表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/13

シスターの誕生秘話

「ガーーーーー! ヨクモ!」


 ふとソラの様子を確認すると、ソラはダイナマイトを抱えていた。

 だが、今投げても避けられる。一瞬でいい。どうにか、どうにかアデルの気を逸らすことができれば……


「グ……オ、オマエーーーーーー!」


 莉子が後ろを振り向いた。どうやら莉子がアデルの左足の腱を斬ったようだ。

 助かったぜ、莉子。

 俺はある爆弾を作った。そして、アデルの頭部に狙いを定める。


「アデル! 今からお前の頭をぶった切る!」

「アァ!?」

 アデルが振り向いた。俺はナイフを思いっきり投げた。ナイフはアデルの額にある目に突き刺さった。

「グワ! コンナモノ……」

 一つ目を潰したくらいで大して効果が無いことくらい知っている。

「悪いがそれだけじゃない。喰らえ、爆砕(ダイナマイト)()(シスター)

「ギャアアア! マ、マブシイ!」


 ナイフから閃光が発生する。

 爆砕(ダイナマイト)()(シスター)は爆弾を作る能力であり、爆弾の形はある程度は自由に変えることができる。

 莉子達との十三日を通して、俺はナイフの形をした爆弾を作れるようになった。

 近距離で閃光を直視したアデルの視界はしばらく閉じるはず。


「今だソラ。投げろ!」

「分かった!」

 この機を逃せばもう俺達に勝ち目は無いだろう。もう俺には爆弾を作れる余力は残っていない

「やって、ソラちゃん!」

 ソラの投げたダイナマイトは山なりの軌道でアデルの腹部に飛んでいく。

 直撃すれば、氷で止血しているアデルの腹部は裂け、血や臓器が飛び出て絶命するはずだ。

「今だソラ。爆発させろ!」

 しかし、ソラの作り出したダイナマイトは爆発せず、煙のように消えてしまった。


 ソラは息を荒くし、その場に倒れこむ。

「おい、ソラ! 大丈夫か?」

「ハァ……ハァ……ご、ごめんお兄ちゃん……もう爆弾作れないや」


 ソラが心底申し訳なさそうに謝る。無理もない。戦いが始まる前からソラは大量の地雷を作っていたのだ。

 作った地雷を維持するのだってかなりの血縁力を消費する。とはいえどうする? 俺もこれ以上、爆弾を作れるほどの力は残っていない。


「ア、アハハハハ! オマエラモウオワリカ? ナラシネ!」


 真上からアデルの拳が迫る。ここで死ぬのか、俺。

 ふと十年前の震災のことを思い出した。ドス黒い巨大な津波が迫り、街を破壊した時の記憶は今でも鮮明に覚えている。

 いやだ。もう俺は失いたくはないんだ。大切なシスターを。


「ソラ!」

 ソラの上に覆い被さる。たとえ、俺が死んでもソラだけは絶対に守り抜く。

「お兄ちゃん!」

 ソラが俺に抱きついてきた。なぜだろう。急に力が湧き出てきた。

「お兄ちゃんは……」

「ソラは……」

「「絶対に守る!」」


 気づけばソラの姿が無くなっていた。だが、ソラがどこにいるのか俺には分かる。

 俺はアデルの拳を片手で受け止めていた。


「オマエ……マダソンナチカラガ!?」

 ――お兄ちゃん、一緒にあいつを倒そう。

「ああ、そうだな」

「ナニヲヒトリゴトヲ」


 ソラは俺の精神の中にいるようであった。何だかものすごく良い気分だ。

 ソラと一体化したせいか、いつもより遥かに強い力を出せる気がする。


「それじゃいくぞアデル。爆砕(ダイナマイト)()(シスター)

