何度もね。これが『第二次成長期』だよ。ライアが第二次成長期を迎える前に何としても彼女を殺さなくちゃならない」


 東日本大震災を凌駕するほどの災害を何度も……考えただけでも恐ろしいな。


「物騒な現象ね……ねぇ、晃平さんの血縁力って今いくつなの?」

「今の僕の血縁力は999。多分、これ以上は上がることはないよ」

「上がることないって……つまり血縁力の最高数値は999ってことなのか?」

「いや、血縁力の上限は999じゃない。だけど、血縁力が1000を超える為には一つ条件があるんだ」


 俺はその条件について、察しがついた。頑なに俺と熊谷綾河を戦わせようとした理由、そして俺とソラが達したあの技――


「その条件ってのは親縁術って技のことか?」

「その通りだよ。契約者とシスターが一つになる現象。僕はどうしてもこれを使うことができなかった」

「契約者とシスターが一つにって、一体どんな感じなのかしら?」


 親縁術が発動している時の状況を思い浮かべたが、説明が難しい。

 ただ、かなり心地の良い感覚であった。万能感というか、無敵状態になったかのような気分である。


「契約者の精神の中にパートナーが入り込むってデータでは書いてあったね。さっき説明した通り、中村拓郎は親縁術を使うことができる。今の彼の血縁術は推定だけど……一万近くはあるんじゃないかな?」

「い、一万ですって!?」

 美穂さんは驚きの声を出した。今の俺の血縁力は600ちょいであり、逆立ちしたって勝てないだろう。

「期限の十一月十一日まで残り一ヶ月程度。それまでに二人には血縁力を上げてもらう必要がある。特に勇斗君。君にはね」


 血縁力を上げる必要があるというのは理解したが、いくらなんでも血縁力を一万近くまで上げるなんて無茶だと思った。


「あ、上げるって言ったって、残り一ヶ月くらいじゃ……」

「いや、できる。最近になってようやく完成したんだ。付いてきてくれ」

 晃平は下のフロアに俺達を案内した。部屋の中にあったのは巨大なカプセル型の装置が二つ置かれていた。

「すごい。まるでコールドスリープ装置みたいね」

「コールドスリープ装置とは違うかな。勇斗君とソラにはこの装置の中に入ってもらう。ただそれだけで血縁力が上がっていくよ」

「この中に一ヶ月もいなきゃいけないのか?」

「残念だけど、その通りだよ。学校の方は僕の方で適当に誤魔化しておくから心配しなくていい」

 晃平が言うのなら学校の方は特段問題ないだろうが、この装置について気になることがあった。

「この装置に入って副作用とか起こらないんだろうな?」

「うん。大丈夫だよ」

「そうか」


 本当かどうか確証はないが、選択の余地はなさそうだ。


「ちょっと、勇斗君。大丈夫なの? 危険じゃないかしら」

「危険なのは承知の上です。誰も中村拓郎を倒せない以上、やるしかありません」

「そ、そう……なら無理に止めないけど」

「それと管理人。美穂さんまで巻き込む必要はないだろ。俺とあんたで中村拓郎を倒せばいいんじゃないか?」

「いや、美穂君にも協力してもらう。この一ヶ月の間に親縁術を使えるようになる可能性もゼロじゃないからね。中村拓郎とライアには美穂君の協力が絶対に必要なんだ」

 晃平がここまで力説するということは何か考えがあるということか。

 仕方ない、ここは譲歩するとしよう。

「分かったよ。言っておくが俺は協力するがあんたを許す気は無いからな」

「僕を許す気は無いか。なら、君はどうして戦うんだい?」

「この世界を救う為……なんて言ったら大袈裟だけど、俺はソラと一緒に居られる世界を守る。その為なら協力してやるよ」

 俺が協力を宣言すると、ソラがぎゅっと手を握ってきた。この小さい手を守る為に俺は戦うんだ。

「協力してくれるならそれだけでありがたい。それじゃ、早速この装置の中に入ってくれるかな?」

「待ってくれ。ずっと気になってたんだが、あんたのシスターはどこにいるんだ?」

「それならずっとここにいるよ?」


 俺は辺りを見渡した。しかし、やはりそれらしき人物は見つからない。

 どこだ……一体、どこにいる?


