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絶縁術

「綾河、そろそろ時間だね」

「だな」


 スマホの時刻が十九時に切り替わる。テレポート時特有の独特な感覚に陥り、鷲尾銅山と思わしき場所に転送された。

 サイトにアクセスし、地図機能を使って対戦相手であるユウトの位置を確認する。どうやら俺達のいる場所とは反対方向に逃げているようであった。

 さらに新着メッセージも来てやがった。


 ――ユウトの降参を承認しますか?


「ふん、するわけねぇだろうが」

 俺は迷わずいいえを選んだ。こんなのが管理人のお気に入りかよ。期待外れもいいところだな。

「綾河、どう?」

「俺達から逃げているようだな。こいつで捕まえるとするか」


 氷人間を五体作り出し、ユウトと奴のシスターを追わせる。

 俺はこの氷人間と視界を共有することができる。ユウト達の移動速度も中々速いが、もうじき追いつくだろう。


「……おかしい」

「どうしたの、綾河?」


 氷人間を使って、周辺の状況を確認したが、ユウト達の姿が全く見当たらない。

 考えられるとしたら血縁術を使って、隠れながら逃げている可能性。

 だが、ユウト達の血縁術は爆砕(ダイナマイト)()(シスター)だ。

 名前からしてそんな能力を使えるとは思えないが……あるいは地中か空中を移動している?

 試しに氷人間の視線を上げる――ドローンが飛んでいるのが見えた。


「あれは……」

 氷人間を大ジャンプさせ、ドローンを掴ませた。しばらくすると、氷人間が俺達の元に戻ってきた。

「綾河、これって……」

「ああ。舐めた真似、してくれるじゃねぇか」


 ドローンはスマホを挟んでいた。こりゃ、一杯食わされたな。

 今から追えば、ギリギリ間に合うか? しかし、地図機能がこのスマホの場所を示している以上、ユウト達が今どこにいるのか皆目見当もつかない。

 考えを張り巡らせていると、廃アパート群の辺りから爆発音が聞こえてきた。


「ねぇ、今の音って……」

「間違いない。奴らだな。舐めた真似してくれる」


 この俺様をおちょくるとは良い度胸だ。怒りのあまり、ユウトのスマホを踏み潰してやると、地図機能が廃アパート群の場所を示した。ちょうど先ほど爆発音が聞こえた方向だ。

 どういう原理か分からんが、こりゃ良い。そこにいるのは間違いないようだ。

 そのまま逃げておけばいいものを。そんなに死にたきゃ望み通り殺してやらぁ。

 ユウト達のいる場所へ向かおうとしたその時、目の前に銀色の球が飛んできた。


「まずい! 伏せろ!」


 咄嗟に身を伏せると球が勢いよく爆発する。頭部にぶん殴られたかのような痛みを感じた。

 数メートル先にある樹の影から何者かが俺達の様子を伺っている姿が見えた。

 そいつは更に続けて球を投げてきやがった。俺達はすぐさま立ち上がり、爆弾から離れる。

 俺はお返しに氷柱を飛ばした。爆弾を投げてきたそいつは背中から刀を抜き、氷柱を全て斬り落とした。


「そこにいるお前、出てこい!」

「ふん、やーだよ」

 少し奴の姿を確認することができた。ユーザーネームからして勝手に男だと思い込んでいたが、女だったのか。

「追え、お前ら」


 氷人間を追わせた。あのピンクの髪をした女、中々足が速い。

 それにさっきの剣捌きといい、前に戦った雷使いの女よりも強いかもしれねぇ。


「綾河、大丈夫?」

「問題ねぇよ。それより俺達も追うぞ」


 氷人間の視界からユウトの様子を確認すると、奴は氷人間を破壊しようとせず、逃げることに徹している。

 妙だな……全く壊そうとしてこねぇ。今までの対戦者は必ず破壊を試みていたんだが、まさか再生することを知っていやがるのか?