 黒い球形上の爆弾を作り出し、アデルに投げた。爆弾はものすごい速度で飛んでいく。

「ムダダ……グワ!?」

 爆弾は勢い余って、アデルの右手を突き抜ける。そして、アデルの右肩付近で爆発させた。

「ギャアアア! ヤメロ……」

「おら、もっといくぞ」


 間髪入れずに次々と爆弾を投げていった。アデルは避けようとしていたが、莉子によって、両足を負傷しているため、上手く避けることができないでいた。

 攻撃を受け続けたアデルはやがて仰向けになって倒れ込んだ。


「ツカレタ……モウツカレタヨ。リョウガ……タスケテ」


 もはやアデルには戦う力が残っていない。しかし、シスターがこんな化け物に変身するとは思わなかった。

 それに、俺とソラに今起きているこの現象も。

 シスターというのは本当に底知れない謎が多いな。


「アデル。お前らがやったことは許されることじゃない。だが、お前の強さは認めてやるよ。本当に強かった。もう楽にしてやる」

「勇斗君、お願い。これ使って!」


 莉子が刀を投げ渡してきた。これでトドメを刺してほしいということか。

 鞘から刀を抜き、頭の上で刀を構える。可能なら一撃で斬り落としたい。


「ハヤクコロシテクレ」

「分かった……それじゃ、いくぞアデル!」

 俺は大きく飛び上がり、思いっきり刀を振り向いた。

斬殺(スラッシュ)()(シスター)!」


 マナ達の血縁術名を叫んで、アデルの首を刎ねた。刀から硬い骨を斬る感触が伝わる。

 さっき、手首を斬った時にも感じたが、なんとも実に嫌な感触だ。

 何とか一撃でアデルの首を刎ねることに成功する。頭部を失ったアデルの身体は一瞬痙攣すると、断絶魔を上げることなく絶命した。


「やっと終わったか……」


 アデルの身体から煙が上がっていることに気づく。身体はゆっくりと消滅していき、小さな灰色の石がその場に残った。俺はその石を拾い上げた。

 火山岩のようなその石は手に持つとズシリとした重量感があった。


「勇斗君、それ……」

「あくまで俺の予想だが、アデルの基になっていたものだろう」


 シスターは人工生命体。この石を基にアデルは造られたと考えるのが妥当か。

 しかし、こんな石から生命体を造り出すなんてな……信じられない科学技術である。


「お兄ちゃん」

 気づけば、ソラが俺の横に立っていた。

「ソラ。何ともないか?」

「うん。お兄ちゃんの中にいる時、なんだかすっごく気持ち良かった」

「そうか。俺もだよ」

 ソラが俺の精神の中にいる時はすごく心地よかった。


 あの力があればどんな相手でも勝てる気がする。

「ねぇ、二人とも。マナが死んだ場所に行ってきてもいい?」

「うん、俺達も行くよ」



 三人で廃アパート群へと向かう。アデルを倒した俺達であったが相変わらず転送が始まる気配は無かった。



「着いた。ここだね」


 綾河と戦っていた廃アパート群はアデルが暴れた為か樹やコンクリートが転がっており、酷い有様となっていた。

 これでは、マナの石を見つけることなど到底不可能であると思ったのだが。


「あった」

 なんと莉子はあっさりと石を見つけ出した。

「よく見つけられたな」

「信じてもらえないかも知れないけどね、一瞬マナの声が聞こえた気がしたの」

 莉子は石を力強く握りしめた。彼女の頬に一筋に涙が伝う。

「ありがとう……マナ。マナのおかげで茉子の仇を討てたよ」

「莉子、礼を言う。一緒に戦ってくれたこと」

「礼を言うのは私の方だよ。お陰で茉子と……それにマナの仇を討てた。ねぇこの刀、勇斗君が使ってくれない?」