「ほら、ヴェル。出てきなさい」

 晃平の胸ポケットからひょっこりと現れたのは紫色の髪をした少女であった。なんだか眠そうな目をしており、どことなくソラと似た雰囲気がある。

「これが管理人のシスター? 随分と小さいのね」

 美穂さんの言う通り、晃平のシスターはまるでフィギアのように小さかった。彼女は修道服を着ていた。

「私はヴェル。よろしく」

「よ、よろしく……なぁ、ヴェルは元々この大きさなのか?」

「いや、シスターを小さくする装置があってね、小さくしたんだ。このサイズの方が色々と便利なんだ。元のサイズにも戻せるよ」

「小さくて可愛らしいわね。スールも小さくしてもらおうかしら」

「おい美穂……冗談だよな?」

「うふふ……どうかしら。ねぇ、私達は血縁力が上がる装置に入らなくていいの?」

「残念だけど、この装置は勇斗君たちの分しか作れなかった。美穂君とスールには毎日僕と戦ってもらうつもりだよ」

「晃平さんと?」

「うん。僕と戦えないようじゃライアとの戦いに役立たないからね。それと勇斗君、ソラ。簡単に説明すると、この装置に入ると仮想世界に行けるんだ。そこでソラと共に血縁力を上げてもらう」

 仮想世界ね……VRMMOみたいな感じだろうか。装置の中に入ると、少し肌寒さを感じた。

「あ、これを忘れないで着けてね」


 晃平に脳波装置と酸素マスクのようなものを付けられた。脳波装置からはゆったりとした音楽が流れており、自然と全身の力が抜けていく。


「そのままゆっくりと目を瞑ってごらん。段々と眠くなってくるから」


 晃平の言う通り、徐々に意識が遠くなっていた。

「こ、ここは……」


 気がつくと、俺は広大な草原のど真ん中にいた。周りにはレトロチックな建物があり、バトミントンで遊んでいる親子や馬車に乗って景色を楽しんでいる観光客がいた。

 俺はこの場所を知っていた。


「お兄ちゃん、お兄ちゃん」

 いつの間にか俺の横にソラが立っていた。ソロは現実世界と同様に『bomb』Tシャツと白のチノカーゴパンツを着用している。


「おお、ソラも来たんだな」

「ここ、どこ?」

「大岩農場だな。岩手で有名な観光スポットだよ」


 大岩農場は雫石町に位置する観光スポットであり、年間を通じて県内外からたくさんの観光客が押し寄せる。

 俺達の目の前に突然、二人の人間が現れた。


「初めまして。三浦勇斗さん。ソラさん。僕は菅原樹と申します。隣にいるのは僕のシスターのエルマです」


 先に俺達に話しかけてきたのは制服を着用し、メガネを掛けている少年。歳は俺と同じくらいに見える。見た目の雰囲気から凛々しそうな雰囲気があった。


「妾はエルマと申す。よろしく頼むの」

 エルマというシスターは黒を基調とした花柄の着物を着ており、オレンジ色の髪をしている。

「お前ら一体なんだ? 俺達に一体何のようだ?」

「僕らはこの世界に住人。シスターウォーで敗れた契約者とシスターのデータが構築された存在です。これから僕達と戦ってもらいます。あなた方にはここで僕と戦い、血縁力を上げてもらいます」

「なるほどな。ここでもシスターウォーが行われるのか……」

「そうですね。ただ、通常のシスターウォーと違うのは降参や地図機能が使えないというところですかね。データによると、あなたはこれまで地図機能を活用して勝利を収めてきたようですが、ここではその手が使えません」