 まぁ、いい。スタミナがある人間とは違って氷人間はバテることがない。直に捕まるだろう。





「ふぅ……何とか上手く行ったかな」

 廃アパート群の前で私は逃げるのを止めた。ここまではひとまず順調。

「莉子! 大丈夫やったか……って、これが氷人間かいな! えっらい、見窄らしい姿やな」

 廃アパートの中から出て来たマナは氷人間を一目見て辛辣な感想を述べる。

「いやぁ……これでも私、結構ドキドキしたんだよ? こいつから逃げるの。捕まったら死ぬし」


 しっかし、熊谷綾河の奴しぶといなー。あいつの顔を見たのは五年前の裁判以来だっけか。

 本当は脚を狙うつもりだったんだけど、思わず頭に血が昇って頭部を狙っちゃった。

 避けられちゃったけどね。

 後はこの場に熊谷綾河がやってくるまで氷人間と戦うつもりだったんだけど、どういうわけかこいつら動かないなー。何でだろう。


「おいおい、どうした。もう逃げねぇのか?」


 お! シリアルキラーこと生きる価値の無いゴミクズ野郎、熊谷綾河君のおでましだー。

 いやー、やっとこのゴミを粛清できることが来たわけですな。楽しみ楽しみー!


「うん。これ以上、鬼ごっこするのも飽きたし決着をつけようか」

「お前がシリアルキラーかいな! 随分と人相の悪い顔つきやな」

「ユウト……だったか? お前、前にどこかで会ったか?」

 へぇ。少しは顔を覚えていたりするんだ。いや、覚えているのは私じゃなくて茉子の方かもしれないけど。

「私は……お前が殺した及川茉子おいかわまこの姉の及川莉子だよ。覚えてる?」

 熊谷綾河は少しの間沈黙した後、ククククと薄気味悪く笑う。

「あぁ、覚えてるぜ。そうか……お前が。思い出したらゾクゾクしてきた。あの女、すっげぇ良い声で泣いてたなぁ。最後まで『助けてお姉ちゃーん!』って叫んでたぜ」

「こいつ……ほんまクズやな。おい、莉子。こいつワイがやっても……」

 私はマナの肩に軽く手を置いた。マナには悪いけど、ここは引っ込んでもらおう。こいつは私の獲物だ。

「マナはシスターの方をお願い。あのゴミは……私が殺る!」

「お、おう……」


 マナは相当ビビっていた。熊谷綾河ではなく、味方である私にだ。

 余程、今の私は険しい顔をしていたのだろう。まるで身体中の細胞が『熊谷綾河を惨殺しろ』と叫んでいるようだ。


「ゴミとは言ってくれるじゃねぇか。おしゃべりはここまでだ。せいぜい悪あがきしてくれよな」

 氷人間が前方から一斉に私達に襲いかかってきた。私に三体、マナに二体ってところか。

 全く……理想的な動きすぎて、思わず泣いちゃいそうだよ。まぁ泣かないけど。

「ここに来た時点で詰んでるんだよ? 熊谷君」

 地雷の上に乗った氷人間が五体同時に吹っ飛ぶ。

「え……ちょっと何? どうして爆発したの綾河!」

「お前、それ……地雷か」

「ピンポーン。正解でーす。いくら、熊谷君でも五体同時に氷人間を失えば自分で戦わなくちゃいけないよねー!」

 鞘から刀を抜き、熊谷綾河に接近する。上空と前方から迫る氷柱を避け、間合いに入る。

「はぁ!」


 刀を振り下ろすと、熊谷綾河は氷の盾で防いできた。盾に少しヒビが出来ただけでダメージを受けた様子はない。

 なら、これを使おっかな。熊谷綾河から距離を取り、勇斗君から貰っていた小型爆弾を投げつける。

 そして、勇斗君の代わりに叫ぶ。


爆砕(ダイナマイト)()(シスター)