「いいのか? それは……」

「うん。勇斗君に使って欲しいの。それに私はもうこのゲームを続けられないけど、勇斗君達は最後まで勝ち抜いて」


 このゲームを勝ち抜くか……今まで俺は生き残ることのみを考えてきた。

 だがもしも、このゲームに勝ち残り、願いを叶えることができるのなら。


「分かった。ありがたく使わせてもらうよ」

「いやぁ! まさか本当に綾河君に買っちゃうなんて驚いたよ!」

 俺達の前にどこからともなく現れたのは眼鏡を掛けた見た目二十代くらいの青年であった。

「誰だお前は?」

 自分で訊いておいて何だが誰なのか俺はすぐに分かった。この声……おそらくこいつは。

「マスター……」

 ポツリとソラが呟いた。やはりそうか。こいつがこのシスターウォーを生み出した張本人――管理人だ。


「やぁ、ソラ! 久しぶりだね。それにユウト君にリコリン君。こうして直接会うのは初めてだよね? 僕は管理人の……」

 先程、莉子から貰った刀を振り抜き、管理人を斬り殺そうと試みた。

「やだなぁユウト君。人が話している時にいきなり斬り掛かってくるなんて、常識がないんじゃない?」

 管理人はいつの間にか背後に周り、俺の肩に手を置いていた。

 こいつ、今どうやって移動した? 動いた様子は全くなかった。

「お前に常識がどうとか言われる筋合いはない」

「あははは! 確かにね。色々と思うところもあるんだろうけどさ、今日のところは大人しくしてよ。もう戦う力もほとんど残ってないでしょ?」

「…………そうだな」

 刀を鞘に収める。管理人の言う通り、熊谷綾河との戦いで既に力を使い果たしていた。

「ユウト君には後でちゃんと話すよ。このゲームのこと。とりあえず、君達を盛岡に飛ばすね」

「おい、ちょっと待……」

 まだ聞きたいことが色々と残っていたが、俺とソラは自宅に転送された。

「ソラ、疲れてないか?」

「うん、大丈夫」

「そっか。今日は出前を取ろう。少し待っていてくれ」

 疲れが溜まっていたのか、夕食を食べた後、俺達はすぐに熟睡した。



 次の日、俺は久々に登校した。一応、担任には家庭の事情で二週間休むと言っていたが、俺の久々の投稿にクラスメート達は好奇の目を向けていた。

 適当に授業を聞き流していると昼休みになり、俺は屋上へと向かった。


「やぁ、勇斗君。元気?」

 屋上には莉子がいた。昨日の戦いの影響か、足や腕には包帯が巻かれていた。

「ま、まぁ……莉子はその……大丈夫か?」

 怪我のこともそうだが、マナを失ったことで精神的に疲労しているのではないかと思った。

「大丈夫……って言えば嘘になるかも知れないけど、大分落ち着いたよ。ねぇ、一緒にご飯食べない? お弁当作ってきたから」


 莉子に勧められ、一緒に昼食を食べることにした。莉子が作ってくれたお弁当の中身は卵焼きにタコさんウィンナー、ハンバーグといったおかずが入っていた。


「美味しい? 勇斗君」

「うん。すごく美味しいよ。わざわざ作ってきてくれてありがとうな」

「口に合うようで良かった。ねぇ、勇斗君」

「ん、なんだ?」

「私さ、これからどうしたらいいのかな? 熊谷綾河は殺せたけど、マナがいなくなって私……これからどうしたらいいのかよく分からないんだ」

「莉子は何かやりたいこととかないのか? それか行きたい大学とか」

 俺は大学に進学する為にこの高校に入学した。もっとも、やりたい仕事まではまだ考えていないのだが。

「うーん、特には無いかな……勇斗君はやっぱり大学に進学するの?」