 樹は俺の戦い方をよく知っているようだ。下手すれば俺達が使う技も全て把握しているかもしれない。


「そうか。武器は使えるのか?」

「この世界で入手したものなら自由に使えます。他に何か質問はありますか?」

「この世界で死ぬとどうなる?」

「安心してください。死ぬことはありません。例えば首が無くなって戦闘不能になったとしても、しばらくの間動けなくなるだけです。それに、痛覚も現実の世界の四十分の一になります」

「死なないのか……なら、安心だな」

「だが、妾達の血縁力はうぬらよりも高めに設定されとるから覚悟しておくことじゃの」


 格上の相手と戦うことで、血縁力を底上げするということか。ならば、それ相応の戦い方を考えなくてはならないな。


「戦いは一日何回やるんだ?」

「一回だけです。今日の対戦相手は僕ですが、戦う相手は毎日変わります。また、戦いは大体夜に行うのでそれ以外はシスターと一緒に遊んだり観光したりして血縁力を上げてくださいね」

 一日に一回だけか。たくさん戦わされることを覚悟したが、思っていたよりも少ないな。

「分かった。やるぞソラ」

「うん。頑張ろ、お兄ちゃん」

「準備はできたみたいですね。では、いきますよ」

「格の違いを見せてやろう」


 俺は発煙弾を樹達に投げる。赤い煙に二人は包まれた。これで二人の視界を奪いことに成功した。


「ソラ。一気に攻めるぞ!」

「うん!」

「「爆砕(ダイナマイト)()(シスター)!」」

 二人で同時にダイナマイトを作り出し、投げる。よし、決まった――そう思った瞬間、ダイナマイトが俺達の方に飛んできた。

「へ!?」

 自分達が投げたダイナマイトが跳ね返ってきた。俺はすんでのところで爆発を止めたが、ソラのダイナマイトは見事に爆発した。


 負けた。瞬殺である。樹の言う通り、痛みはさほど感じないが、全く動けない。


「うぬら、随分と弱っちいの。もっと精進することじゃな」

「戦いは明日もありますから、明日の戦いに生かすようお願いしますよ」


 地面に伏したまま全く動けない俺は呆然と雲ひとつない晴天を眺めることにした。

 綺麗な空だな。仮想世界なのにとても空気が澄んでいて美味しい。


「お兄ちゃん、ごめん。負けちゃって」


 俺の隣で仰向けに倒れているソラが謝った。ソラのせいではない。完全に油断していた。

 これが実戦だったらと考えるとゾッとする。


「いや、さっきの戦いは俺のミスだ」


 さっきのダイナマイト返し、少しだけ見えた。あの二人は糸を使っていた。

 地図機能を利用した戦法が使えないからといって、闇雲に攻撃を仕掛けるのは得策ではない。

 もっと相手の能力を見極めた上で仕掛けなければいけないな。


 しばらく地面に伏していた俺達だったが、やがて身体を自由に動かせるようになった。


「ねぇねぇ、お兄ちゃん。私、ここで遊びたい」

「そうだな。折角だし、思いっきり遊ぶか!」