 凄まじい爆風が吹き上がり、煙が晴れると額から血を流している熊谷綾河の姿が見えた。

「テメェ。痛ぇじゃねぇか!」


 熊谷綾河は氷の剣を作ると、私に接近してきた。

 なるほど私に近づけば爆弾を使えないと考えて、接近戦を選択したようだね。

 それに私が動く場所には地雷は無いと考えているのかな。結構頭が切れるみたいだね。殺人鬼の癖に。


「私、結構剣術得意なんだけど、あえて向かってくるなんて良い度胸だね」

「生憎だが、俺も人を斬り殺すのは得意なんでな。おらおら、どうした! 後ろに下がってるじゃねぇか」

 分かってないなぁ。綾河君は。『あえて』下がってるんだよ。

「わざと下がったの。さて、どうしてでしょう?」

「あぁん!?」


 次の瞬間、『ボン』という地雷の爆発音と共に熊谷綾河の右足が吹き飛んだ。

 さっすが、勇斗君の作った地雷はすごいなぁ。


「うがあああ! な、何だこりゃ、何をやった?」


 どうやら状況を上手く飲み込めていないようである。マナ達の方からも爆発音が聞こえた。

 二人に視線を移すと、熊谷綾河のシスターも片足を失っていた。

 向こうも地雷踏んじゃったかー。ザマアみろだね。


「隙あり」

 必死に立ち上がろうとしていた熊谷綾河の右腕を刀で斬り下ろす。

「ぎゃああああ! て、テメェ……殺す。ぜってぇに殺してやる!」

 本当、威勢が良いね。熊谷綾河は氷で義足と義手を作った。なるほど、こんな使い方もできるのか。

凍氷(フリージング)()(シスター)だっけ? 結構便利な能力だね」

「な、何でだ? どうして地雷を踏んだ……そこはお前も立っていた場所だったはずだろ」

「単純な話。綾河君が踏んだから作動した。いつ爆発するかは勇斗君次第なんだよ」

「ユ、ユウトだと!? お前がユウトじゃないのか?」

「いーや、違うよ。私のユーザーネームはリコリン。というわけで綾河君。今から殺すけどいいよね? 嫌だって言っても殺すけど。私の本当の能力は……斬殺のスラッシュ・シスター