「まぁ、そのつもりだよ」

「どこの大学? やっぱり東大?」

「まぁ一応な」

 父親から東大に進学するよう勧められている。大学にこだわりなどないが、東大に進学することに特段異論はなかった。

「そっかぁ、すごいな。さすがに東大は無理だけど、私も東京の大学を目指そうかな」

「え?」


 俺が東大を目指すから莉子も東京の大学を目指すなんて、随分と短絡的な考えであると感じた。

 しかし、その意味は俺が予想していたものとは全く違う意味であることを知る。


「私、勇斗君と側にいたいの。ねぇ勇斗君。私と付き合ってくれない?」

「そ、それって……」

 莉子はゆっくりと落下防止用フェンス手前まで歩き、振り返る。

「私ね、勇斗君のことが好きになったみたいなの。どうかな?」


 風が強く吹き込み、莉子の髪を揺らす。

 照れ恥ずかしそうに自分の思いを告げる莉子のことがとてつもなく愛おしく見えた。


「す、少しだけ考えさせてくれるか?」

「うん。私……返事待ってるから!」

 今日の授業が全て終わると、俺は真っ直ぐ家に向かうことにした。

「スマホ買い変えないとな……」


 俺の持っていたスマホは熊谷綾河に破壊されていた。父親に説明して新しいスマホを買ってもらわないといけないのだが、どうにも気が引ける。なんて言い訳しよう。


「おかえり。ユウト君」

「お、お前……!」

 俺が住んでいるアパートの前に管理人がいた。

「十分前くらいにね、ここで待ってたんだ。悪いんだけど中に入れてくれるかな? 色々と話したいことがあるんだ」

 話したいことか。丁度良い。こいつからは聞きたいことが山程ある。

「良いだろう。付いてこい」

 俺は管理人を部屋の中に招き入れた。リビングでソラはテレビを視聴していた。

「お兄ちゃん、お帰り……あ、マスターもいる」

「やぁ、ソラ」

 管理人はソラに軽く手を振った。ソラにも話を聞いてもらった方がいいか……いや、まずは俺が管理人から話を聞こう。

「管理人、あっちの部屋にきてくれ。ソラはここで待ってきてくれるか?」

「うん。分かった」

 管理人を寝室に誘導し、勉強机の椅子の上に座らせた。俺はベッドの上に座る。

「枕が二つあるね。もしかしていつも二人で一緒に寝てるのかい?」

「まぁな。仕方ないだろ。ベッドが一つしかないんだから」

「そっか。もう立派なシスコンだね」

「殺すぞ。それよりも早く話してくれ。このゲームのこと。シスターのこと。洗いざらい全部な」

「勿論話すさ。それより、少し自己紹介しようか。僕の名は古舘晃平ふるだてこうへい。矢巾大学情報工学部出身で、今年で四十五歳になる。よろしくね!」


 矢巾大学か。岩手県矢巾町にある矢巾大学は看護学部、地域政策部、社会学部、情報工学部の四つの学部がある公立大学である。

 管理人はその大学出身だったのか。いや、それよりも驚いたのが晃平の年齢だ。


「お前……本当に四十五歳になのか?」

 見た目、どうみても二十代前半にしか見えないのだが。

「うん、そうだよ!」

「これも血縁力の影響って奴か?」

「いや? 別に血縁力は関係ないよ。昔から年より若く見られるんだ」

 マジかよ。ガチの童顔の人っているんだな。

「そうか。それじゃ俺も自己紹介する。俺は……」

「いや、大丈夫。君のことは既に調べてあるから。三浦勇斗君。年齢は十七歳。岩手第一高等学校に通っていて、出身は岩手県宮古市。母親は君が小さい頃、離婚していて中学まで父親と二人暮らしをしていてた。そして、妹は十年前の震災で亡くなっている。そうだね?」