 俺とソラは大岩農場を回ることにした。仮想世界の為か、アトラクションが全て無料で楽しめるようであり、手始めに鉄路を走るトロ馬車に乗った。

 ガタゴトと揺れる馬車の中から緑豊かな羊の放牧地の眺めを楽しんだ。


「お兄ちゃん。羊だ、羊がいるよ! すごい」

 羊が牧草をムシャムシャと食べていた。数はざっと十匹ほどだろうか。羊の毛並みはモフモフとしていて柔らかそうであった。

「おお、そうだな。たくさんいるな」


 馬車を降りた後はソラが馬に乗ってみたいと言い出した為、乗馬コーナーに向かうことにした。

 俺は人生初の乗馬体験を行うことになった。


「お、おお……結構高いな」

「お兄ちゃん。頑張って!」


 一周百三十メートルのコースを係員と共に周った。馬に乗ることで視線が高くなり、いつもと何だか世界が違うように感じた。

 コースを周り終え、ソラも乗馬体験を行う。

「お兄ちゃん、高ーい! おもしろーい!」

「ソラ、乗るの上手いな! その調子だ!」

 ソラは全く怖がることなく楽しそうに馬に乗っていた。

 乗馬体験が終わると、俺達はフードコーナで昼食を摂ることにした。ピザとチーズケーキを注文する。

 大岩農場チーズがふんだんに使われていて、チーズの濃厚な味がとても美味しかった。

 しかし、仮想世界なのに味がするな……晃平はものすごい装置を作ったものだ。

 昼食後、ソラが運動したいと言った為、バンジートランポリンという遊具で遊ぶことにした。。

 身体にワイヤーを固定し、ジャンプを開始する。少しづつジャンプの高さを上げていく。

 最初こそ恐怖感を感じたが徐々に慣れていき、宙返りができるようになった。

「お兄ちゃん! ほら見て。すごいでしょ?」

 ソラは空中で三回転した。ものすごい身体能力の高さである。

「すごいなソラ。よーし、俺も……」

 ソラに良いところを見せたいと思い、気合いを入れては見たものの、俺は二回転が限界であった。

 その後も色々なアトラクションを回り、あっという間に夜が更けていった。

「いや~、楽しかったなソラ」

「うん! ソラすっごく楽しかった。明日も一緒に遊ぼうね!」

「ああ、約束だ」




 この日以来、毎日のように俺達は違う場所に飛ばされては戦うという生活を行った。

 樹が言っていた通り、戦いが行われるのは主に夜であり、日中はソラとともに飛ばされた場所で観光を楽しんだ。

 この生活が始まってから最初こそ負け続けていたものの、最近ではかなりの確率で勝てるようになった。

 しかし、俺は行き詰まっていた。


「くそ、どうして親縁術が使えないんだ……」


 ホテルのベッドの上で天井を見つめながら呟く。

 ソラは俺の隣でスヤスヤと寝息を立て、気持ちよさそうに眠っていた。

 この仮想世界に来てからかなり力が上がったと感じている。しかし、一度も親縁術が成功できないでいた。


 中村拓郎とライアが親縁術を使う以上、俺達も二人に対抗するため使えるようになる必要がある。

 親縁術が発動した時、俺は一体どうやった? 何を考えていた? 