 血縁術でチェンソーを生成する。けたたましく鳴り響くエンジン音はまるで私の復讐を賛歌のようである。

 身の危険を感じたのか熊谷綾河は顔を青くし、その場から逃げようとした。

 しかし、不運にも地雷の上に立ってしまい今度は左足を失う。





「終わったな」


 廃アパートの中から四人の様子を観察し、適宜地雷を作動させていたが四肢を失い、地面に伏す熊谷綾河の姿を見て、俺は勝利を確信した。

 戦いが始まる数時間前、俺と莉子は戦いの場所である鷲尾銅山にて合流し、廃アパート一帯に地雷を埋める作業を行なっていた。

 ここの廃アパートは前に俺と莉子が戦った場所であるが、隠れるにはうってつけの場所である。

 当初の予定では俺がシリアルキラーをここに誘き寄せるつもりだった。しかし、


「その役目、私にやらせてほしい」


 莉子がそう提案してきた。当初、俺は莉子の提案に反対であった。

 まず、合流に時間が掛かるという点。戦いが始まったら鷲尾銅山のどこに転移されるか分からないと思った。

 しかし、これはあっさりと問題が解決した。


「シスターウォーの時、手に持ってる武器や鞄とかも一緒に転送されるでしょ? だから、私はこの鞄の中に入ってるよ」

 莉子は人が入りそうな程の大きなバッグを見せた。確かに小柄な莉子なら入りそうである。

「だが、やっぱり莉子達にはここで隠れてもらった方が……マナと離れていちゃ血縁術だって使えないだろ?」

「私の血縁術はここに熊谷綾河を誘き寄せるまでは使わないよ。お願い勇斗君。私に任せて欲しい」

 莉子の決意は堅そうだ。俺が止めても無駄か。

「マナはどうだ?」

「愚問やな。莉子なら必ずやり遂げてくれるとワイは信じとるで」

「お姉ちゃん、頑張って」

「ありがと~、ソラちゃーん」


 莉子がソラに抱きつく。莉子とソラはこの二週間でかなり打ち解けたようである。ソラは莉子のことを『お姉ちゃん』と呼ぶようになった。


「分かった。莉子、誘導頼んだぞ」

「オッケー! 任せておいて」


 そして、いよいよ戦いが始まり、俺はドローンを操作し、位置を誤魔化し、廃アパートのところまで戻ってくることに成功した。

 廃アパートの中から莉子が戻ってくるのを確認し、熊谷綾河とアデルが仕掛けておいた地雷の上に乗るたび、爆発させていった。

 勝負がついたと確信した俺は四人の前に姿を現すことにした。





「いやああ! 綾河、助けて!」


 アデルの泣き叫ぶ声が聞こえる。信じられねぇ……どうして俺がこんな目に。

 そもそも、別の契約者と組むなんてありかそりゃぁ。

 それにどうして氷人間のことを知っていたんだ? まさか、管理人の野郎がユウトに教えやがったのか。


「管理人の野郎……俺の能力をこいつらに教えやがったな!」

「残念だけど、それは違うよ」

 廃アパートの中から誰かがやってきた。紺のジャケットを着た高校生くらいのガキにパーカーを着た青い髪の少女が姿を現す。

「お前がユウトか」

「その通り。この辺りに埋めておいた地雷は俺が作ったものだ。そして、お前の能力は美穂さんから聞いた」

「ミホ。なるほど、あの雷使いの女か……クックック。しかし、本当に見事な地雷だったぜ」

 熊谷綾河は一体氷人間を作り出すと、背後から襲わせた。

「ソラ」

「うん」


 ソラというシスターは手に持っているから刀を使って氷人間を真っ二つに斬り裂いた。


「血縁術を使うまでもないな」

 さっきので氷人間もしばらく作れなくなった。

 足は地雷で無くなり、腕は莉子に斬られ、アデルもまた虫の息だ。

「ま、負けるのか……この俺が」

「そうだよ。残念だったね、愚かな殺人鬼さん。まぁ、簡単には死なせないけどね」

 そうか、俺はここで死ぬのか。一度は死を覚悟していたが。


 かつて俺は毎日くそみてぇな親に暴力を受けて育ってきた。俺の家庭環境を知るクラスメートからもイジメを受け、毎日が曇天のようだった。

 家族の仲で唯一優しくしてくれた俺の姉も親の虐待によって死んだ。

 怒り狂った俺は親をナイフで滅多刺しにして殺し、少年院送りになった。俺のことを覚えた目で見つめる両親の姿が今でも忘れられない。


 その時からだ。人を殺すことに快楽を覚えるようになったのは。


 高校卒業後、俺は何人もの人間を甚振り殺してきた。ありゃ、実に気持ちよかったなぁ。