「よく調べてやがるな」

 名前くらいは知られているとは思っていたが、まさか家族構成まで知っているとは思わなかった。

「まぁね。悪いけど色々と調べさせてもらったよ。まぁ、君だけじゃなくて他の参加者もだけどね」

「そうか。まぁ、いい。それじゃ教えてくれるか? どうしてこんなゲームを企てたのか」

 このゲームによってたくさんの人間が命を落としている。単なる管理人の趣味・嗜好だとでも言うのなら俺はこいつを絶対に許せない。

「少し長い話になるけどいいかな?」

「ああ、詳しく聞かせてくれ」





 今から二十年前、矢巾大学院を卒業した僕は上京して都内にある研究所に勤務した。

 研究所での仕事は実験データの分析とか単純作業が多かった。

 仕事はあまり楽しくなかったけど、なまじ給料が良かったから惰性で仕事を続けていた。

 就職してから五年後、仕事で知り合った中村拓郎なかむらたくろうという人物と親しくなった。

 彼は僕とは別の研究所に勤務していて、同郷出身ということもあって、プライベートでも良く会っていた。


「実は岩手に戻ってすごい研究を始めようと思う。晃平も一緒にやらないか?」


 彼の研究とは人工生命体を造り上げるというもの。初めは無理だと思ったけど、彼はとても優秀な研究者だった。

 面白そうだと思って、僕は彼の誘いに乗ることにしたんだ。


 矢巾町にあるレボリューションセンターという施設の一室を借りて僕達は研究に明け暮れた。

 拓郎の専門分野は遺伝子工学だけど、地質学にも精通していて、岩手山の頂上にある石に特別な物質が含まれていることを発見した。

 それがシスターの源となる遺伝子。その遺伝子には二種類の形状があり、僕達は二人のシスターを造り出すことに成功した。


 人工生命体である二人には何か超能力が使えるんじゃないかと思い、僕達は更に研究を進めた。

 超能力が使えるという推測は当たっていた。シスターには血縁力という力があり、人間の唾液を体内に取り入れることで血縁術という能力に目覚める。

 シスターの唾液を体内に取り入れた人間もまた血縁術が使えるようになる。僕達はこの現象をを契約の儀と呼んだ。


 さらにシスターの遺伝子情報は唾液を取り入れた人間の姉又は妹と同質の物になることが判明した。シスターという名前はここから取った。

 一度に二人以上のシスターと契約を結ぶことはできない為、拓郎は『ライア』というシスターと、僕は『ヴェル』というシスターと契約を結ぶことにした。

 僕は血縁力にとても興味を持った。そこで、血縁力の高さと血縁術を識別する特殊なIC

チップを開発した。

 血縁力はパートナーとの絆が強まると数値も高くなる。しかし、血縁力が高まるにつれて、妙な現象が起こるようになった。


「晃平。すごい発見だ。血縁力が高くなれば平行世界への扉が開くかもしれないぞ!」


 拓郎は平行世界――この世界とは別の時間軸の世界を見たという。僕自身もまた平行世界を垣間見ることができるようになった。

 しかし、決して並行世界には干渉することはできない。拓郎はどうにか平行世界に干渉する方法を見つけ出そうとした。


 平行世界の干渉方法を探し始めてから一年が経過し、拓郎は二つの方法を発見する。

 しかし、平行世界に干渉するには大きな代償を必要とした。

 一つ目はシスターの存在を無にするという方法。これは移動した平行世界で契約者が血縁術を使用すれば簡単にできる。

 しかし、それを行えば元の世界にいるシスターは消滅してしまう。

 二つ目は元の世界において、自身とシスター以外の存在を無にする方法。平たく言えば、自分達以外の人間を全て滅ぼすということ。


 ライアのことを溺愛していた拓郎が選択したのは後者だった。

 平行世界に移動して、自分が評価される理想の世界に行こうと考えていた。

 その為に拓郎は手始めに彼の研究を馬鹿にしていた研究者達を血縁術で抹殺した。


 僕は何度も彼を説得しようと思った。

 しかし、拓郎は考えを改めようとはしなかった。説得を諦めた僕は彼を止める為、宮古市の月出島で一晩中戦った。


「結構粘ったけどもうおしまいみたいだな。晃平」

「くそ……絶縁術まで使ったのに」


 晃平はライアと融合し、ただでさえ強大な力が更に増した。

 僕もヴェルを絶縁術で強化したが、全く歯が立たなかった。


「これが親縁術の力だ。シスターと契約者が互いを心の底から信頼していないと使えない能力。平然と自分のシスターを攻撃して、絶縁術を使うお前には到底できない技さ」

 ヴェルの絶縁術が解け、俺の横で気を失った。

転送(テレポート)()(シスター)

 血縁術でできるだけ遠くに移動しようとしたが、一メートル程前方に瞬間移動しただけであった。

「おや、もうおしまいか。晃平、安心していい。この世界を滅ぼすのは十年後にするからさ。今の俺達にはまだ世界を滅ぼすだけの力はないからな。お前も死にたくなければヴェルを犠牲に別の世界に行くことだな」

「いやだと言ったら?」

「この世界で死ぬことになる……ま、今ここで死ぬかもしれないけどな。一つだけ礼を言うよ。お前と研究してきた時間は中々楽しかった」

「奇遇だね、僕もだよ。拓郎、僕は必ず君を止めてみせる」

「そうか。もしも生きていたらいずれまた。災害(テンペスト)()(シスター)