 しかし、いくら考えても一向に答えが出せない。


「お兄ちゃん、そんなにわんこそば食べれないよ……」


 ソラの奴、わんこそばを食べる夢でも見ているのだろうか。ソラと一緒に過ごす一日一日が楽しくて仕方がない。

 この先もソラと一緒に過ごしていけるかどうかは俺に掛かっている。

 少し夜風に当たろうと思い、宿に外に出た。宿の近くにある川まで赴き、座るのに丁度良さげな石に腰掛ける。

 『ゲコ、ゲコ』という蛙の鳴き声が徐々に気持ちを落ち着かせていく。


「こんなところで会うなんて、奇遇やな」

 聞き覚えのある関西弁。まさか……

「マ、マナ……」


 振り返るとマナがいた。赤い髪に洒落たドレス。一緒に戦った時の姿のままだ。

 晃平は以前、シスターにはICチップが埋め込まれていると言っていた。

 恐らくはこれまで取っていたマナのデータを使い、この世界で活動させているのだろう。


「なんや、死人でも見たような顔してって……まぁ、ここにおるっちゅーことは現実世界のワイはもう死んどるんやな?」


 仮想世界のマナはある程度、自身の状況を理解しているようであった。


「そうだ。残念だけどな。だけど、熊谷綾河は倒せた」

「ほんまか。莉子は無事なんか?」

「うん。無事だよ」

「そーか。それを聞いて安心したわ。それで、そんなところで黄昏とって、一体何を悩んどったんや?」

「親縁術が使えないんだ。絶対に使いこなせるようにならなければいけないのに……」

「親縁術……契約者とシスターが一つになる術のことかいな」

「し、知ってるのか?」

「理由はよう分からんが何故か知っとった」


 なるほどな。あくまで推測だが、仮想世界の住人は晃平がこれまで俺達に隠していた事実を知識として植え付けているのかもしれない。


「そうか。熊谷綾河と戦った時は親縁術を使えたんだが、ここに来てからは全然使えない。一体、どうしたらいいんだ……」

「勇斗、ちょっと立ちーや」

「え?」

「ええから早く立ち!」

 マナの迫力に気落とされ、俺は立ち上がった。

「歯ぁ、食いしばりーや」

 マナは腕を振りかぶり、拳を構えた。

「ちょっま……」


 頬に強烈な痛みを感じた。俺はマナに思いっ切り殴られた。痛覚は現実世界の四十分の一になっているはずだがかなり痛かった。


「お前、何するんだ!」

 俺が異論を唱えると、マナは思いっ切りガンを飛ばし、顔を近づけてきた。

「ええか? 親縁術を使えないのはお前さんの覚悟が足らんからや。死なない、痛覚が鈍くなるこの世界に来て、甘くなったんちゃうか?」

「そ、それは……」


 思わず言葉に詰まる。マナの言う通りだったからである。この世界に来て、死んでも大丈夫という安心感……いや、甘えがあった。

 だが、本当の戦いなら俺は何度も死んでいたことだろう。


「親縁術の発動条件はな、シスターのことを守りたいっつー思いや。次からの戦いは死んでも勝つくらいの気持ちでいったれ。ま、それじゃ頑張りーや」

 マナはアドバイスを伝えると、そそくさとこの場から立ち去っていった。

「死ぬ気で勝てか……」

 やってやる。ソラを、この世界を守るためにも絶対に成功させてみせる。

「ありがとうよ、マナ」


 マナは振り返ることはなく、手を上げた。


 夜が明け、宿の外に出ると、俺達は宮古駅の前に転送された。

 盛岡に引っ越した日のことを思い出す。ようやくこの町から離れることができると当時の俺はそんな風に考えていた。


「ソラ。ちょっと行きたいところがある。付き合ってもらってもいいか?」

「うん。いいよ」

 タクシー乗り場に向かい、車に近づくとドアが開いた。俺達はすぐさま車に乗り込む。

「どちらまで向かいますか?」

「極楽浜までお願いします」


 極楽浜に行くのも久々だな。車はやがて宮古市の中心街に入り、大きな防潮堤が目に入った。

 宮古市田老町にあるこの防潮堤は十メートルを超えるほどの高さを誇る。

 しかし、震災の時、大津波はこの防潮堤をあっけなく超え、町を襲った。

 ドス黒い津波が妹や街を飲み込んだあの時の光景が今も目に焼き付いている。


「お兄ちゃん、大丈夫?」

 気づけば自分の身体がブルブルと震えていた。ソラはそんな俺の手を握ってくれた。

「すまない。大丈夫だ」

 高台方面へと向かい、キラキラと輝く海が見えてきた。

「海だ! すごい!」

「そういえばソラは海を見るのが初めてか?」

「うん。初めて」

「そうか。なら、思いっきり極楽浜を楽しまないとな。そろそろ到着するぞ」