 俺は決まって幸せそうな人間をターゲットに選んだ。なぜかって? 幸せな生活がずっと続くと信じて疑わない奴が絶望にうちひしがれるのを見るのが堪らなく好きだからだよ。

 特に茉子を殺した時は良かった。あいつは最後まで姉が来ることを信じていた。

 貞操を奪い、だるま人間にしてやってもあいつは最後まで姉の助けを待っていた。


 茉子を殺害したその数日後、俺は敢えなく逮捕された。そして、裁判の結果、死刑になった。

 死刑の前日、留置所で俺の前に突然スマホが出現した。

 最初、幻覚でも見ているのかと思ったが、スマホから着信音が鳴ったのを見て、思わずそれを手に取り、電話に出ることにした。


「やぁ! 熊谷綾河君だよね?」

「あん? 誰だテメェは」

「僕は君をここから脱出させることができる救世主ってとこかな。ねぇ、ここから出たくない?」

「そりゃあ、出られるなら出たいが一体どうすりゃいいんだ?」


 胡散臭いとは思いつつも俺は管理人の提案に乗っかることにした。

 まずは管理人の手順通りにシスターウォーとかいうゲームの登録を行った。

 各項目を埋めていき、最後に『姉を希望する』選択し、送信ボタンを押した。

 管理人が言うには姉の方が強い傾向にあるからそっちを選択した方がいいとのことだった。

 何のことだかさっぱり分からねぇがその指示に従った。

 すると、俺の前に突如として白い髪の少女が現れた。見た目的には高校生くらいか。


「あんたが熊谷綾河ね」

「あ? 誰だテメェ。どこから入ってきた?」

「私の名前はアデル。人口生命体『シスター』の一人。ここにはマスターが送ってくれたのよ」


 これが俺とアデルの初めての出会いだった。アデルはシスターウォーについてや血縁術について、詳しく教えてくれた。


「とりあえず契約の儀をしよっか。そうすれば血縁術が使えるようになる」

「契約の儀って……具体的にはどうすりゃいいんだ?」

「私の唾液を綾河が体内に取り込めばいい。つまりはこうする」


 アデルが突然キスしてきた。すると、まるで薬をキメたかのような活力が漲ってきた。


「……これで俺も血縁術とやらが使えるようになるのか?」

「もう少し照れるとかさぁ……ないの?」

 文句を言ってくるアデルを無視し、試しに鉄格子を掴んでみることにした。すると、瞬く間に鉄格子が凍った。

「凍った……これが血縁術か」

「綾河。ちょっとスマホ借りるね!」

 アデルは床に置いてあったスマホを手に取り、シスターウォーの画面を見せてきた。

「ほら見て。凍氷(フリージング)()(シスター)。これが私達の血縁術だよ」


 その後、俺達は留置所から抜け出し、住む場所を転々としながらシスターウォーの戦いに身を投じた。

 しかし、このゲームに参加する連中はどいつもこいつも弱くて張り合いが無い。

 手足を失っただけで情けなく泣き叫ぶ軟弱な奴ばかりだ。

 俺はしばらくすると、このゲームに少し退屈を感じ始めて来ていた。

 血縁術が500を超えたあたりだったか、また管理人の野郎から連絡が掛かってきた。


「やぁ、綾河君。久しぶりだね。元気してた?」

「まぁな。それなりに楽しくやってるよ。けど、対戦相手が弱くて無くて少し退屈だな」

「そうか、それは頼もしいね! 君と戦いたいって子がいるんだけど、次の戦いでマッチングさせてもいいかな?」

「ああ、好きにしろ」


 あとで知ったことだが、その対戦者はかつて俺が殺した人間の弟に当たる人物であった。


「分かった。それからもう一つ、お得な情報を教えてあげるよ。それはね……」


 電話が終わると、戦いの場所についてのメッセージが届いた。

 いつもであれば戦いの前の六時間前くらい連絡が来るが、今日は一日前に来た。

 場所は岩泉町にある仙竜洞という一年前に閉園した鍾乳洞で有名な観光地。

 敵の血縁術は束縛(チェイン)()(シスター)という糸を操る能力であった。

 対戦者は前日から戦いの場所で糸を張り巡らせていたようで、俺とアデルはまんまと罠に掛かり、絶体絶命の危機に陥った。

 俺は糸で両足を斬られ、マナは糸に束縛され、身動きが取れなくなった。

 そして、俺は使った。管理人が教えてくれたあの術を。

 血縁術がパートナーとの絆で発動する術なら、あの術はパートナーとの決別をキッカケに発動する。


 アデル。俺はもうじき死ぬ。だが、お前だけは生かす。

 この灰色のような世界の中でアデル。お前だけが唯一色づいて見えた。お前は俺の姉にそっくりだったんだ。