 大地が大きく揺れ動く。僕らが立っていた崖淵付近は崩れていく、僕とヴェルは海の中に落ちていった。

 マグニチュード9・0の大地震――晃平はあの忌まわしき東北大震災を引き起こした。

 僕とヴェルは運良く陸地に流れ着き、何とか生き残った。それから強い血縁術を使えるシスターと契約者を生み出す為、とある計画を始めた。


 それがシスターウォーだった。幸い研究データは保存していた為、僕一人でもシスターを造ることができた。

 生成したシスターの脳内にICチップを埋め込み、一人一人血縁術、血縁力を測定した。

 さらにICチップを改良し、シスターの位置、契約者が持っている通信端末の位置を特定できるようにした。

 シスターウォーを続けていくうちに分かったのがライアと同じタイプの遺伝子、姉タイプのシスターは妹タイプのシスターと比べて血縁力の高まりが遅い代わりに強力な血縁術を使える傾向があること。


 さらに姉や妹を失っている人間ほど初期血縁力数が高く、血縁力の上昇も早くなる傾向があること。

 最初は無作為に人間を選んでいたけど、岩手県民の情報が保存されているサーバーに不正アクセスして、過去に姉や妹を失っている人間を探し出した。

 しかし、十年ほど時間を掛けても親縁術を使える契約者は中々現れなかった。

 僕が目を掛けていた熊谷綾河も契約直後の血縁力の高さと成長速度には目を見張るものがあったけど、やっぱりダメだった。

 しかし、昨日ついに親縁術を使える人物が現れた。





「それがユウト君。君だよ」

 ずっと黙って晃平の話を聞いていたが、もう限界だ。抑えていた怒りの感情が一気に爆発する。

「ふざけるなよテメェ!」

 晃平の胸ぐらを掴む。しかし、晃平の表情は無表情のままであり、それがムカついてムカついて仕方がない。

「どうしてそんなに怒ってるんだい?」

「お前が……お前らが原因だったのか。あの震災の」


 ――助けて、お兄ちゃん!


 津波に飲み込まれている妹の様子が今でもハッキリと覚えている。


「確かに僕達は取り返しのつかないことをしたと思う。本当に申し訳ない」


 渾身の力を込めて晃平を殴った。晃平は避けることなく俺のパンチを喰らった。

 こんなイカれた科学者共に妹の命が奪われたなんて、悔してく仕方がない。


「お前らが……シスターなんて作らなければ沙羅は……」

「お、お兄ちゃん……」

 ソラの声が聞こえた。振り返ると、ソラが悲しそうに俺のことを見つめていた。

「ソ、ソラ……」

「私、生まれてこなければよかったの?」

「違うんだ、ソラ……」

 ソラはものすごい速さで部屋から出て行った。

 俺は何てことを言ってしまったのだろうかと今更ながらに後悔する。

「追いかけなよ」

「ちっ……後で覚えておけよ」


 ソラのことを追いかけることにした。思い当たる場所をしらみつぶしに探してみたが、一方に見つからなかった。


「ソラ……どこにいるんだ」


 早くソラに会って謝りたい。妹を失い、ソラと出会うまで、俺の毎日はどこか色あせていた。

 単なる好奇心で巻き込まれてしまったこのシスターウォーだが、ソラと出会ってからのこの毎日は何というか……


「ソラ!」


 運上橋の下にある河川敷でソラの姿を見つけた。俺は急いで橋を降りた。

 ソラ、ソラ、ソラ……俺の大切なもう一人の妹。俺はもっとソラと一緒にいたい。


「お。お兄ちゃん」

俺の姿を見たソラは困ったように狼狽えた。そんなソラのことを強く抱きしめた。

「ごめん、ソラ。本当にごめん……」

「ねぇ、お兄ちゃん。お兄ちゃんは私のこと嫌いじゃないの?」


 俺はソラの頭を撫でた。この髪の触り心地も、透き通るように白い肌も、大きく丸い眼も俺はとても好きである。

「嫌いなわけないだろ。俺はソラのことが世界で一番好きだ」

 本当は気づいていた。自分の思いに。俺はソラのことを誰よりも愛していた。


「嬉しい……ありがとうお兄ちゃん」


 ソラは目に涙を浮かばせながら微笑む。もしも、この世界を滅ぼす輩がいるのなら俺はそいつをぶっ殺してでも守りたい。

 平行世界とか、そんなものどうでもいい。ソラと一緒に居られるこの世界こそが俺の全てである。


「ソラ。俺さ、管理人から聞いたんだ。シスターのこと、血縁術のこと。人類を滅ぼそうとしている悪い奴らがいるみたいなんだ。俺はこの世界を守りたい。手伝ってくれないか?」