 車は広い駐車場に停車した。車から降りた俺達はひとまずビジターセンターに入った。

 施設内には極楽浜の展示パネルや三陸海岸の景観を体験できるシアターがあった。

 施設を出て、石の階段を下り、幅が狭い街を突き進むと、海水浴場にたどり着く。

 大きく揺れる潮波。磯の香りが鼻腔を突いた。

 足元には白い石が転がっている。小学校の頃、授業で習ったことがある。

 この白い石は流紋石と呼ばれる火山岩の一種であり、石から『流理構造』と呼ばれる溶岩と呼ばれる溶岩が流れた模様が見ることができるのである。

 俺はソラの手を引き、さっぱ船案内所に向かった。極楽浜ではさっぱ船に乗り、数々の名所を廻ることができる。

 受付員に乗船することを告げ、渡された救命胴衣を着用し、船に乗り込む。


「こちら、うみねこの好物ですのでぜひお使いください」

 渡されたのはかっぱえびせんであった。小さい頃、よくうみねこにかっぱえびせんを投げ渡していたのを思い出す。

「それでは出発いたします」


 ゆっくりと船が発進する。船が上下に揺れ、徐々に加速する。少し冷たい潮風が顔を撫で、うみねこが俺達を追いかけるように飛行していた。

 視線を凝らすと、少し先に月出島が見えた。あそこで古館晃平と中村拓郎が戦ったのか。

 周囲二キロメートルに及ぶ月出島は『クロコシジロウミツバメ』という色が黒く腰のみが白いツバメの集団営巣地である。

 クロコシジロウミツバメは絶滅危惧種に認定されている。また、この島の地層はジュラ紀の物で、珍しい化石が埋蔵されている。


「お兄ちゃん、鳥が追いかけてくるよ」

「ここのうみねこは人懐こいからな。こうしてかっぱえびせんを投げると食べるんだ」


 かっぱえびせんを一つ宙に投げると一匹のうみねこが口でキャッチした。

「すごい! ソラもやる」


 しばらくの間、うみねこと戯れていたがやがて船は極楽浜の名物スポットであるブルーケイブに近づく。

 船は入り口手前で止まると運転手に頭上に注意するよう言われた。

 いよいよ船はブルーケイブ内に侵入する。鋭く白い岩々は間近で観察すると迫力があった。


「うわぁ、すっごく綺麗!」


 ソラの言う通り、ブルーケイブ内の海水はかなりの透明度である。

 奥に進むと岩肌が青紫っぽく変色しており、神秘的な景観を形成している。

 船がその場に止まっていると突然、岩と岩の隙間から潮が勢いよく噴き出した。


「お二人とも、ラッキーでしたね。潮が吹くところを観た人は幸せになれると言われるんですよ」

「やったね、お兄ちゃん!」

「うん。ソラと一緒に来たおかげだよ」

「えへへへ……」


 船はブルーケイブから出て行き、陸地へと戻った。

 夕日が沈み始め、薄暗くなっていた。夕暮れ色に染まる極楽浜は実に綺麗である。

 小さい頃、よく観ていた光景のはずに俺は目を奪われていた。


「ねぇ、お兄ちゃん」

 隣に座っているソラが手を握ってきた。

「何だ?」

「私ね、ここが……岩手が大好き!」


 心臓がドクンと鼓動した。

 岩手が大好きか。思えばあの震災後、俺は岩手県のことが好きでなくなっていたのかもしれない。

 俺は小さい頃、妹とよく一緒に遊んでいたこの極楽浜が好きだった。しかし、震災が起きてからはこの場所に来るのを無意識のうちに避けていた。

 高校卒業後、逃げるように盛岡にやって来て、極力この町には戻って来ないようにしていた。

 そして、大学卒業後は岩手を去り、ずっと県外で暮らしていこうと考えていた。

 だが、こうしてみると、この生まれ育った場所も中々良いもんだな。


「ソラ。俺さ、ソラと色んな場所で戦ったり、遊んだりその……楽しかったんだよ」


 俺はこれまでの戦いを思い浮かべた。自分の知らない岩手県の場所で戦い、ソラと共に知恵を振り絞って戦い抜いてきた。

 怖いという気持ちがあったのに、俺は何故か楽しんでいた。

 本当にどうしてだろうな。ソラが隣にいてくれたからだろうか。


「私もマナが死んだ時は辛くて悲しかったけど、お兄ちゃんと戦ったり、一緒に遊んだり、すっごく楽しかったよ!」

「なら、絶対に強くならないといけないな。俺、前に言ったよな? ソラのことは俺が守るって」

「うん」

「大口叩いておいて情けないんだけど、今度の戦いは俺一人だけじゃ絶対に勝てない。だから、ソラの力を貸して欲しい」

「いいよ。だって、私はお兄ちゃんの『妹』だから」


 不意に不思議な感覚を味わう。そろそろ戦いの時間か。順番からするときっと今日は……

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