 それじゃ、使うぞ。絶縁術を――






 必死にもがいていた熊谷綾河が全く動かなくなった。まさか、諦めたのか? 何か嫌な予感がする……


「おい、莉子。早くトドメを刺してくれ」

「ダメだよ、勇斗君。こいつはもっと懲らしめてやらないと。ほら、熊谷綾河。もっと泣いてよ! 次はもっと痛いところを斬るから!」


 莉子はさっきからわざと急所となるところを避けて、チェンソーで熊谷綾河の身体を傷つけていた。

 しかし、熊谷綾河は無表情のまま斬撃を喰らい続けていた。

 一方、マナはさすがに斬ることに対し、抵抗があるのかアデルの頭部を殴り、気絶させようとしていた。


「ちょっとマナ! 何やってんの。アデルを斬りなさいよ!」

「莉子……でも」

「このゴミは死んで当然。そのゴミに加担したシスターも同罪だよ。二人とも惨たらしく死ねばいいんだ」

「おい莉子。もういいだろ。本当にそれが莉子のやりたかったことなのか?」

「お姉ちゃん。お願い、こんなこともう止めよう」


 ソラと共に莉子を説得しようと考えた。しかし、逆効果だったのか莉子の表情は更に険しくなり、はっきりと聞こえるくらい歯ぎしりする。


「うるさい……うるさい、うるさい! 私は失ったんだ。こいつのせいで大切な妹を……返してよ。茉子を返してよ!」


「危ない莉子!」

 俺は莉子を突き飛ばし、熊谷綾河の側から離れさせた。急に氷柱が熊谷綾河の上と周囲の地面に降り注いできた。

 落ちてきた氷柱はシリアルキラーの身体に深く突き刺さる。

 あ、危なかった……相討ち狙いか?


「アデル……こいつらを……皆殺しにしろ」

 熊谷綾河は肘を上げ、アデルに氷柱を飛ばす。

「りょ、綾河……きゃ!」


 氷柱はアデルの額に突き刺さった。アデルは気を失うと、急にムキムキと身体が膨れ上がり、元の姿とは似ても似つかない目が三つある白い毛むくじゃらの化け物へと変貌した。


「リョウガーーーーーー!」

 アデルが叫ぶとソラに巨大な拳を振り落とそうとした。

「ソラ!」

 マナがソラを突き飛ばす。『グシャッ』と肉が潰れるような音がした。

「そ、そんな……ま、マナ……」

 マナが圧死してしまった。莉子は膝を崩し、放心状態に陥った。まずいぞこりゃぁ……

「ソラ、逃げるぞ! こっちに来い!」

「うん」


 ソラは俺の方向に走り出す。アデルが追いかけてきた。あの巨体で信じられない速さである。

 俺は閃光弾を二発作り出し、アデルに投げつけた。


「グワアアアア!」

 アデルは眩しそうに両手を手で覆った。効いているようだ。

 俺は放心状態の莉子を起き上がらせようとした。

「莉子、今の内に逃げるぞ」

「待ってマナが……」

「おい、莉子! しっかりしろ!」


 俺が強く呼びかけると、莉子は我に返った。莉子の手首を掴み、三人でその場から離れる。

 しばらく逃げ続け、俺達は木の陰に隠れることにした。


「くそ……何だ今のは。それに熊谷綾河が死んだんだから、勝負は俺達の勝ちだろ。どうして転送が始まらないんだ」


 熊谷綾河が死んでから既に五分以上経過している。そろそろ戦いが始まる前の場所に戻されてもおかしくないと思うのだがどういうわけか転送されない。


「多分、この戦いはアデルを倒さなくきゃ終わらないんだよ。いつもの戦いならどんなに長くても決着の一分後には元の場所に戻ってた。それにここでアデルを止めないと町に出ていっちゃうと思う」


 確かにここでアデルを放置すれば被害は一般人にも及ぶだろう。もっとも、その前に管理人が何かしらの手を打つ可能性も無くは無いが、確証は無い。


「私が殺るよ。私が犯したミスだし。勇斗君とソラちゃんは先に逃げてて」


 莉子の目に生気がないことを感じる。そして、俺は直感した。

 莉子はここで死ぬ気なのではないだろうかと。


「莉子。妹を殺されて悲しいという気持ち、よく分かるよ。俺もさ、十年前に妹を失ったんだ」

「え……そうだったの?」

「ああ。震災でな」


 忘れもしない。十年前に発生した大震災。あの日、俺は最愛の妹を失った。

 妹が亡くなってから俺は毎日を無気力に過ごしてきた。

 だが、それが変わったのはソラと出会ってからだ。


「マナはすごく強いシスター……いや、莉子の妹だったと思う。マナがいなかったらソラは殺されていた。身を呈して他人を守るなんてそう簡単にできることじゃない。莉子、俺も戦わせてくれ。ソラを救ってくれたマナの為に」