「うん。私も戦う。この世界を守ろう」

「ありがとう……なぁ、もう一回さ。契約の儀をしてもいいか?」

「うん、いいよ」


 ソラの顔にゆっくりと自分の顔を近づけた。自分の唇がソラの唇に触れる。

 二度目の契約の儀が完了した。




 ソラと共に家に戻ったが、既に晃平は家にいなかった。晃平から色々と話は聞いたものの、この先どう戦っていけばいいのだろうか。

 晃平の話では中村拓郎とそのシスターは災害を自在に引き起こす血縁術を使うらしい。


「こ、これは……」


 テーブルに青色のスマホが置いてあった。熊谷綾河との戦いでスマホを失っていたため、晃平が用意してくれたものなのだろう。


「お兄ちゃん、電話鳴ってるよ」

 スマホから着信音が鳴った。俺はスマホを手に取り、電話に出ることにした。

「はい、三浦です」

「やぁ、勇斗君。ソラとは仲直りできたかい?」

「何だあんたか。まぁ一応な」

「明日、学校が終わったらまた家の前で待ってるから。今後のことについて話し合おう。一応訊くけど、この世界の為に戦ってくれるかな?」

「いいだろう。協力してやる。だが、一つ条件がある」

「何かな?」

「シスターウォーはもう中止にしろ。これ以上、死人を出すのを見過ごせない」

「いいよ。条件を呑もう。元からそのつもりだったけどね」


 元からそのつもりだっただと? 本当だろうか。とにかく、約束を守ってくれるなら別にいいか。


「中村拓郎を倒す方法、ちゃんと考えてあるんだろうな?」

「うん。詳しい話は明日にってことで。それじゃあまた」


 晃平は電話を切った。これはまたしばらく学校を休む必要があるかもしれないな。




 次の日、俺は学校に登校した。午前中は適当に授業を受け、昼休みになると屋上へと向かった。

 莉子も屋上にいたため、俺は莉子からの告白の返事をすることにした。


「やぁ、勇斗君」

「莉子。早速で悪いんだが……告白の返事、してもいいかな?」

「うん。それじゃ……聞かせてくれる?」


 莉子は少し心配そうな表情で俺のことを見つめている。きっと莉子が俺の隣にいれば毎日が楽しくなるだろう。だが――


「ごめん、莉子。俺、莉子とは付き合えない」

 ショックを受けるのではないかと心配であったが、莉子はどこか清々しそうに微笑んでいた。

「そっか。理由を聞いてもいいかな?」

「俺、好きな人がいるんだ。だから……莉子とは付き合えない」

 俺はソラのことが好きだ。シスターではなく、一人の女性として。

 だから、莉子とは付き合えなかった。

「そっか。何となくは分かっていたけど、こうして振られると結構きついね。ちゃんと返事をしてくれてありがとう」

「い、いや……俺の方こそありがとう。一緒に戦ってくれたり、あと、好きになってくれて」

「いいよ、気にしなくても。それより、まだシスターウォーは続くんでしょ? 絶対に生き残ってね!」

「いや、それが実はな……」


 俺は莉子に昨日の出来事を伝えた。管理人が家にやってきたこと、シスターが誕生した経緯、中村拓郎が理想の世界に行くため人類の滅亡を目論んでいること。


「そうだったんだ。管理人の元仲間がそんな恐ろしいことを……」

「俺は中村拓郎の野望を食い止めなくちゃならない。そうしないと世界が……」

「ねぇ、勇斗君はないの? 理想の世界。そこに逃げたいとか思ったりしない?」


 理想の世界か。実を言うとある。いや、『あった』と言う方が正しいか。


「無いよそんなの。この世界が俺の全てだからな」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