「う、うぅ……」

 莉子は嗚咽を上げて泣いた。俺は地面に置いてある刀を拾い、莉子に差し出す。

「血縁力はシスターとの絆の力なんだろ? 見ろよ、この刀……血縁力が無くなったのにまだ残ってる。莉子とマナの絆は計り知れないものなんだ」


 莉子は刀を受け取り、手の甲で涙を拭うと、ようやく目に生気が戻った。‘


「ありがとう。私、決着をつけてくるよ」



 三人でアデルの元へと向かう。アデルは雄叫びを上げながら、周囲の樹木を薙ぎ倒している。

 今のアデルの容姿を例えるとイエティのようであった。

 あの巨体から繰り出される攻撃は一発喰らうだけでも大ダメージ、下手すりゃ致命傷である。


「私があいつの気を引くから二人は攻撃をお願いね」

「おい、本気で言ってるのか? 莉子は血縁術どころか血縁力だって無いんだぞ」

「甘く見てもらっちゃ困るよ。こう見えても二人よりも遥かに死線を越えてきたんだから!」

 莉子は刀を抜くとアデルの前に現れ、刃を向ける。アデルが莉子の存在に気づいた。

「私は及川莉子! アデル、マナを殺した仇を討たせてもらうよ!」


 アデルは剛腕を大きく振り上げた。莉子はアデルの股下を通り抜け、刀でアキレス腱を斬る。

 痛みを感じたのかアデルは叫び声を上げ、莉子を蹴り飛ばした。


「莉子!」

「私なら大丈夫。今のうちに攻撃して!」


 莉子は受け身を取り、上手く蹴りの衝撃を抑えていた。俺は閃光弾を作り、アデルの顔に投げつけた。

 アデルは再び強烈な光に悶え苦しんだ。やはり、閃光弾は有効のようだ。


「ソラ。今の内にダイナマイトを投げてくれ」

「分かった。爆砕(ダイナマイト)()(シスター)


 ソラはダイナマイトを生成し、アデルの腹部目掛けて投げる。ソラが「ボン」と呟くと、ダイナマイトは爆発した。

 ソラの作ったダイナマイトはかなりの威力で腹部から血飛沫が飛ぶ。アデルは苦しそうに腹部を抑えていた。


「ソラ。もう一回、ダイナマイトを作れるか?」

「ごめん……ちょっと時間が必要」


 ソラの息が上がっていた。威力の高い爆弾程、作ると疲労も大きくなる。


「そうか。ソラ、そこで待っていてくれ。俺が時間を稼ぐ」

「うん。気を付けてね、お兄ちゃん」


 莉子から貰った刀を使うことにした。この十三日間の特訓で分かったことがある。

 俺は閃光弾といった、陽動に使うような爆弾を作るのは得意だが、単純に殺傷力の高い爆弾を作るのはソラより不得意である。

 その為、莉子から教わった剣術を使った方が純粋な攻撃には有効であると判断した。

 先程、負傷したアデルの腹部を斬り裂こうと試みるも、アデルは手でガードしてきた。

 ダメだ、手の甲を少し斬っただけだ。


「ヤメロ……コノ……!」

 振り下ろすアデルの拳を紙一重で避ける……って、こいつ今言葉を話さなかったか?

「オマエラ……ゼッタイコロス」

 アデルは口から血を流し、白目だった三つの目は赤く充血している。

 まさかこいつ、徐々に理性を取り戻してきているのか? 

 だとすれば厄介だな。攻撃しても避けられる可能性がある。

「ヨクモヤッタナ」


 アデルは負傷している腹部を凍らせて止血した。熊谷綾河が殺された為、血縁術はもう使えないはずだが、今の姿になったせいなのか氷を操る力はまだ使えるようだ。


爆砕(ダイナマイト)()(シスター)


 閃光弾を投げたが、アデルはそれを握りしめ、破壊してしまった。やはり、理性を取り戻している。もう閃光弾を使った目眩しの手は使えない。


「シネ!」


 アデルの左手がものすごい速さで迫ってきた。当たれば意識は飛び、遠くに吹っ飛ばされることだろう。何としても避けねば……

 膝を曲げ、大ジャンプする。そのままアデルの左手首を斬り落とそうと試みた。

 しかし、手首の骨は異常に硬く、中々斬り落とすことができない。

 諦めるな。絶対に斬ってやる。


「オ………………ラァ!」


 刃が地面に付く。それと同時に刀が俺た。アデルは左腕を右手で抱えた。

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